借金
歩いても歩いても本屋が見つからない。
そもそも本があまりにも高価で、販売されていないとかいう状況もあり得るが、そういう事なのだろうか…?
考えるのも疲れた。
平和ではなくなる要素が、革命なのか、戦争なのか全くわからないし、そもそも今手元に現金がない。
最低限の金がなければ何もできない。
平和にするとか以前に餓死してしまう。
どこか金を稼げる場所とか、質屋とか、あれば良いけどなあ。
そんなことを思いながらも、ただ町をフラフラする。
どうしようか。
路頭に迷うってこういう事なんだな。
店が並ぶ広い道には消費も供給もあった。
子どもたちがでこぼこの道の上で走り回る。
貴婦人たちは鮮やかな色のカバンを下げながら道の端でそれを見て笑顔を浮かべていた。
明るい街のはずなのに、僕にはそう見えなかった。
この世界は幸せそうだな。
不思議なほどに長い道を進んでいく。
とにかく店がたくさんあった。
八百屋、靴屋、雑貨屋、おもちゃ屋、本屋…。
ん?
本屋?
僕は足を止めた。
やっと見つけた。
迷わず店に入る。
何の偶然か、店のカウンターに座っているのは高齢の男性だった。
「いらっしゃい。」
「すみません、政治の本ってありますか?」
それを聞いて男性は形相を変えた。
「何に使うのだ?」
「この国の政治が知りたいのです。」
「金はあるのかい?」
「…ないです。」
「まあいい、ついてきなさい。」
男性は腰を上げ、僕を店の奥へと案内した。
そして地面を指した。
「ここに一枚の板がある。開くから開けなさい。」
言われたままに地面に手をやると、確かに一か所だけ地面が盛り上がっている。
隙間に指をひっかけ、上に引くと、地面がパカっと空いた。
蓋の下は地下に続く階段がある。
男性はそのまま階段を下って行った。
それについていくと、小さな部屋につながった。
「そこに座りなさい。」
彼が指さしたのは机を挟んで向かい合う2つの椅子の手前の方だった。
言われた通りにすると、彼はもうひとつの椅子に座り、腕を組んだ。
「ここのものじゃないね、どこから来た。」
やはりバレてしまったか。
僕もまだまだだな。
彼は続けて話した。
「異世界から移ってきた。とか?」
ほほう、この質問は予想外だなあ。
「もし私が"はい"と答えたら?」
返答を少し濁して反応を見る。
「ほっほっほ、面白い。隠さなくてもいいのになあ。実はさ、俺も異世界から来たんだよね。いや、"日本"と言うべきだったかな?」
なるほど、そういう事か。
転生者は僕だけではないね。
そして恐らくは、他にもいる。
目的達成の為の重要なカギとなるだろう。
「よく分かりましたね。その反応を見るに、私のようないわゆる"転生者"は他にもいるという事ですね?」
「話の理解が早くて助かるよ。君の言う通り、転生者は他にも沢山いる。俺もこの世界には30年ほどいる。だが、政治の本を欲しがる君のようなやつは初めてだ。」
「そういえば、街に女性しかいなかったんですけど、それって何故か分かりますか?」
「話が変わるのが急だねぇ。良い観察眼だ。まああれだ、男はみんな軍隊に入っている。軍隊と言っても戦争に行くようなあの軍隊だけでなく、軍が運営している工場とか、学校とか、そして店とか、ああいうのも含まれる。例外は、俺のような老いぼれだ。いわゆる退職者だね。俺も若い頃は軍の学校で中学生を教えてたんだ。」
「なるほど分かりました。話が変わりますが、先輩であるあなたにお願いがひとつあります。」
「話がコロコロ変わるなあ、で、この俺に頼み事か。言ってみよ。」
「現金を少し貸していただきたいです。」
「金か。どのくらい欲しい。」
「1週間生活できるくらいを。」
「これはこれは、結構な額を請求するじゃないか。仕事どころか、住処すら安定してない君にそんな大金を貸して、俺になにか利益があるのかね?」
「1週間後、倍にして返します。」
「ほう....倍か....。その言葉を信じよう。一応1週間の食費だけを計算すると、1日約500フランで、3500フランだな。ちょうど今手持ちがある。それとひとつ知っておけ。物価換算で、ここの1フランは2円と一緒だ。ぼったくられないように。」
「それと質問があります。」
「なんだ?」
彼は札を数えながら聞く。
「賭博場ってありますか?」
彼の手が止まった。
「ギャンブルするつもりか?」
「ええ、今のところは。」
「そんなバカに貸す金はない。帰れ。」
彼は取り出した紙幣を足元の金庫に戻した。
「約束します。必ず、倍にして、返します。」
「その保証はどこからだ?」
「私の自分の能力への信頼からです。」
「自分の頭は良い。そう言いたいんだね?」
「はい。」
「ふん、口ではなんでも言えるさ。」
「ならば、500フランだけ貸してください!」
「金額の問題ではない。信頼の問題だ。」
困ったな。
これでは現金が手に入らない。
何とかまだ粘れるかな。
「では、借りた500フランの10倍、5000フランを明日までに返します。」
一か八かで大きな賭けに出た。
彼は驚きに目を見開き、こちらを凝視した。
「何を知っているのだ君は!そんなこと出来るわけないだろ!」
「できます!私になら、必ずできます!」
彼は諦めたような表情で、天井を見上げた。
「ここの大通りを店から出て右に曲がって、まっすぐ行ったところに大きな闘技場がある。1日数回の勝負があり、ちょうど今から1時間後に勝負がある。そんなものだ。ギャンブル系はそこしかない。」
そして彼は金庫からさっき数えた分から100フラン紙幣を5枚取りだし、机の真ん中に置いた。
「最後に聞く、5000フラン、返せるね?」
「もちろんです。」
こうして、何とか情報と現金を得ることに成功した。