神の広げるもの
視界を完全に切ろうとすると、簡単に切れた。
息をついて、脱力する。目まぐるしすぎて、緊張して疲れてしまった。
「確かに、ファルマのアクロバットをファルマ視点で見るのはつらいかもね」
声のした方に目をやると、暗くて明るい中にイリスがいるのが見える。
「さあ、どんな状況?」
作戦会議から、まだそんなに時間は経っていないけれど、神の見透す目が大まかにできたことを報告。
現実にあるものの形を変えるコード、治療、解毒コードや経験値コードを作ることもできた。
「さすがだね」
イリスは頷く。
「アラタ、今の君なら、ベルの肉体の様子を視界の端に出しておくことができるだろう。
経験値増殖式が作動するはずだから、やっておくといい。さっきのも結果が出ているだろう?」
「えっ」
僕は慌てて見透かす目で僕自身を見た。
経験値が500を超えていた。
「まじか…」
すぐさまベルの体感覚に回線を繋ぐ。小さい画面になるようにサイズ調整して表示すると、ベルの体は木の枝から枝へ、飛び移っているところだった。…猿か。
僕の経験値が、じわじわと増えるのを確認する。僕、ずっと引きこもっててもいいような気がする。
「ベルの体との同期が一定期間にされない場合、キミの魂は消滅する。引きこもりはお勧めしないな」
あー…消えるのは、嫌だな…。
ベルの体でいるのも、ヤブサカでは無い。
まだあまり探究していないので、このまま消えたくは無いのだ。
「イリス…様。いくつか聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「だいたいわかってるけど、ひとつひとつ聞こうか」
「精神体が3つも入っていてベルはつらくないんですか?」
「ああ。体は容れ物なだけで、同時に入ることがないならそんなにつらくはないはずだよ。
キミとファルマと体の使い方が違うから、疲れ方は違うだろうけどね。
ベル自身の精神体が体に入った場合は適合率が最も合うから、キミやファルマは入れなくなるだろう。だから隔離してある。体の接続も切ってあるから、何をしてもベルの精神体は何も感じない」
「それって結構非人道的ですけど大丈夫ですか」
「ボクが神だってこと、忘れてない? 最後は大団円だよ」
「はぁ。…僕らが人権侵害されても、いなくなっても大団円ってことが起こる可能性を僕は感じてますけど」
「…それは大団円とは呼べないな。認識を改めるよ」
「素直か。
…なんとなくですけど、彼女の脳とダイレクトに接続されてない感じがします」
「キミがベルとの適合率が最も遠いから、そういう感覚になるだろう。
時間が経てば、合うようになっていくよ」
「そうですか。
僕は以前精神体が揺らいでて意識が飛んだりしてたんですけど、もう安定してきているんでしょうか」
「うん、もう意識が飛ぶようなこともないだろう。眠ることもほとんどなくなる」
「精神体は寝なくてもいいんですか?」
「眠ってもいいし、眠らなくてもいい。
肉体には睡眠が必要だから、8時間くらい眠ることをお勧めするよ。
ファルマと交代でベルの体を眠らせてやってほしい」
「肉体が寝てる時は、精神体も寝るんですか?」
「いや、ほんの数分だけ精神体も眠っているけれど、ほとんど起きている。
肉体の睡眠の方が、夢を見られて楽しいけどね」
「精神体で寝ると、何かいいことありますか?」
「いいことか…。あるけど、今やると起きられなくなる可能性があるから、やらないでほしいかな」
「具体的には?」
「やらないでくれって言ったよね? …次」
「…ベルは、肉体に入らずにいて、魂が消滅しないんですか?」
「ああ。ボク、ではなくて別の神に力を借りて固定させている。けど、これは内緒だ」
「僕もそういう風にして欲しいんですけど」
「何人もやったら、バレるリスクが増すじゃないか。却下」
「精神体の状態で、ベル以外のものに入れたりしますか?」
「何に入るつもりなんだ? 作戦行動中は絶対やっちゃダメだ。少なくとも、かなりリスキーだから、しばらく許可しない」
「どんなふうにリスキーなんですか」
「他の神に作戦がバレた上、君が消される。
出られなくなる可能性もある」
「なぜバレるんでしょう?」
「神はどこでも見ている。…次」
「ここはバレないの?」
「ここはボクの完全閉鎖空間で、バレることはない。だから暗いんだけど、我慢してくれ。…次」
「そうなんだ。ここで演算を組んで、それをリリースした場合、他の神に見られることはないんですか?」
「ああ、影響範囲がキミに限定されているなら、キミの精神体はここにあるから、他の神に気取られることはないだろう」
「精神体がこの閉鎖空間にいれば、大丈夫なんですね…」
「ああ。
キミ今、閉鎖空間を自分で作ろうとしただろう。それはできない。この閉鎖空間の外に影響を出してしまう」
「そっか…。
さっき解毒式を使ったけど、それはいいんですか?」
「あれね。あれは本人の治癒能力をブーストしただけに見えるから、回復魔法と大差がないんだ。それくらいでは認識されないだろう。
小さいものを編み出したりとかも、魔道具の類に見えるから、同じだ」
「あ、そうか。魔法があるから、木の葉を隠すなら森の中、ってことですね」
「そういうこと。まあ、どんな森が存在しているのかは、森をその目で見て、研究したらいいんじゃないか。まだ他の神も仕込みの段階のようだから、時間はあるだろう」
「見たり、解析したりするのは、大丈夫なんですね」
「ああ、影響範囲がキミだけだからね」
「ファルマもここにいるから、影響範囲に含めてもいいんでしょうか?」
「ああ、ベルも構わない。形質的にあまりにも変わってしまうと、歪が出てバレてしまうから気をつけろよ」
「他の神様は、ベルがイリス様のコマだということは、知っているんでしょうか?」
「そう、それがおもしろいところなんだ。僕もだけれど、世界中に偵察を送り出して、監視網を敷き始めている。コマにしていると思われる人間を探しているんだよ。
この、探すのが、面白いのさ。
バレないように、かつ絶対勝てる人間を育てていくのも、堪らないけどね」
「他の神が持っている作戦はどんなのだと思いますか」
「そうだな。昼の神は、正攻法で絶対的な力で堂々とやりたがるだろうね。
夜の神は、影や忍びのようなこっそりとした方法をとるだろう。
けれど、どちらも10代でそれができる人間は限られるから、1人では動けない。集団の力をある程度使うだろう。カリスマがあって、能力がある人間を使うはずだ。
前回も伝えているけれど、使っている人間の精神体がバレると、神はその精神体を攻撃することができる。だから、亜空間で神隠しにするんだよ。
肉体が滅ぼされるとゲームオーバーだ。使っている人間同士で戦ったり、ターゲットに倒されると一時的に死ぬが、肉体があれば、蘇生してやることができる。精神体をここで隔離しているからね。だが、肉体が消滅すると、蘇生することができない。気をつけてくれ」
「……はい」
「演算式の影響範囲と内容には注意が必要だが、やりたいことはとりあえず何でもやってみたらいい。失敗してチョーカーで首が締まってベルの肉体が死んでも、助けてやることはできる。…そのまえに、この亜空間内でのフィールド調整をして、失敗を未然に防ぐ方法を考えた方がいいんじゃないのか。いくら肉体が意識を失っても、この亜空間で動かしている演算なんだから、意味ないよ」
「……あ」
「じゃあ、ボクは戻るよ」
「あっ! ターゲットの動きは?」
「まだ、地中深くで隠れている。まだ誰も見つけていないよ」
「はい…ありがとうございました…」
イリスはまた暗闇に帰っていった。
僕はまた、極集中状態に入って虚空を眺め始めた。
神の目でデータを集め、手探りでコードを書き込んでいく。
コードを解析して貯めれば貯めるほど、使い勝手の良いフィールドになっていくのが見えてきた。