僕の経験値
若干質が悪い酒だったのか、代謝物により色々と影響が出ていたようだ。何か混ぜられていたわけでもない。ドロシーとトーマは、体質が似ている。解毒方法も同じでいい。解毒コードを書き込み、実行する。
神の見透す目は、現実世界に加えるようにして、文字列の連なりが重なって見える。今はまだ全てを理解できないけど、入力と解析を繰り返すことで、ただの文字列から情報が無限に得られることになるだろう。
なんというか。映画マトリックスの世界観にちょっと近い、かな。…ああ、それで赤い林檎(血糊)…? まさかね。
ドロシーとトーマは、だんだん素面化して、あくびと伸びをして息をついた。
「んん、なんか、爽やか。お酒飲んで、さっきまでへべれけだった気がするんだけど」
「ドロシーは飲んでなくてもいつものことだろ」
トーマが憎まれ口を叩く。
うっさいわ、と反応するドロシー。
「おー、復活が早くなってるなー?
もう一杯いくか?」
バルトロウが酒瓶をドロシーに差し向ける。
「こらー! そろそろ学習してっあんたたちっ!」
「いや、これは成長かもしれないぜ?」
ちょっと逡巡してしまうサンドラ。
僕は水を口に運びながら、様子を伺っている。
とりあえず、神の見透す目は成功。このまま次を飲めば、効果範囲が次まで持ち越されるのか、単発終了なのかわかる。
飲まなくても、効果があったことはわかったし、問題はない。…いや、飲んでくれたらちょっとありがたいなー、なんて、思ってはいるけれど。
結局彼らは、他のメンバーの皿を見て、飲まなかった。ドロシーがランチを注文してバルトロウから距離を取る。
バルトロウは半眼で舌打ちし、さらに盃を重ねる。
ドロシーとトーマは、双子で、ドロシーの方が姉。
僕のことはグレースだと思っていたけれど、修正され、ドロシーはよろしくね、といってベルに微笑んで見せた。
くるくるの髪は銀の混じった金色で、ふっくらとした頬にそばかすはあるが、愛らしい表情で安心する。丸みを帯びた肢体を、露出度低めのワンピースで包んでいる。椅子に白いロッドを立てかけているから、白魔法的なスキルを使うのかな。
対してトーマは、ジロジロとベルを睨み、何か言いたそうにしている。あまりいいことを言わなさそうだから、放っておこうかな…。
被り口が少し解れている使い込まれたフードローブに隠れるようにして、ギラギラした目をこちらに向けている。なんというか…居た堪れない気持ちになる。
双子でこんな真逆になることって…あるのか…。
「どしたの? トーマ。いつもより険しいじゃない」
サンドラが隣のトーマを見て言うと、トーマは僕の方を見たままボソッと言った。
「ベルとか言ったっけ。
オレらに何したの」
僕は瞬間固まった。数秒あと、フォークを咥えて首を傾げることにした。
この人、気付いてる?
「ちょ、トーマ、いきなりそんな、失礼だよっ」
ドロシーが割って入る。
「ドロシーは気づいてないの? 魔法使いの名折れだぞ。
さっき何かした。
ただの女の子じゃないんだろ。ジェーン、何そいつ」
矛先を向けられたジェーンは、躊躇うように視線を僕に向ける。
「あ、私も気になる。ただの女の子じゃないのもわかる。なんで保護することになったの?」
サンドラもキラキラした目を向ける。
バルトロウも動いた。
「そうだな。理由を聞いてもいいだろ。
それから、これ。
昨夜抜け出して、どこでどうやって手に入れてきた?」
トンっと机の上に皮袋を投げ出す。好奇心でサンドラが袋を開ける。
金貨が数枚と、魔石が数個、転がり出てきた。
「今朝、城外のスラム外れでグリズリーが数体、死体で発見されている。
まさか、お前じゃないよな?」
はあ? と間抜けな声を出したのは、トーマだ。
空気が一気に固まっていくのを、肌で感じる。
ちょっと! 緊急召集! 魂の会話は瞬間で終わる。
ーーー…やだよー、怒られたくないよー、だから誰かとつるむのは嫌いなんだってばぁ。
ーアホか! イリスは?
ーーーこっちだよー。とりあえず、神の領域に手を出してることは内緒にして、ファルマと多重人格ってことにしたらいいんじゃないかな?
ーんな…そんなので納得するんですか、普通?
ーーーあの紫のおっさんがあたしのこと見てたのはびっくりだなぁ。かなりうまく隠したつもりなんだけど。あ、でもあたしも普通に表に出たい! 多重人格って便利かもしれないよねー。
ーーーねー。
ファルマとイリスが仲良くなっている気がする。
多重人格…うまくやるしかない。
うむ。
僕は咥えたフォークを、ゆっくりと下ろして、力を抜いた。
まずは、バルトロウを見つめて、ゆっくり、かつ厳かに言う。
「僕の中には、魔人が住んでいる。
時々、僕は魔人と入れ替わることがある。
余程のことが無い限り、人に危害は加えない。
けど、その間の記憶は、僕にはない。
だから、どうやって手に入れてきたか、は知らない」
バルトロウは、凭れていた椅子から体を起こし、腕組みして顎に手をやった。鋭い目線が痛い。まるで僕の中身を見透かして真偽を確かめているようだ。
僕は耐えられなくなって目線を落とし、次はジェーンの方を向く。
「僕には特殊能力があって、人の強く思っていることが読めることがあるんだ。
ジェーンのこと、色々知れて、よかったよ。でも、ごめん…。
それから、体の特徴も少しわかる。それで、」
トーマに向かう。
「トーマとドロシーはお酒の代謝が良く無いから、毒素が頭に回ってた。それに対して解毒魔法をかけた、それだけだよ」
それから、僕の迫真の演技で…切なそうに目を伏せる。
「僕は…確かに、体の中に魔人がいる。それに、勝手に心を読んで、要らないこともする、厄介で変なやつかも知れない。
だけど…
ジェーンは優しくていいやつだし、
サンドラの乳風呂はとっても気持ち良かったし、
バルトロウはめちゃ色男だし、
トーマは感が良くて…僕の解毒魔法、気づかれないと思ったのに。
ドロシーは癒し系で、僕は好きだよ。
…こんな人たちと出会えて、すごく嬉しいと思ってるんだ。
一緒にいちゃ、ダメかな…?」
決まった、と思う。
一呼吸おいて、ジェーンが僕の肩をたたいた。
サンドラに髪の毛を掻き回され、
トーマは、乳風呂のとこ詳しく!と乗り出してくる。
バルトロウはまだこちらを睨みつけながら、盃を呷る。
ドロシーはニコニコとしている。
僕はほっとして息をついた。やっと睨んでくるバルトロウに向き合う。
「バルトロウは、まだ聞きたいことがある?」
僕が促すと、バルトロウは盃を置いた。
「まだ確認したいことがいくつかある。
その魔人が俺たちに敵対しない理由は?
魔人はいつ出てくる?
グリズリーをほぼ素手で殺すやつだぞ。
そんなのが側にいて、襲われるかも知れないと思いながら寝られないだろう、お前ら」
とくにトーマに目線をやり、低い声で脅す。
僕は軽く頷いて続く。
「うん、そうだよね…。
僕と魔人は、一心同体なんだ。僕が死んだり悲しんだり絶望すると、魔人も動けなくなる。だから、魔人は僕を裏切らない。ヴァンパイアみたいに僕以外に乗り移ったり増殖することもできないから、安心して。僕だけで、僕が死んだら、魔人も死ぬ。
僕も魔人も、快楽主義だよ。誰の支配も支援も受けずに、楽しくやることはできる。その袋の通り。どの組織も、関係はない。
いま、僕の中で魔人が、バルトロウやサンドラと遊びたいって思ってる。強い人と、本気でやりあうのが好きなんだよ。寝込みとか、弱ったところを襲ったり、最終的に殺すことは目的にはしない。僕が、悲しむから。
いつ出てくるかは、わからない。僕は、見ての通り普通の人間で、魔人みたいに強くない。魔人をコントロールはできない。
ただ、僕をいじめたり怒らせたりすると、出てきて罰を与えようとするかも。
それだけ」
言葉を選ぶように、ゆっくりと。
ほとんど嘘だ。神様のゲームに所属してるし、君たちを利用する気満々なんだけど。
ファルマがどうするかは、本当に知らない。
僕に都合がいいように勝手にルールを創ったって、別にいいだろう?
「魔人になったとき、どうわかる?」
バルトロウは目線を緩めようとしない。
「僕とは、性格が全然違う。あたしって言ったら、魔人だよ」
「お前の姿で、か」
「そうだよ。いきなり角生えたり、血管浮いたり、変身したりしない。たぶん」
「…中身が魔人でも、お前の姿なら俺は戦わない。俺に近づくなよ。ガキ」
だって。残念だったね、ファルマ。
僕は肩を竦めた。
そのときちょうど、処理にかけていた演算式が完了した。
視界にこれまでなかった文字列が現れる。
名前、種族、称号、経験値、技能の項目が浮かび上がる。
おお!MMOっぽい!!
ただ、ゲームのディスプレイのように広く均一ではないのが気になってくる。視野が人間の目の見える範囲で、意識外はぼやけるし、狭い。これもあとで修正しよう。
バルトロウは確かにEPが50000オーバーで、かなり強い。技能の中に幻術というのがあるのが気になるが、後にしよう。
ソーマとドロシーはともに5000、
ジェーンは28000で、サンドラは32000。
僕は…僕も見れるのか。…30。二度見した。えっ…30しかないの…。リセットされて始めからやり直し、ということか。
いま目の前にはいないけれど、ファルマも見ることができる。44000。10代だろうに、化け物だ。あれ、ファルマは経験値持ち越し? ずるくない?
イリスは見られなかった。神様を試すなってことか。
僕は嘆息して、椅子に凭れた。
経験値詐欺しようと心に決めた。