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knowing  作者: ぷにぽめ
4/12

湯けむりの初体験

 翌朝、目を覚ますと、うつ伏せのまま動けなくなっていた。

 体を起こそうとして、あまりの痛みに声なく叫んだ。

「ーーー〜〜!」

 足、腰、腕、だけではない。首や、すねの前側まで痛む。

 どんな動きをするとこんなことになるんだ…。

 僕はベッドの上で悶えていた。少し動くだけで筋肉が軋む。

 涙目になりながら、ファルマに呪いの言葉を念じていると、

ーーーごめん、ちょーっとやりすぎちゃったみたい! 加減がわかんなくてさーっ …テヘペロ☆

 ファルマが答えてきた。

 テヘペロ☆じゃねぇっ。

 枕に顔をうずめて震えていると、トントンと音がして、ジェーンが扉のところに立った。

「どした?

 昨日の午後から様子がおかしいけど…」

 僕は救いが来た!とばかり、涙目をジェーンに向け、哀れっぽく言った。

「動けないんだ……助けて…」

 ジェーンはすぐに動いた。手甲を外して、ベッドの側に傅くと、僕の額に手を当て、まぶたを裏返す。

「熱はないな、毒でもなさそうだ。呪いか?

 暗くてわからないな。カーテンを開けよう」

 さっと立ち上がりカーテンを開けると、小走りに戻ってくる。床板が軋んで音を立てる。

「何も出ていないな。

 ……こら、泣くな」

 ジェーンが頼もしくてジーンとしていたら、さっきとは違う涙が出てきた。

 追い討ちをかけるように、ジェーンは大きな手を僕の頭に当てて、慰めようとする。

 僕はもう前が見えなかった。悔しいような、苦しいような、懐かしいような、切ないような。

「何があった?」

 ジェーンは優しく声をかけてくる。

 僕は声が出ない。というか…声が震えてしまいそうで怖い。

 子供のとき、感じたのと同じ感覚。

 寂しい。違う…家に帰りたい? 違う。言葉にしようとすると、なんだかうまくいかない。混ざっていて、一つにならない。

「どうしたの? ジェーン?」

 女性の声がして、ジェーンの陰から扉の方を見ると、誰か立っている。

「ああ、動けないらしい。毒でも呪いでもないようなんだが…。

 汗もかいているみたいだ。

 悪いが頼めるか?」

「ええ、いいわよ」

 女性は頷くと、近づいてきて僕を覗き込んだ。

 僕は慌てて枕に涙を吸わせると、女性を見た。

 クルクルとよく動く目、表情筋の豊かさが見て取れる豪快な笑顔で見つめていた。

 普段こんなふうに笑う人は、見たことがない。見ず知らずの、他人の僕に、こんなふうに笑って何かしてくれる人は、いなかった。

 僕の世界とは、違うんだ。

 もう…ここで生きていくしかないのか…。

 僕は、女性の目を見ながら、しおらしく観念した。

「お世話になります…」

 僕は小さい声で言って、ぐすっと鼻をすすった。

「ふふ。はーい。

 あ、ジェーン、この子に替えの服を用意してあげてくれない? 動きやすいやつがいいな」

「ああ」

 ジェーンはきびきびと出て行った。

「さてと。じゃ、薬湯にでも出かけますか」

 え。

 女性は僕を仰向けに転がして、抱き上げた。

 ぇえ…。

「ん? 軽い軽い。冒険者、なめんなよ?」

 女性はにっこり笑うと、首に腕をかけるように言って、表に出た。

 他の仲間に出かけることを告げて、女性は宿も出る。薬湯って…風呂ってことか?

 ぇぇえええ!

「グレースちゃん、なんか昨日と違うね。覚えてる?」

 話し方はサバサバとして、気持ちの良い性格なのがわかる。

 動揺して顔も上気してしまう。脇と脚に彼女のおっぱいが当たって、というかこの柔らかさは神…!

「違う。本当はベルだよ…。

 名前、聞いてもいい?」

 動揺をごまかしながら、小声で言う。

 顔が近くて、加減がわからない…。

「ベルちゃんか〜。うん。そっちの方がしっくりくるね。

 私はサンドラ。闘士やってマス」

 明るく笑った。つられて僕も笑う。しまった…首が引き攣る…。

「あ、ごめん。悪かった。

 もう少しだから、がんばって」

 サンドラは少し足を早めてくれる。

 ごめん、ただの筋肉痛なのに、本当に申し訳ない。



 サンドラは短い金髪。よく日焼けしていて、柔軟でそれでいて強靭な筋肉、そして豊満なる双丘がついている。

 ご、極楽か…ここは……。

 僕はその双丘に頭を凭せて、目を閉じ、湯に浮いていた。

 いや、狙ってそうしたわけではないんだよ!? そうせざるを得なかったわけで。

 あまりの心地よさに破顔して色々破綻しているのも構わずに、つい声が出てしまった。

「ぬぉぁあ〜」

「ふふっ、気持ちいいね〜

 さっきは溺れるかと思って心配したけど」

「サンドラさん、ほんとありがとう〜。助かったよー」

 湯に入るまでに問題は山積みだった。まずボタンが外せない。あと、至る所についているホック類の意味が分からなくて、引きちぎりそうになった。あと、腕が回らず袖が抜けない。肩に引っかかったシャツをなんとか外そうとしたんだけど、面白い動きをしていたのか、サンドラに爆笑された。くそっ、こっちは必死なんだぞ…。

 筋肉が軋んで痛くて攣りそうになるし、思う通り動かない体に情けなくて涙目になった。おちおち女体を楽しむこともできない。

 見かねたサンドラに脱がせてもらい、体も洗ってもらい、湯船にまで入れてもらうことに。でも広い湯船では体が浮いて体の位置を保てず、抵抗虚しく溺れた。

 全介助。の上、溺れないようにの乳枕。

 要介護認定で一生ベッドの上だとしても、サンドラ介助だったら僕は甘んじて受けようかな…。

「どういたしまして。

 サンドラでいいよー。私もベルって呼ぶから。

 お返しと言っちゃぁ何だけど、元気になったら鍛錬に付き合ってもらうからね〜」

 鍛錬…? サンドラの立派な上腕二頭筋が僕の肩の稜線を撫でて、ベルの体を抱く。

「…えっと、お役に立つかはわからないですけど…?」

 サンドラの満面の笑み。重い腕の、な潰されそうな圧迫感。怖いと初めて思った。この人、もしかして…。

「ドロシーとトーマはおしとやかだし期待してなかったけど、

 ジェーンもバルトロウも最近は全然、相手してくれなくなって…

 全力出して潰したのがダメだったのかなー」

 つ、潰した…!?

 いや、やっぱり脳筋らしいな…。さっきのは無し。

 サンドラは、畏怖を持って見上げる僕の頬を両手で挟んで撫でる。

「ベルは成長期だし、手荒なことはしないけど、期待してるからねー。ふふふ」

 ふふふ。

 ま、まあいいや、相手はファルマがするんだし。そう思うと若干体の力が抜けた。

 魂が少し暴れているみたいに感じるけど、無視だ、無視。


 何かが肌に付いている気がして、湯に浸かって少しふやけた手を見る。傷はないが、手の甲のあちこち皮がめくれている。腕も3本切れ目が入ったようになり、皮がヒラヒラとしている。

 傷がある痛みはない。

「なんで…」

「傷ついた後、自己治癒力が高いとこんな感じになるわね。

 ていうか、なんでそんなに傷ができてるの? 昨日はなかったよね?」

「わかんない…」

 魂でファルマを呼ぶ。呼べば通信できることは一番に覚えた。

ーーーほっほーい! なんか、乗り捨てできる感じでたんのしいなー。お世話係、よろしくねっ! にしてもサンドラ、ちょっと素敵な顔してんのにやばそうじゃん? 一人遊びもつまんないから、ちょうどいいかもー!

ーおいこら。そうじゃないだろ。この傷は何だ。皮が剥けてるじゃないか。

ーーーんーと、昨夜街の外で遊んでて、そしたらグリズリーが寄ってきてね、このまま放っといたら街が危ないしなーと思って、相手したん。したらこんなことに。ごめんにゃ☆

ーいやごめんにゃ☆じゃねえし。グリズリーて。

 僕は毛むくじゃらのクマの鋭い牙と爪を想像して、鳥肌が立つ。

ーーーまあまあ。死ななかったんだし、いいじゃん。ていうか、この体、すごいよ。まだそんなに動けないから傷ついたけど、パワーがあるし、なんてったって治癒力が半端ない。ある程度無茶しても平気そうよっ。

ーいやいや死ななかったからいいとか、んなわけないだろ! 無茶しないでくれ! 僕が苦しむじゃないか…!

 ……ん? ふと思いついた事項に、僕の思考は集中した。

 僕は、イリスからあるものをもらった。

 それは、世界と接続する演算フィールドだ。まるでコンピュータのソフトを作るのと同じように、この世界の一部を僕の思い通りに書き直すことができる。いろいろと制約があったり、バグを生むこともあるみたいだけれど、神の領域に踏み込まなければ特に問題はないみたいだ。

 痛み……神経、電気信号、肉体と細胞、そして再生。思いつくまま、イリスの演算フィールドにコードを打ち込んでいく。

「? ベル?」

 突然ボーッとなったベルを見下ろして、サンドラは首を傾げていたが、そっとしておいてくれた。

 慣れないフィールドでやや苦戦したが、15分でひとつながりのプログラムを書き上げた。

 ふむ。悪くない。

 むっくとサンドラの胸から起き上がり、湯船に仁王立ちした。

 ベルのボロボロだった肌はつるっと綺麗になり、筋肉痛も跡形もなく消えた。

「サンドラ、ありがとう。いい湯だった」

 僕はサンドラに顔を向けて、ニコッと笑って見せた。


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