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knowing  作者: ぷにぽめ
3/12

神様の力

 環状道の西側は歓楽街になっていて、表向きは健全なスポーツやテーブル遊びを提供する店が並んでいる。

 一歩奥へ踏み込めば、飲み屋が立ち並び、そのさらに奥は夜の街になっていて、賭博や売春なども行われている。

「ちゃんとくっついてないと、知らないぞ」

 脅すようにジェーンが言うので、僕はジェーンの上衣の裾を握って離さないようにした。

 実際には、巡回騎士団とは違った組織が深く根を張って見回りをしていたり、通路もよく整備されていて治安はいいのだが。柄の悪い感じが怖いので、目は合わせたくなかった。

 食事した店を出るとき、他の冒険者から東側は通れなくなっていると聞いた。なので西側の方へ向かって歩いて行ったのだが、西側への曲がり角のあたりには人だかりができている。

「何だろう?」

 上衣を引っ張り尋ねると、困った顔で見下ろしてくる。

「この先で検問をしているみたいだ。これは時間がかかりそうだよ」

 ジェーンはある程度の高身長なので、遠くで騎士団がバリケードを作っているのが見える。150センチじゃ、前の人の背中しか見えない。

「えー… ちょっと、耐えられそうにないよー。トイレに行ってもいい?」

「構わないよ。そこで借りようか」

 何気ない気遣いをするジェーンが紳士なので、王子なのを納得できる気もする。ありがたく思いながら、いそいそと公衆トイレへ入る。

 背中に冷や汗をかいている。

 奪われた煌星のなんとかを探しているのだ。持ち物を検査する。そしてブツを持っていたり抵抗したり怪しかったら即捕縛だ。

 まずいまずいまずい…!!

 トイレの個室に入り鍵をかけるなり、ポケットを弄って小箱を取り出す。

 見つかったら、逮捕、死刑もありうる。

 どうする…!?


 そこで、また前頭部をガツンと殴られたような衝撃が走り、僕は気を失ってしまった。





 ボーッとしている。

 ジェーンの上衣の裾を持ったまま、風船が揺れるようにふらふらと歩いていたような記憶。

 そんなことがあったのか、本当は夢なんじゃないのか。まるで夢の中で場面転換するようにチラチラと変わって、もうずっと前のような気もする。

 本当は、東京の自分のベッドの上にいて、ゲームをやりすぎてそのまま寝ちゃって見た夢なんだ。

 もう起きないと。目覚ましはどうしたんだろう。セットし忘れたかな…。

 体を動かすと、くしゃくしゃとシーツの感触がする。やっぱり寝ていたんだ…。

 手でスマホを探す。いつもと違う配置みたいだ。

 ぼんやりと薄目を開けてうつ伏せから首を擡げて周りを見渡す。

 手元のシーツの上、くしゃくしゃのちり紙の中に、茶色い小箱があるのが見えた。

「ーーー?」

 夢のなかで出てきた箱。

 嘘だろ。

 とっさに箱を引き寄せ、体の下に隠す。

 どういうことだ?

 体の下の、箱の感触を確かめる。夢じゃ、ない? 記憶を繋げるのを試みるけれど、やっぱりぼんやりとしている。

 捕まってしまったのなら、ここに箱があるはずもない。

 ……見つからなかったのか?


 とんとん、と戸を叩く音がして、

「グレースちゃん、いいかしら?」

 と知らない女性が入る気配がする。寝たふりをしてやり過ごす。

「あら、まだ寝てるのね……疲れたよね。

 私たちは食事に行ってくるけど…ゆっくり寝ててね」

 労わるような声。

 扉は閉められて、気配も消えていく。

 ……誰だ?


 のそのそとベッドの端に腰掛け、目をこする。

 なんだか知らないけど、助かった、のか?

 食事、一緒に連れて行って貰えばよかったかな…?

 そう思いながら目を開けると、ベッドも扉もなかった。

「うわぁあっ!」

 お尻に感じていたベッドの感覚がなくなって、後ろに倒れるような気がして身構えた。

 一瞬先、…なんともならなかった。

 平衡感覚を失って目眩がする。

 真っ暗な中に、浮いているような感覚。いや。まだ座っているような、いや、立っていて足元は確かなような気もする。

 目が慣れてくると、暗いけれど明るい、不思議な感覚。

 3メートルくらい先に、誰か倒れているのが見えた。

「どうしたんですか!」

 うまく体の姿勢が維持できなくてジタバタとしながら近寄ると、女の子だった。肩を揺すって、大丈夫ですか!と声をかける。

 反応がない。でも、息はしているみたいだ。長い睫毛。ぷっくりとしたピンク色の唇が、つやつやとして、可愛い。15、6歳の、女の子。

「寝ているだけ。大丈夫だよ。

 それより、女性の前で素体とは、なかなか勇気のある男子だよね」

 そたい? 体を見る。素っ裸だった。

 慌てて前を隠し、周りを見回す。少し遠くは真っ暗で、誰も見えない。

「ここだよ…。

 仕方ない、今回だけ、手伝ってあげよう」

 女の子の向こう側に、白い長ローブを着た、男か女かわからない人が霞のように現れて、こちらに向かって、左から右に手を動かして見せた。それと同時に、自分の下半身にタオルのようなものが現れた。

 ほっと手を離して巻き直すと、まじまじとその人を見た。

 水色がかった銀色の髪に、透き通るような白い肌、ニッコリと笑った顔は整っていて、すらりとした鼻筋、顎のラインが美しい。声も、声変わり前の少年のようでよく通る。

 敵意のようなものは感じない。むしろ、なんというか、ほっとするような印象。

 ゆったりと、穏やかに話す。

「ボクはイリス。虹の神様だよ。

 ここに集まってもらったのは、ほかでもない。

 神のゲームの協力者になってもらうためさ。

 ボクは、このゲームで必ず勝たないといけない。

 だから、君たちを選んだんだよ」

 神様? ゲーム? …全く意味がわからない。

「ちょっと! ぜんっぜん意味わかんない! もう少しわかりやすくしてよ。

 なんで、私がこのコの体をっ、こんなんと使い回ししないといけないわけ!?」

 女の子の足元の暗闇から、赤い服を着た若い女の子が出てきた。というか、初めからいたみたいだ。

 18、9歳くらいか。

 横たわっている女の子と僕を指差しながら、激しい剣幕で怒鳴る。

 僕はぼんやりと、赤い服の子の台詞を反芻する。こんなんって、僕のことか…。半歩ほど感情が遅れてやってくる感じだ。

 白ローブの人は、赤の子の剣幕など何処吹く風だった。のんびりと手を振り、落ち着け、とジェスチャーする。

「…君たちは、死んだ。ボクの力で。

 そして、同時にここに呼び出して、一人の魂に、半ば無理矢理、3人分定着させているんだ。

 体は、この子のだ。だから、君たち二人で時間を分けて、使ってもらわないといけないんだよ」

 穏やかな口調だったから、僕はちょっと思考が追いつかなくて、ぼうっとした。

 僕は、死んでいた。

「あたしだけにちょうだいよ! 絶対勝ってみせるから…!」

「…君単独で勝てないから、無理矢理3人も合わせているのに。

 これは戦略なんだよ? ルールが厳しいんだ。

 ボクたち神が関われるのは一人だけ。それも未成年でなければならない」

 イリスは、僕のことなどお構いなしで、のんびりと淡々と説明していく。

 ゲーム。そしてそのルール。

 僕の中で、一本の糸が登ってくるのがわかった。

「…与えられる能力は、数に限りはないけれど、その人間の能力の範疇で使える分だけ。

 そうなると、選択肢はあまり多くない。

 もともと強い個体を選ぶか、ほどほどにバランスのいい個体を強力に育てて行くか…」

「それとも、ルールを破らない程度に、チートな個体を作るか…」

 そういうこと、と言って、神様は僕を指差した。

「ちょっと、意味わかんないってば! 私の体を使えば、それで完璧だったでしょ!?」

 女の子を片手で牽制して、神様は続ける。

「この子は、潜在能力が恐ろしく高い子なんだ。ただし、大器晩成型で成人してからの成長が大きくなる。完成形はファルマよりも全然強いんだよ。

 才能もスペックもあるのに、あんまり努力が好きじゃない子なんだよね。

 目的が決まっていないまま、行動できないし、ボクが目標を与えたとしても、恐怖して動けなくなってしまう。

 それだと、このゲームでは使えない。

 それで、その穴埋めをするような人たちで成長促進させようと思ったんだよ。

 怪盗スターキャット、ファルマの身体能力と、隠れプロゲーマーのアラタの頭脳で」

 僕は動けなくなっていた。神様に認められるようなゲーマーなんて。他にたくさんいるじゃないか。

「いいんだよ、アラタ。ボクが君を気に入ったから、ここに連れてきたんだ。

 君は君らしくあればいいのさ」

 そんなの……勝手だ。自分勝手すぎる。ゲームに勝ちたいからって、僕も、この子たちも殺して、あまつさえ、自分のゲームに巻き込んで、自分らしくあればいいなんて……都合が良すぎるんじゃないのか。

「神なんて、そんな勝手なものだよ」

 理解、できない。

 それなのに……。

 なんだか、うずうずする気持ちが湧いてきていた。

 これって、これって…、転生したってこと!? しかも神様の力を使ってチートゲームができるってこと!?

 僕の現世では絶対に叶わなかったことが、叶うようになるのかな。

 神様のゲーム、面白そうじゃないか!

「あはは! いいね、アラタ。君のその感じ、ボクの思った通りだよ。

 じゃあ、アラタはこれから作戦会議。

 ファルマは、ベルの体で遊んできていいよ」

 上衣を翻して言うイリスの上から目線の態度に、あからさまに嫌な顔をして、ファルマが舌打ちをした。

「ちょ! ちょっと待って、待ってください…

 作戦を考えるのに、ファルマさんもいた方が、いいんじゃ…」

「ほう?」

 イリスが美しい眉を片方上げてみせる。僕は動きに見惚れて、一瞬考えるのをやめていた。

「ボクは少しでも早く、ファルマがベルの体を鍛え上げることを期待している。

 それに、ある程度賢くないと、煌星の雫を王宮の宝物殿の最奥から盗み出すなんてことはできないし、君みたいに精神体が揺らいで現状認識もうまくできないのと違って、ファルマは君と魂を共有していることを理解していて、しかも君を2度も救っただろう? この時点で、ファルマは君より一歩か二歩、先を行っている。

 君はまず、基本を押さえるための時間を取ること、その後でじっくり作戦を練ることにする。ファルマには後で伝えたとしても、完璧に仕事をこなすよ」

 その言葉を聞いて、ファルマはどや!とニンマリした顔で僕を見下ろす。

 僕は思いもしない浅慮さに赤面した。

「ファルマ、わかってると思うけど、ベルの体を壊さないようにね。

 ジェーンとそのパーティーも大事な戦略に含まれるから、迂闊な行動はしないように」

「ふふん。ベルの体弄ってイリスの神罰を食らうような阿呆と一緒にしないで。

 ちゃんとやるわ」

 ファルマは暗さに溶けるように姿を消していった。

「うーん、ボクは女の子の体を与えられた男子がそうしたくなるのも、わからなくもないけど…。公衆の面前でやっちゃいけないことはあるよね」

 僕はもっと赤面して、俯いた。公園で枝を落としたのはイリスだったのか…。腕組みしてごまかしながら胸揉んでたの、バレてた…。

「まあ、その後はファルマにフォローされてるから。

 ファルマの言うことや態度は、あんまり気にしないで。

 あの子も、これまでにかなり苦労しているんだ」

 イリスは軽く肩をすくめてみせると、目線を落とし、ベルに向かって手をかざした。ベルの体を覆うように球形の光の膜が現れる。

「ここにあるのはベルの魂のコアだよ。ファルマと君で意識領域を使っている間、こうして保護しておく。

大丈夫。夜は長いんだ。じっくり取り組もうじゃない」

 イリスは僕に向かってにっこりと微笑んだ。


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