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knowing  作者: ぷにぽめ
2/12

計画

「きゃぁああ!!」

 周りの通行人から悲鳴があがる。

 周りからは、きっとひどく殴り倒されたように見えたに違いない。しかも、暗器を仕込んでいたと思われる出血…。

 一気に場が騒然となり、遠巻きな人だかりができる。

 そんな中からひとり走り出てきて、僕を助け起こした。

「大丈夫か?」

 さっき見た、革鎧の若者だった。

 こくこく、と頷くと、若者は僕の上に視線を走らせ、僕に寝てろと目配せして、ゆっくりと、殴った男を見た。

 殴った男は、思いがけない流血に怯んで、後退りして顔を引きつらせていた。

「一般人かもしれない少女を殴って、大怪我をさせたな?」

 静かな声だが威圧感がある。僕はあわてて地べたに寝転んで目を閉じた。

「ギルド冒険者の恥だ。

 みんな、そうだろう?」

 若者が声を上げると、周りから、そうだそうだ!言い掛かりだったわ!なんて卑劣!やっちまえ兄ちゃん!と声が飛んでくる。

 若者は手を挙げて、鎮める。

 なんだこのカリスマは。僕は薄目を開けて見上げていた。

「そんなに強く殴って…」

「なんだって? 怪我をさせてそれはないだろう。

 ここでしっかりと償っていくんだな」

 殴った男が言い訳しようとするのを、若者は言わせない。

 若者の方が明らかに体格がよく、姿勢も態度も非の打ち所がない。凄まれて、殴った男は動けなくなっている。

 連れの男が、あわてて財布を取り出して、若者に押し付ける。

「もっ、申し訳ありませんでした!

 ほらっ、行くぞ!」

 と殴った男を引っ張って、そそくさとその場から退散した。「覚えてろぉ」と捨て台詞を残して。

 それを見届け、若者はまたしゃがんで話しかけた。

「大丈夫か?

 ギルドの裏に診療所があるから、連れて行く。いいな?」

 と言って、僕を軽々と抱き上げ、野次馬をかき分けて出た。野次馬は口々に、やるな!かっこいいー!素敵!と声をかけてくる。

 僕はもう、一連の劇か何かに巻き込まれた感じで呆気に取られ、借りてきた猫のように無抵抗で従った。

 ギルドの横道に入り、周りに人がいなくなると、若者は僕にこっそりと言った。

「うまく血糊をかけたようだが、もう少しうまくやらないと当たり屋として上手くいかないぞ。そんなくだらないことはやめて、真面目に生きろ、な」

「え…」

 血糊。手を見ると、もともとリンゴの形をしていたであろうそれが、真っ赤に染まって張り付いていた。

 なんだかよくわからなくなって混乱する。

 リアルな林檎だったのに、血糊が仕込まれてたなんて…。

 若者にお姫様抱っこされたまま、突然、前頭部を殴られたような衝撃が走って、僕は気が遠くなった。


 次に気がついた時は、階段を降りているところだった。

 数段先で終わり、通りの向こうにさっきの若者がいる。

 時間の感覚が完全に飛んでいる。前に気絶してから、どれくらい時間が経ったのだろうか。

 振り返ってみた。目の前に大きな扉。奥にフロントが見える。銭湯だった。

 え。

 手を見ると、べっとりと付いていたはずの血糊は消え、服もパリッと綺麗になっている。

 …あれ、お風呂を経験してないぞ…? これは入っておきたいような。

 自分の女体探索という好奇心をくすぐられる事象に心が向かう。

「やあ、綺麗になったね。

 …どうした?」

「あ、いえ、なんでもないですっ」

 また階段を登ろうとして、かけられた声に慌てて向き直る。自分の不埒な考えに急に恥ずかしくなって体が熱くなる。

 そういえば、この人いたんだっけ。お預け感は残るが、仕方ない。

 長身な若者とは階段数段の高さで背がやっと近くなる。

「ーーーあれ、さっきの子じゃないか

 …血糊まみれで気がつかなかった」

 僕のことをまじまじと見て、その若者は言った。

 どうやら、時間はさほど経っていなかったらしい。

 若者は腕組みをして、こちらを頭から足先まで眺めた。訝しげな顔をしている。

「保護者は?」

「……?」

 僕に、というかこの体の女の子に保護者がいる可能性は考えていなかった。

「お父さんとか、お母さんとか、護衛の人とか、一緒に来てないの?」

 やや優しく訊ねてくる。そうか。子供にしか見えないのだ。仕方ない。というか、自分が子供である自覚なはい。

「子供じゃない」

「…ふっ…いや、無理あるだろ」

 若者は顔と胸のあたりを見ながら、軽く吹き出す。

 イラっとしたが、自分のことではないような、少し遠い感覚。

 睨むだけにしておいた。

「まあいいか。

 昼飯は?」

 若者は白い歯を見せてニッと笑った。


 若者は、ジェーンと名乗った。女性らしい名前だが、男性だ。冒険者で、クエストから帰って、休息したのち戦利品を換金してきたところだった。

 名前を聞かれ、私はとっさに思いついたグレースと名乗った。記憶喪失だと、色々と面倒かもしれないし。思い出させようとする、とか。

「グレースか……いい名前だね」

 ジェーンは明るい貌になって、嬉しそうにしている。僕が首を傾げると、あわてて目を逸らした。


 銭湯からギルドの建物の裏手に回ると、ギルド御用達の食堂街がある。そこで食事をすることになった。

 店に入り食事が運ばれてくると、一気に食欲が湧いてくる。がっつかないように気をつけながら、

「ありがとう!いただきまーす!」

 と元気に言って、スプーンをとった。

 食べている間は、考えなくてもよかった。とても美味しかったし、ジェーンが話しかけてくることもなかった。

 一皿のオムライスが、こんな美味しいとは思わなかった。久しぶりに口にした食事のような気がする。体に、染み渡る。

 取り組んでいた皿からふと顔を上げてジェーンを見ると、ランチに手をつけずに麦酒を飲んでいた。

 グレースの食べる姿をじっと見ていたのを、慌てて目を逸らす。

「何?」

 質問に、ジェーンは目を逸らしたまま答える。

「いや。

 …なんで、血糊まみれで当たり屋みたいなことをしてたのかなと。

 そんなに育ちが悪いようには見えないし…

 服だって上等だろう」

 僕は水を飲んで、目をくるっと回した。

「林檎だと思ってた。血糊なんて知らなかったんだよね。

 正直、驚いた。」

 それを聞いて、は…? とジェーンは苦笑いした。

「あ、助けてくれて、ありがとう。

 おかげで助かりました!」

 僕が頭を下げる。ジェーンは手をひらひらとして、また麦酒を傾けた。

「ご馳走様でしたー」

 皿が空になって、店内を見回すと、新聞があることがわかった。行ってとってくると、新聞に隠れるようにして読み始めた。いや、見てないフリをするジェーンの目線が痛くて気持ち悪いというのもあるけど…1面の見出しと、その写真が気になった。

 また僕は首を傾げる。日本語とも、英語とも、他の見たことある言語の文字と、全く違う形の文字が並んでいるのに、読める。

 《煌星の雫 盗まれる!犯人は怪盗スターキャットか》

 盗難にあった品の写真が載っている。アップで、細工の詳細までわかる。雫の形の石の周りに、金細工。ブローチとして造られたもの。端には箱も写っている。金細工のついた、皮の小箱。

 これはまずいぞ。見たことあるぞ。スターキャットって何者だ。どこから盗んだんだ… 本文中を目を凝らして探す。手が震えていた。

「どうした?」

 ジェーンの声が遠くに聞こえる。


 新聞で顔を隠すようにしていてよかった。かなり動揺したような気がする。

「へっくし!」

 こういう時、記憶喪失でよかったかもしれないと思う。恐れはあるけれど、何も思い出せない。だから手を震わせていたのも、くしゃみでごまかした。いや、ごまかせたかどうかは、分からないけど。

 煌星のなんとかをポケットに持っていることだけは隠し通さないといけなくなった。

 そして、売って金にする、という計画も撤回だ。

「やっぱりお子様じゃないか」

「ふん」

 少し唇を尖らせてやりすごす。気を取り直して、ニヤついているジェーンの顔をじっと見返す。

 さっきから頭に浮かんできて思っていることを、言わないといけない気がしてきた。

「グレースって、恋人?」

「えっ」

 フライを弄っていたジェーンの顔が、ぱっと明るくなる。

「やっぱり。グレースがよく連れていた侍女に似ていると思ったんだ。

 グレースのところから来たんだろう、何か、聞いていないか、どんなことでもいいんだ」

 フォークを置き、皿を押しのけて、ジェーンがこちらへ迫ってくる。

 よっぽど好きな女だったのかな。

「会いたいって」

 グレースがぼそりというと、ジェーンはうぉおおおお!とガッツポーズをする。

「でも、決定的に別れてるよね?」

 僕の思考の中に、なんとなく、ビリビリに破れた布のようなものの、片端をジェーンが握っているようなイメージが、ある。

 ジェーンはそのまま机の上に倒れこみ、動かなくなった。

「……

 あれ、死んだ?」

 しばらくジェーンは動かなくなって、僕は気まずい思いをした。


「…死んでない。

 もう俺のことも、知ってるんだろう?」

 やっと口をきいたと思ったら、机の上から恨めしそうに僕をを睨み、ジェーンは呟いた。

 僕はさっぱりわからなかったが、さあ、という様に肩を竦めて見せた。

 ジェーンは勝手に納得した様子で、食後のコーヒーを追加注文し、テーブルを片付けさせた。

「俺は、グレースのことをまだ、愛している」

 ジェーンはこう、切り出した。

 話が読めなくて目をぱちくりさせていると、ジェーンは1から話すから、といって、"俺の"グレースとの関係を語った。

 ジェーンは、信じがたいことにこの国の第二王子で、グレースは敵国の宰相の娘。

 もともと次男だったために自由奔放に暮らしていたが、あるパーティーでグレースと出会い、あっという間にお互いに恋に落ち、そのまま教会でこっそり結婚してしまった。

 それからしばらくはグレースの国で暮らしていたのだが、ジェーンは夜道で通り魔に襲われ、連れ立って歩いていた親友を殺されてしまった。怒りのためにその犯人を追って殺したのだが、それは彼の地の国王の側近の息子だった。

 ジェーンの身分も、グレースとの関係もバレてしまい、かなりの外交政策も絡んだ上で、彼の地からは国外追放、自国では身分剥奪、つまり勘当の処分にあっている。かなりの政治手腕で切り抜けたものだ。一歩間違えば死んでいる。父に足を向けて寝られない。

 現在は冒険者となって稼ぎつつ、情報を集めて、グレースにまた近づこうとしている、という状況らしい。

「グレースは用心深い女で、俺とのことを誰にも知られないように気を遣っていたから、侍女でも知らなかったかもしれないし、どう聞いているかもわからないが…。

 俺はまだ、彼女のことを愛しているんだ。

 ここにいて、グレースのことを話題にするなら何かあったんだろう?

 どうしてここに来たんだ?」

 いや、それは僕も知りたい。

 というか、敵国宰相の娘とか…早く諦めたほうがいいと思う。というか、よく敵国に潜り込んで結婚生活していたものだ。この国で冒険者でいるとか、国王の目溢しも度が過ぎている気もしなくもない。


 冷めたコーヒーを啜る。この時点で僕の一つの計画は消えた。

 スターキャットは置いておいて、煌星のなんとかと僕を人質に、ジェーンを悪者に仕立てて、街で暴れさせて金を巻き上げる、という計画だった。奔放な第二王子じゃ、関係者な上、面が割れすぎてる。話にならない。

 いずれにせよ、今はどんな手も打つことはできなさそうだ。そういうことなら、今夜の宿を用意することに戦略変更した方が良さそうだ、と考える。

「グレースはもう他の人と結婚することになっているし、あなたは諦めたほうがいいよ。

 お互い不幸にしかならないから…。」

 まあこれはここでジェーンに言っても無駄な話だけど。けれど、ここで食い下がるのが漢。

「だよなぁー…。あぁグレース。なぜ君はグレースなんだ…」

 また机に突っ伏して、体を震わせる。

 ひとしきりそうしたあと、すうっと体を起こし、こちらを見つめて行った。

「でも君は、俺のグレースと繋がる手札だ。

 しばらく一緒にいてくれ」

 僕は内心ニヤリとしながら、肩を竦め仕方なさそうに、いいよ、と答えた。


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