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knowing  作者: ぷにぽめ
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混乱



 清々しい気分で歩いていた。

 天気がいい。右手に見える城もキラキラと光って、地味な露店のテントの上にそびえている。もっとも、ここからじゃ天守しかみえないけれど。

 城の周りをぐるっと一周繋いでいる環状道は、東西南北で区画分けされ、それぞれ違ったタイプの店がひしめいている。ここ東側は、野菜や果物、肉や魚など、食品をメインに、B級グルメの露店が並んでいる。各地の香辛料とともに、新鮮な素材が香ばしく焼けている香りが、鼻をくすぐって充実した気分になる。

 手に持っている林檎を弄びながら、色とりどりの野菜と、ひしめく人波を眺めて歩いた。通りの向こうまでも見通すことができないくらい人が歩いている。一般人に紛れて、厳つい全身鎧を着た人や、ケモ耳ふさふさ尻尾の獣人や、魔法使いが着てそうなローブの姿も見える。

 それを眺めて、テンションが上がるのが抑えられない。飛び跳ねるのは我慢、でも顔が緩みまくるのは抑えきれなかった。

 人の歩く向きに流れがあって、なんとなく左側を歩くことになっている。露店の天幕の下には少しスペースがあって、買いたい人は天幕の中に入っていく。

 前を歩いていた狼顔の獣人と筋肉ムキムキの闘士然の二人組が、いい匂いの露店に入っていくのを眺めて、おおー!今日の昼かぁ、と考えた。

 他の店も眺めながら、お腹すいたな、僕はなんで歩いているんだっけ、と思う。


 足が止まった。

 あれ、なんで歩いている? ここは、帝都の中心部。それはわかってる。でもそれはおかしい。東京じゃない。

 普段からゲームをやりすぎた翌朝なんかはゲームと現実の世界がごっちゃになってぼーっとしていることが多かったけれど、それの比でなくおかしい。

 VRのまま? 新規のゲームに迷い込んだのか? 装置は着けていない。それに、この香ばしい香り…香りなんてVRで再現できたか?

 コスプレ祭り? いや、こんなリアルな獣人とかセット、ありえない。

 映画のロケ? 応募してないし。


 手元に目を落とす。持っているのは、林檎だ。いつから持っている? なぜ持っているんだろう?

 それよりも、大事なこと。なぜか、頭の中の一部分がごっそり抜け落ちている気がする。

 僕は、誰……?


「おい、こんなところで止まっちゃダメだろ」

 とん、と背中を押されて直後、後ろ、というより、上から言葉が降ってきた。見上げると、若い、皮鎧を着たお兄さんが見下ろしていた。

 怒っているようには見えないが、じっと見つめてくる。

「え、あ…ごめんなさい」

 思ったより間抜けな声が出た。怒っていなくても、皮鎧の腰に剣の柄が見えていて、トラブったらまずそうだということはわかる。露店の方へ一歩避けて、商品に目をおとした。

「……気を、つけろよ」

 逡巡する様子を見せて、若者は人の流れに乗って歩いて行ってしまった。


 天幕の下だ。息をついて、商品を見ると、林檎が並んでいた。

 ーーー林檎。

 頭を冷やした方が良さそうだ。もう少し歩けば、公園がある。そこまで行って、林檎でも齧りながら休もう。店のおじさんが何か言っていたようだけど、聞こえなかった。

 まただ。なぜ公園があることを知っているのか。首を傾げて考えてみる。想像もできない。

 髪が顔にかかった。

 ーーー長い髪。

 長髪のキャラクターは、これまで使ったことがなかった。なんとなく、女性キャラと長髪のキャラは避けていた。

 歩きながら、自分のことを見回してみる。林檎以外、鞄も何も持っていない。身に付けているのは、編み上げのショートブーツにひらひらとした膝丈スカート、白のブラウス。アクセサリーはしていない。髪はストレートの栗色で肩下の長さ。さっきの若者の身長が180センチくらいだったから、自分は150センチないくらいか。ん?小柄で、女性らしい衣装。ということは…恐る恐る、自分の胸のあたりに触れてみる。小ぶりなのがついていた。

 ふぉぉおおお!

 声には出さず、内心絶叫していた。興奮して顔が上気しているのがわかった。

 …残念ながら、息子はないようだ。

 そうか…声変わりを経験した僕だから、声の感覚が違って、さっき声を出した時、間抜けに感じたのか…。

 自分のことなのに、はっきりしない。不思議な感覚だった。


 露店が途切れるとすぐ並木道になり、噴水とちょろちょろ水路、芝生広場、遊具なんかがある公園になる。木の下には大抵ベンチがあって、子連れや散歩途中の老人たちの憩いの場になっている。

 空いているベンチはすぐに見つかった。親子連れは、ほとんどが芝生の上に敷物を広げていたからだ。

 ベンチに腰をおろすと、風が吹き、頭上の梢がザワザワと揺れた。途端、頭頂に衝撃と鈍痛が走った。立ち上がりとっさに身構えたが、第二波はなかった。

 目から火花が出たかと思うほどの衝撃であったが、それに加えて、当たったものを見て、ビビった。

 子供の腕くらいの木の枝が、青々とした葉をつけたまま足元に転がっていた。

 生木って、折れるものだっけ…。

 次の瞬間には、小さい笑い声がして、意識の反対からスカートを引っ張られた。

「ーー!」

 心臓が止まるかと思った。

 振り返ると、目が泳いだ。相手は小さかった。3歳くらいの子供が、小さい箱を持ってニコニコしていた。

「あはは!大丈夫?! これ、あっちでおとしたよ」

「…え…僕のじゃ、ない……けど…

 うん、ありがとう」

 こんな小さな子が、自分の腕ほどもある木を投げつけたとも思えない。それに、差し出してくる見覚えのない箱。

 さっき確かめたときは、ポケットの中にも、何も入っていなかった。落とすはずがない。けれど、子供の屈託のない笑顔を見ていたら、疑う気持ちを抜かれた。押し返すのをやめて、素直に受け取る。

 茶色い、金の装飾のついた小箱。手触りで皮だとわかる。ぴったりと蓋と本体が合わさっていて、なかなか手の込んだ品のようである。

 装飾は留め具の役目もしている。外して開けてみると、小さなブローチが入っていた。

「みせてー!みせて〜!

 わぁきれいだねぇ…。

 じゃあね! わたしたよー!」

 あまりに手を引くので傾けて見せる。見たと思ったらあっという間に興味を失い、叫ぶように言って、子供は元来た方へ駆けて行った。母親が、子供を抱きとめて何か話している。笑いあった後、ボールを持ってまた駆け出して行った。

 本当に、拾っただけ、なようだ。

 なんだろう、これは。

 小さなブローチは、鮮やかな虹色に光っている。小箱の蓋を閉め、交番へ届ければ問題ない、はず、と思う。ふと、自分のことを交番で聞いてみればいいんじゃないだろうかと、思いつく。


 正直、何も身分を証明するものがないのだ。自分で思い出すにしても、ヒントがなさすぎる。この小箱も、全く身に覚えがない。

 この場所のことを、知っているということが、一番よく分からない。

 僕がいたのは、東京のはずなのに。

 なぜか違うこの場所のことを、はっきり覚えている。なんといえばいいのか。あらかじめ知っている。knowing。そんな感じ。

 たとえ僕が作ったゲームの世界であっても、ここまではっきり知ってるなんてことはない。

 それに、ここまで生活感あふれる世界なんて、作れるだろうか? 頭の痛みも、匂いも、ざわめきも、風に吹かれている感じも、…リアル以外の何物でもない。

 僕は、…どうなってしまったんだろう?



 巡回騎士団の詰所は、公園から、環状道の北区画の方向へ行くと、すぐの場所にある。そこに向かいながら、そこへ行く理由を考えてみる。

 自分の記憶喪失。落し物取得。どう話したらわかってもらえるだろうか? 

 何となく、この小箱を持っているのはよくない。どう見ても、高価なものだ。これを持って行く当人は記憶喪失。拾ったのだと言っても、鞄も持っていないし、身分証もない、名前もわからないような状態で、どう信じると言うのか。品が戻ってきたのはいいけれど取り敢えず拘置、となる可能性は高い。

 この思いつきは、とりあえず却下にしようかな…。

 ネコババとかじゃなくて…そう、戦略的撤退…!…かな?

 しかし、もうだいぶ近づいてしまった。巡回騎士団の詰所の前で、あわてて引き返すようなことをしては、怪しい。仕方がないので、知らん顔して通り過ぎることにした。

 詰所の中は、騒然としていた。人の陰から覗くと、何人かの甲冑を着込んだ男たちが、紙を何枚か握りしめてわあわあ言っている。何を言っているのかは、ぼんやりとしていて聞こえない。

 通行人が怪訝な顔をして遠巻きに覗き込んでいる、その後ろを、聞こえないふりをして通り過ぎた。


 北区画は、道具屋が並んでいる。2、3階建ての石造りの建物が、ひしめくように並んでいる。二階の窓から向かいの窓へロープが渡され、マジックアイテムの原料になる色とりどりの布地がひらひらと揺れている。

 東区画よりは狭く、人々は回遊するように店を回っている。数軒おきにアクセサリーショップがあり、それらの店の中はお客でいっぱいだ。人も屯っていて、なんだか落ち着かない。

 武器屋が多くなってくると、そろそろ冒険者ギルド本部のあるあたりになる。

 足が重くて仕方ない。あまり近づきたくないようだ、と他人事のように思う。

 はぁ、やだやだ。大きくため息をつく。

「おい、なんだ。なんか文句でもあんのか?ぉあ?」

「お、おい、やめろよ」

 突然、前を歩いていた2人組が振り返って、絡んできた。

 なんなんだ。

「溜息なら俺が吐きたいぜ。女なんか…クズばっかだ!」

 はぁ?

「やめろって…。関係ないだろ、この娘は」

「いーや、今のうちから教えておいた方がいいぜ、俺ら前衛で戦ってる者への感謝と礼儀ってやつを、なっ!」

 激昂した男が、いきなりグーで殴ってきた。

 わっ、と咄嗟に手でガードする。

 ブシュッと何かが顔にかかった気がした。

 男の拳は上方から僕の腕に軽く当たって、僕は足を滑らせて倒れた。

 僕は変に絡まれた上、何もないところで転んだショックで地面に這いつくばって動けなくなっていると、

 真っ赤な地面が見えた。

 え…血…? なんじゃこりゃぁぁぁあ!!


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