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隣の住人

作者: ベスタ

この作品はホラーです。

苦手な方は戻られることを推奨いたします。

まあ、そんな怖くないわけですけれど。

私が大学に進学するために、田舎から1人で上京したときの話です。

大学には寮もありましたが、一人暮らしに憧れもあり、足を棒にして不動産巡りをしました。

その甲斐もあり、新しいアパートの良さそうな一室を、入学式までに借りることができました。


まだ建てられたばかりの様で、入居者もあまり入ってきていない様でした。

2階に憧れがあり、2階の好きな部屋を借りられたのは幸運だと思います。

入居した当初ははしゃいでしまい、一緒に上京してきた寮暮らし友達と小さな宴会をしたりしました。

一人暮らしは本当に羨ましいと、妬まれたものです。


引越しの荷物を段ボールから出し終えて一息ついた頃、隣の部屋に新しい人が入居しました。

何もこんなに部屋が空いているのに隣に入らなくても、とも思いましたが、

その時は深く考えず「もうこれで大騒ぎできないなぁ」と友達と笑い合ったことを覚えています。


新しく入ってきた方は都会の人らしく、隣の私に挨拶もしにきませんでした。

都会の人は世知辛いとはいうけれど、本当に挨拶にもこないんだなと思いました。

向こうが挨拶してこないのにこちらから挨拶するのも釈然としなかったので、特に深い付き合いもありませんでした。


どうやらお隣さんは夫婦で生活している様で、女性で一人暮らしの私は安心すると共に、

彼氏もいない私は少し羨ましい気持ちもしたものです。

旦那さんは朝早くから仕事があるらしく、私が起きるよりも先に隣の玄関がバタンと閉まる音がします。

時折換気扇から奥さんと思われる女性の鼻歌が聞こえたり、トイレの水が流れる音が聞こえたりしました。

私ももしかしたら隣に聞かれているかもしれないと、恥ずかしくもなりました。

初めての一人暮らしで、生活音は案外外に漏れている、という事に気付けなかったのです。

ただ、不思議なことに夫婦で生活しているのに会話はほとんど聞こえてきませんでした。






ある日、バイト帰りでクタクタになりながら、最後の仕事とばかりに階段をえっちらおっちら登っていました。

この頃には生活にも慣れ、2階というのは面倒なものだと理解しています。

1階の部屋が全て埋まっているのに、未だに2階は私と隣の夫婦だけが住むだけでした。


「ああ、早くお風呂に入りたい」と思い玄関の鍵を探していると、空気が揺れている感覚に襲われました。

なんだろうと思うと同時に耳に何かが倒れる音がしました。

正面の私の部屋からではありません。

明らかに夫婦が住んでいる隣の部屋からでした。

立て続けに何度かドタン、バタンと音が続きます。


(喧嘩でもしているのかな?)


DVなど家庭内暴力が問題視されている時期でもありました。

それまで口論など聞いたことがなかったので、勝手に仲が良い夫婦だと思っていたのでショックもあり、

少し鍵を持ったまま自分の部屋の玄関前で固まっていました。


(いやだなぁ)


そんなことを思いながらようやく立ち直ると、関わらない様に早く部屋に閉じこもるため鍵を回そうとしました。

しかし、それは少し遅かった様です。

勢いよく隣の部屋の玄関が開きます。


ガァン!


大きく音が立ちました。扉が開き切って壁に激突した音が響いたようです。

その音に驚く様に、勢いよく飛び出てきた人を見つめます。

勢いよく飛び出したのでしょう。膝をついて崩れ落ちました。

それは黒い髪が背中まである様な長髪の、綺麗だと思われる人でした。

思われる、というのはその人の形相にあります。


服はボロボロで所々破れた様子がありました。

頭からは血が流れており黒く汚れた跡が、額、眉、眼、頬、顎で止まらず、服まで達しています。

その血も一筋、二筋という感じではなく、べとっと塗りたくられた様な血でした。

そんな血だらけの顔の中で、ひどく怯えた様子で目は開ききり、口はピクリピクリと震えています。とても日常生活の場面とは思えない形相でした。


そんな状態でもはっきりと顔が見えるのは、膝をついた体勢でも魚が空気を吸う様に顎を上に上げていたからです

少し辺りをさまよっていた目が、驚きで固まっている私を捉えると、信じられない大声で叫びます。


「だ、誰か…救急車を!!」

「……!!?」


こちらに向かって右手を伸ばす女性。

その手の指先も、血でぬらっと光っています。

頭がうまく回らない私は、声にならない悲鳴を上げ、目の前の異常事態から走って逃げます。

すぐに下り階段で転びそうになりつつ、息も絶え絶えになりながらです。

血まみれの女性には悪いと思わなくもなかったですが、とにかくその場から逃げ出したかったのです。

だって、血ですよ、血。

お肉を料理する時だってあんなには出ません。

もちろん怪我をした時だって、普段はあんなにいっぱいの血を見ることはありません。


震える足で1階にたどり着き、少し落ち着いた私は、急いでスマホで救急車を呼びます。

緊張と動転した気持ちから声は中々出ず、スマホ越しに警察の人から落ち着く様に指示されました。


いったいなんと喋ったのかは覚えていませんが、記憶のない私はそれでも仕事をしてくれたみたいです。

救急車のサイレンがすぐに聞こえ、案内する為にアパートの前に飛び出します。

アパート住人という野次馬をかき分けて、スマホ片手に救急車の誘導を行います。

野次馬となっている周りの人は、私の様子を見て道を開けてくれました。

かといって代わりに誘導してくれる様な方もいませんでしたけれど。


「要救助者はどちらに?」

「ぇ、ち、血だらけで、玄関に倒れて…」


救急隊員の方達の冷静な声に心が助けられます。

知らないうちに出ていた涙と鼻水を拭うと、かすれた声ながらもなんとか部屋の番号を伝えることができました。

救急隊員の方達は担架を持って素早く向かっていきます。その足取りの頼もしいこと。

これで助かるんだという、根拠のない安心感が湧いてきて脱力しました。


「あなたが連絡をしてくださった方ですか」


その背中を見送ってしばらく放心していると、少しして後ろから声をかけられました。

振り向くと警察の方がいます。

慌てていて気付きませんでしたがパトカーも来ていた様です。

すぐに2人ほどアパートの2階へ、救急隊員を追って駆けて行く姿が見えます。

私の目の前の警察官は、私を落ち着かせる様に話してくださいました。


「何があったか確認したいので一緒に来ていただきたいのですが」

「構いません。お願いします」


私はそのまま現場を見ずにパトカーに乗り込むことにしました。

とてもではないですが荷物を戻しに2階に行く勇気はありません。


救急隊員の方達の作業の邪魔をしてもいけませんし、

なにより、もし2階に戻って血まみれの誰かを見たくもありませんでしたから。




そこからは事情聴取がありました。

警察のところで私の知る限りの情報を伝えると、事件に関係はないと判断されたのかすぐに解放されました。


「あとでまた、連絡が行くと思うけれど気を悪くしないでくださいね」


と言われました。

しかし、すぐにあの部屋に帰ることはできませんでした。

とてもではないですが、戻る勇気もありません。

事情を説明し友人の寮に泊めさせてもらうことにしました。

寮の方も事情を説明したら理解していただけました。シャワーを借り、その日は恐怖に震えながら寝ました。

悪夢を見るかとも思いましたが、そんなことはありませんでした。

友人と寮母さんには感謝しかありませんでした。


後日、友人をともない部屋に帰りました。

隣の部屋も立ち入り禁止の看板は立っていましたが、玄関を見る分にはいつもと変わらない様に見えました。


2階に住むのは嫌でしたが1階は満室状態で、家賃ももう払っておりもったいない為、そのまま住んでいました。

数日もすれば逆に誰も住んでいない方が問題は起こらないと気持ちも落ち着いていました。






さらに数日後。

警察から連絡がありました。

ただの事故だった様で事件性はなかったと聞かされて、安心したのを覚えています。


怪我をしていた男性が、救急車を呼んだ私に感謝を述べたいとのことでした。

会いますか?と聞かれたので私は嬉しくなって会いに行くことにしました。


白い壁の入院病棟。

その4人部屋の1つに彼はいました。

その人は少し痩せこけた様な姿で、私の姿を見ると少しホッとした様な様子を見せてくれました。

自己紹介をすると頭を下げてお礼を言ってくださいました。


「どうも。あなたのおかげで助かりました。ありがとうございます」


あの日は体調が優れなかった様で、フラフラしながら玄関にたどり着いたときに意識がなくなったそうです。

倒れ込むときに下駄箱の角に頭をぶつけたらしく、深く切れた額からは大量の血が流れ出ていたそうです。


「幸いあなたが救急車を呼んでくださいましたので、大事にならなくて済みました」


疲労によるふらつき、ぶつけた時の衝撃による気絶もあり、

出血したまま放置されていれば出血性ショックによる死亡もあり得たそうです。

ことの顛末が聞かされて安心しました。また、感謝されたことに思わず笑顔になりました。

誰かの役に立てるのは嬉しいことだと思います。


「お役に立てた様でなによりです」

「本当に助かりました。男の一人暮らしで周りには友人もいませんでしたから、今考えると本当に危ないところだったんだと、今更ながらに怖くなりましたよ」


読んでくださり、ありがとうございました。

またのご来場をお待ちしてます。

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