〜 春風と小悪魔 〜 第五話
†GATE5 妖精の宿る小人像
枯れた草原に再び息吹が宿る緑の大地に陽光を浴び淡いブルー、ほのかに浮かぶ銀髪が揺れる。
シオンは途中の分かれ道で運命を分つ筈だったのだが、コカトリスを倒したシオンを領地に招きたいとクラウス公爵の娘のティアナが懇願した。
終いにはシオンに興味を持ったティアナが自分の従者にすると言い出す始末。
公爵もコカトリスの一件を良く理解出来ていないでいたが、シオンが倒した事は疑い様のない事実だ。
何故、自分達が眠り込んでしまっていたのか疑問は残っているが、シオン達は毒のブレスに中てられ皆が気を失ったのだと説明した。
自分は以前にも戦った事があったので対処が早かった為、毒のブレスを吸わなかったのだと解毒についても幸い皆が吸い込んだ毒が少量だった為、手持ちの解毒薬で足りたと苦しまぐれの言い訳をした。
クラウス公爵も護衛の衛士もそれなりの戦闘経験は持っている。釈然としないでいた。
コカトリスに気付かれなければ、策を用いた戦い方をすれば然程手強くはない魔獣で厄介な相手である事は間違いない。激高したコカトリスは特に厄介だ。
それをシオンは一人で倒してしまったとなれば強い剣士は自分の候軍にほしい。
ティアナにせがまれ連れてきたが、素性の解らない人物に違いない。
クラウスは雇うかどうしたものか迷っていた。
公爵の他にもう一人思い通り? なのか思いもよらない展開に戸惑う者がいた。
それはアイナだった。
ランスは事の成り行きは兎も角結果的にシオンと共に居れる事になるので思惑通りになったと思っている。
アイナもそれは同じなのだが、ティアナが自分の従者にすると言い出したのである。
シオンは気になる男の子。
それが恋心だとは、まだ気付いてないアイナの心“ヤバイ”と言っている。
ティアナは公爵家のお嬢様。自分は小さな村の村娘の使用人。ましてやティアナは自分の従者にシオンをすると言っていた。
同じ屋敷内に居ても専属の従者と一使用人の自分との見えない距離が広がって行くのは必至なのだ。
ティアナは何時もシオンと一緒に居る事になり距離は縮むだろう。
どうやらティアナもシオンに好意抱ている様だ。
ティアナがシオンに抱きついた時、ティアナの胸がシオンの腕に押し付けられる格好で触れた。その感触をデレデレした顔で堪能していたシオンの事を思い出す。
アイナは決して大きい方ではない自分の胸の膨らみを見て溜息を吐いた。
次いでティアナの胸を思い浮かべる「はぁ」切ない溜め息が漏れた。圧倒的に負けている。
更に、いつぞやのオンの持ち物に描かれていた写真の女性の裸が脳裏に浮かぶ「ヤバイですぅ」アイナの恋に気付いていない乙女心がそう叫ぶ。
何とかしないとシオンはティアナ取られる。何とかせねばとアイナの頭はフル回転していた。
「はぁ」
アイナの口から疲れた溜め息が漏れた。
「どうしたの? 最近溜め息ばかりだね」
ランスが元気のないアイナに声を掛けた。
「何か拾い食いでもしたか?」
溜め息の元凶。シオンが言った。
「そんな事しないですぅ」
アイナが眉を吊り上げ怒っているが、何時もの凄みを感じない。
クラウス公爵とティアナは今夜から王宮で三日程の間行われる『春のエリュシオン舞踏会』に招かれ王都には五日程の滞在する。
従者達がお嬢様は、王都の高等学院に入学するのでそのまま王都に残る事になるかも知れないと噂を立てていた。
その事を聞いたアイナは更に焦らせた。
一行は宿を取るとクラウス公爵とティアナが王宮に向う準備で慌ただしくなる。
シオンは、まだ正式に雇われた使用人でも何でもないのでロビーで待っ事になった。
着替えに向う前、ティアナが衛士達に向かい言った。
「護衛の者に騎士の称号をお持ちの方はおりますか?」
「騎士の称号を賜っている者は同行しておりません」
護衛隊の筆頭衛士が答えた。
「そうですか。困りましたね」
困った顔してシオンの方にチラッと目をやった。
舞踏会の会場に入場する際、淑女は騎士のエスコートで入場する。見栄を張る貴族の中には自分の領地の騎士を伴う者もいるが形式的なものである為、多くは王宮の騎士がエスコートするか持たない者が騎士に扮しエスコートしていた。
ティアナはそれを知っていたのだが、シオンを連れ出したい様子だった。
勿論、平民? でシオンに騎士の称号は愚か市民権もない。
「本当に、困りましたね舞踏会の入場には形式的なものですが騎士様のエスコートが必要ですの」
ティアナがシオンの方を再びチラッと目をやった。
アイナはその視線を逃さなかったが、シオンは騎士ではないし衛士ですらないので気にしてなかった。
形式的な事だと護衛の衛士達はもちろん知っている。公爵家のお嬢様のエスコート等そう出来るものではない。
皆が思う中、その内の一人の若い衛士がティアナの困る姿を見て何か言うと口を開いた。
その衛士が「もし、私でぇ……」と言い掛ける――。
ティアナは“目で殺す”と云わんばかりの眼力で押さえ込んだ。
その眼が語っている。『余計な真似をするな』と、それはメデューサの眼光を思わせコカトリスの邪視で石化した様に若い衛士は固まった。
ティアナは何事もなかった様に微笑むとシオンに言った。
「あ、あの……もし宜しければシオンさんにお願いしたいのですが……」
ティアは顔を紅色に染めた。
確かに荒れ狂うコカトリスを倒したとはいえ何処の誰だか分からない者に公爵家のお嬢様の方からエスコートを申し込むとは誰も思いもしなかった。
何も知らないシオンにほぼ全員の殺気を含む視線が集まった。
アイナは驚くと共に焦った。
公爵とティアナはこの後、王宮に向かい今夜から舞踏会が開かれる期間王室に泊る事になる。
シオンが受ければ共に行く事になる。
チラッとシオンの様子を窺ってみた。
シオンは微笑んで答え。
「お断りします」
「そうですか」
ティアナは寂しげ俯いた。
クラウス公爵とティアナが着替えを済ませロビーに出てくるとそこに居た全員の眼がティアナに釘付けになった。
その美貌は美しかった。淡いスカイブルーのドレスがティアナの可愛らしさと美しさ、爽やかさと華やかさを競演させる。
胸元が大きく開いたドレスから覗く肌は白く、春の晴天に浮かぶ雲の様だった。
シオンの視線も自然に胸元に釘付けになっている。
アイナも清楚で可憐なティアナに見とれたが、ハッとして視線をシオンに向けた。
もしやと思い横目で見ながらシオンの目線をホーミングすると思った通りの場所に吸い込まれていた。
自分のそれより深い谷間にシオンは夢中の御様子である。
アイナは改めて自分のそれを比べると「はぁ」と溜め息を付いた。
公爵とティアナを見送り宿に残った者達は食事を摂った。食事を終えるとそれぞれの部屋に戻っていった。
クラウス公爵が長旅の皆を労い宿を貸切り一人一部屋を与えてくれた。
シオンは気が引け断ったが「いいから使いなさい」と公爵が言ってくれた。
シオン達、三人は暫らくロビーで歓談をしていた。ロビーの壁の掘り込みには小人像が並んでいる。
「あっ! あの小象達にアービィが宿ってる」
「アービィてなに?」
シオンが尋ねると袋の中から答えが帰ってきた。
「妖精だよ。妖精」
鬼娘が答えた。
「珍しいのか? アービィとやらが宿るのって」
「珍しくはないよ。物や肖像に宿って人に悪戯をするんだ。危害を加える事はないけどね」
ランスが答えた。
「動くのか? あの象」
シオンは不思議そうな顔で像を見渡した。
「夜中に人が寝静まると動き出して踊ったり人に悪戯するんだよ。だから小悪魔て呼ぶ人もいるよ」
「お前等、見た事あんのか?」
シオンが尋ねてみた。
「あるよ。何度かぁ――ふぁ――疲れて眠くなったから部屋に戻るよ」
ランスが欠伸をしながら部屋に戻っていった。
暫らくシオンは考え事をしていた。公爵の屋敷に置いて貰うにしても自分が何者か解る訳でもない根本的には何も解決していないのだ。
ぼんやりと考え込むシオンを見てアイナが声を掛けた。
「ぼんやりしてどうしたのですぅ」
少し震えた声で言った。
「ちょっと考え事してた」
アイナの脳裏にティアナ姿が浮かびシオンの目線を思い出すとムカムカしてくる。
「ふん! 何を考えてるですぅ? さっきのティアナの事でも考えてるですかぁ」
アイナは頬を膨らませた。
「なに怒ってるんだ? そんなんじゃねぇよ」
シオンがぼんやりしたまま答えた。
「じゃあ、なに考えてたですぅ?」
「俺……何者なんだろうってさ」
シオンは寂しそうに呟いた。
「シオンはシオンですぅ。何者でもなくシオンですぅ」
アイナは屈託のない笑顔でシオンに答えた。
「そうだな」
シオンも僅かに微笑んだ。
そうだな。今はその事実しかない。自分の記憶の為に色々助けてくれるアイナやランスもいる。知識も強さも頼れる鬼娘もいる……シオンは思う。
何時までも鬼娘もなんだし名前とかあんのかなぁ? あいつ……聞いてみて無いなら名前考えよう。名前の解らなかった時の自分に重なる名前の無い寂しさ。
隣では自分に名前をくれたアイナが欠伸をし寝むそうにしていた。
「そろそろ寝るか」
シオンが部屋に向おうと袖に何か引っ掛る様な感じがした。
見るとアイナがシオンの袖を抓んでた。シオンが部屋に歩き出すとアイナも着いて来る。
「どうした? おまえの部屋は逆方向だろ?」
「べ、別にどうもですけど……」
アイナの顔に不安な表情が浮かび、袖を掴んでいる手が震えていた。
「震えてるぞ。熱でもあるのか?」
シオンがアイナの額に手を当てた。
「熱はない様だなっと」
シオンは額から手を離した。
その時、小人像の辺りで物音がした。
「ひぃ!」
アイナはアービィが怖いのだ。
「もしかして怖いのか?」
「べ、別に怖くないですぅけど……その……シオンが怖いと思って……」
強がりを言ってはいるが震えている。
アイナの態度でシオンはピンと来て言った。
「お前、あれが恐いんだろ?」
アイナは素直に、こくりと小さく頷いた。
アービィの悪戯が怖くて眠れない時は今でもランスと一緒に寝る事がある。
「部屋の前まで送ってやるよ」
「あ、ありがとですぅ」
アイナは短く答えた。
部屋の前までアイナを送るとシオンは自分の宛がわれた部屋に向おうとしたが、アイナは袖を掴んで離さなかった。
「ラ、ランスがですぅよ? 怖がる時は仕方ないから一緒に寝てやるですぅ……」
恥かしそうにアイナは俯いた。
To Be Continued
最後まで読んで下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>
〜 春風と小悪魔 〜 次回最終話
次回をお楽しみに!