〜 春風と小悪魔 〜 第四話
†GATE4 悲しみの大地
戦いの最中、鮮やかだった緑の大地は荒れ果て大地は悲鳴を上げている様に思えた。
「ひでぇ」
シオンが無残に変わり果てる光景を見て呟いた。
目隠しで視界を塞いでいるアイナには何も見えないが鬼妖精の話を思い出した。
コカトリスのブレスの効果、植物を枯らし弱い生物の命を奪う。
アイナには心の目で見ているかの様に無残な光景が流れ込んできて、その痛みにも似た感覚が、本当はやさしいアイナの心を強く痛めた。
シオンは激高し暴れ狂うコカトリスに近寄れないでいた。
敵が思う様に動いてくれる筈は無いと思ってはいたが、ここまで暴れられてはどうにもならない。かといって正面に出る訳にも行かない。
コカトリスの邪視(Evil Eye)を絶対に喰らう訳にはいかないのだ。
オーク戦やゴーレム戦で身体に感じた羽の様に軽い動きも出来ないし魔法は鬼妖精に止められているし
仮に使ったとしても慣れない魔法で正確な狙いをつける自信は無い。
追尾させる事も動きを制限し放つ事も並みの魔法の使い手ならば出来るだろうが、魔法を感覚で習得しただけのシオンには、そこまで魔法を思い通りに使いこなせる筈はないのだ。その事をシオンは感覚的に知っていた。
戦いが長引けば、浅い睡眠魔法で眠らせた皆の眠りが覚める。近い内にアイナとランスの魔力の限界も来る。
情けねぇとシオンは思った。
肝心な時は身体が思う様に動かない。魔法も魔力も不安定で自分の意思で思う様に行使できない。
安易に古代語魔法はおろか精霊魔法も使えば皆を巻き込んでしまうだけだ。
アイナの小さな胸と感受性豊かな心は毒のブレスに侵され失われていく息吹達の痛みが流れ込んでくる様で苦しく切ない思いで一杯になっていた。
「やめて、もう、やめてぇ――」
アイナが叫ぶと目隠しを取りシオンに言った。
「アイナが囮になりますぅ」
「馬鹿、言うな。お前死ぬ気かぁ」
アイナの眼には涙と強い意志が宿らせシオンを見詰めた。
コカトリスを気を引く為には正面に身を曝す事になる。
その行為はコカトリスに睨まれ邪視を喰らう危険な行為で喰らえば終わりだ。
「もうこれ以上、綺麗な花たちを痛めたくないですぅ」
アイナの二色の宝石の様なオッドアイの瞳に涙が溢れた。
くそ、なんとかしてやりてぇ。シオンは強く思た。
「お前、戦い嫌いだろ?」
「戦いは嫌いですぅがぁ。アイナも護りたいものを護るですぅ」
眼には涙を溢れさせている。
そんなアイナを見てシオンが尋ねた。
「お前にあいつを倒すだけの魔力は残ってるか?」
シオンは囮をアイナと代わるつもりだった。
「もう、確実に倒すだけの魔力はないですぅ」
「初めからお前等と代わってればよかったな」
シオンが悔いる様に言った。
ほんと、なさけねぇ
「一緒ですよぅ。アイナは攻撃系は苦手ですぅしランスも戦闘経験ないですぅから同じですぅ」
アイナが言葉を続けた。
「シオンはシオンは、アイナ達の為に命懸けで戦ってくれたですぅ。ランスもアイナもシオンを信じてますぅ。だから、命を預けますぅ」
そう言い残しアイナはコカトリスの前に飛び出していった。
コカトリスが飛び出したアイナに気付き頭を振り向け様としていた。
シオンの中にアイナの言葉が甦る。
『シオンを信じてますぅ。だから、命を預けますぅ』
その瞬間、シオンの中の眠れる戦闘の記憶が無意識に身体を動かせオーク戦の動きを取り戻した。
「勝手な事言うなよなぁ」
シオンは呟くと飛び出した。
その動きはオークの時よりも切れていた。コカトリスとの距離はオーク戦の時の約二倍強ある。
アイナにはコカトリスの振り向く様が、ゆっくりと見える様に思う程、時間が止まっている様にも思えた。
邪視を喰らえば石化する。自分は死ぬんだと思うと共にシオンを信じると言った事が脳裏に巡った。
きっとシオンなら。
「シオン」
アイナは覚悟を決め目を瞑ろうとした瞬間、アイナの横を疾風が通り過ぎた。刹那、アイナの前方に居たコカトリスは見えない風に切り刻まれ絶命した。
「遅いよ。お兄ちゃん」
鬼妖精が元の姿でシオンの前に現れた。
「なんだよ。その姿は! 他の連中に見つかるぞ」
「大丈夫、精霊の働きを感じるから、まだ暫らくは起きないよぉ」
「だったら、初めからお前が魔法で倒せば良かったんじゃねぇか?」
「嫌だよぉ! 疲れるもん。それに私は不死でも不死身でも無敵でもないんだからね。皆とと同じ何時かは朽ちる。多少長生きだけどね」
鬼妖精がケラケラ笑いながら言うと身体を三十セール程に変えシオンの左肩に乗った。
「それにあんな奴に睨まれて石像なんて間抜な死に方は嫌だよぉ」
「使えねぇな」
シオンが不満そうに言った。
「ほんと、使えんチビですぅ」
アイナが便乗する。
「使えないのはお兄ちゃん! あれだけの戦いができるのに! それにゴーレム使えば良いのに」
「壊れたってだろ! お前のゴーレムとやり合った時、粉々に!」
「作ればいいじゃん! あれだけ強いゴーレム操れるなら、また魔法でさぁ」
「あれは魔法じゃ造れないの!」
「素早いんなら最初からしなよぉ」
「あの動きが出来る時は自分でも不思議なんだよな」
シオンが首を傾げた。
「使な――い」
「ほんと、使えんですぅ」
アイナが便乗する。
「あんたもね。花柄パンツ」
「チビペタお前見たですかぁ」
「私、目がいいから。毛の生え際まで丸見え」
「ア、アイナはそんなに濃くないですぅ!」
真っ赤な顔でアイナが言うと拳を構えた。足の指先から膝、腰、肩、肘、拳に力を捻り込む様にして鬼妖精目掛け拳を振った。
鬼妖精は、ひょいと拳を避け上空に飛んだ。
拳は空を切ったと思いきや、ゴキュと音を立てシオンも顎に入りシオンは膝から崩れる様に倒れ気を失しなった。
鬼妖精は笑っていたが、スイングした回転を生かした裏拳を喰らい空の彼方に消えた。
「何してるの?」
魔法の連発で疲れきったランスが傍に来た。
「別に、何もですぅ。ランスお疲れでしたねですぅ」
アイナが労いの言葉を掛けた。
「疲れたぁ……シオンもこんな所で寝てるし相当、疲れたんだね」
ランスが微笑んだ。
「そ、そうですねぇ。シオンも疲れてるですぅ」
何気ない顔をしてアイナが言った。
「僕は先に行って馬車で休んでるよ」
ランスが言い残し馬車の方へと歩き出した。
アイナは不可抗力とはいえ殴り倒したシオンを見て可哀想になり膝枕をして介抱しながらコカトリスのブレスで荒れ果てた草原を見ていた。目の前の萎れた花を摘もうとして身体を前に倒した。
シオンの顔にアイナの柔らかい胸が触れる。顔面に〔むにゅ〕と何かが当たったのを感じ眼を覚ました。この柔らかいもの何? と思ったがそれがアイナの胸と気付き、暫らくその柔らかな感触に寝ている振りをして堪能したがアイナが身体を起すとやわらかい胸が離れた。
アイナは萎れた花を胸の前で祈る様に手に握り締め枯れ果てた草原を見ていた。
もう一度身体倒さなかなぁ。と寝た振りを決め込んでいると頬に温かい液体が落ちてくる。
「泣いてんるのか?」
思わずアイナに声を掛けた。
アイナは答えない。涙は止む事なくシオンの顔に落ち続けた。
シオンは枯れ果てた草原を見てやるせない気持ちになり花の咲き誇っていた草原を見て『綺麗ですぅ』と言って喜んでいたアイナの顔が浮かんだ。
「きっと、また草原に花は咲き誇るさ」
アイナの涙は更に零れ落ちた。
「この子達の息吹は何処に行ったですぅ?」
シオンは答える事が出来なかった。
「さみし……ですぅ。悲しいですぅ……」
アイナがぽつり、ぽつりと言った。
「まも……れなか、たですぅ」
アイナは嗚咽を混ぜ泣き続けた。
シオンはそんなアイナを、ただ見ている自分が悔しかった。
一人の女の子の悲しみも止められない。自分に命を預けると言ったアイナに何も応えられない自分を恨んだ。
「絶ちたいか」
シオンの耳に何処からか声が聞こえた。
聞き覚えのある声。
「お前は悲しみを絶ちたいか」
シオンの心の中に響く様に聞こえて来る。俺は絶ちたい。一つだけでも絶ちたい。
アイナの今の悲しみを絶ってやりたい。自分にはそれが出来ない。
「我はお前に託した。お前が強く願うなら我はお前の力となろう」
「我を取り振るえ」
眼前に光を伴い魔方陣が出現しその中心にフィノメノンソードの柄が現れシオンはフィノメノンソードの柄を掴み引き出した。
シオンが起き上がりフィノメノンソードの柄を両手で握り構えた。
鍔元にあしらわれた宝石を中心に翼を模った装飾が左右に開き短い刀身が姿を現した。
見た目は両刃の短剣に大剣の鍔と柄という不恰好な剣。
刀身が七色に光出し鍔の左右の端から端まで光が満ち刀身の延長線で結ばれ七色に輝く透明の刀身が現れ大剣と化した。
「我を振るえ」
声が木霊した。
シオンは枯れ果てた草原に向かい剣を水平に薙ぎ払った。水麺に波紋を描く様に光が広がり枯れ果てた草原は再び生命を取り戻した様に枯れ果てていた大地は咲き誇る花で満ちた。
アイナは目の前で何が起こったのか理解出来ない。ただシオンがそれをたった事は解った。
アイナの目には悲しみの涙が去り喜びの涙に変わり微笑みが戻った。
「ありがとですぅ――。 シオン」
歓喜の余りシオンの腕に抱きついた。
シオンの腕に再び、柔らかいアイナの胸の感触が甦る。
魔法で眠りに落ちていた者達が目を覚まし出した。辺りは静かでコカトリスの屍が残っていた。自分達はコカトリスを迎え討つ準備をしていたが、それからの記憶が無い。
コカトリスは少年が倒した様だが……。
状況がまるで掴めない。
ティアナも目を覚ましコカトリスの屍を見付けた。シオンも然程、離れていない場所に居る。シオンを領地に招く作戦と思っていたが、自分がさらわれずにいたので何かおかしいと思ったら本当の騒ぎになっていた。
コカトリスの動きからこれは作戦じゃないんだと直感した。現実だと理解した時、シオンが馬車から飛び出す姿が見えたがその後の記憶は無い。
再び、コカトリスの屍に目にやり次いでシオンとアイナの姿をティアナの瞳が映し出した。
シオンがコカトリスを倒したのだと『やっぱり強く素敵な人とね』とティアナは胸中で呟き走り出した。
ティアナの目にはシオンに抱きついているアイナの姿は最早、目に入っていなかった。
「シオン!」
ティアナが叫び駆け寄りアイナを突き飛ばしシオンに抱きついた。
その光景を再び咲き誇った花達が見て嬉しそうに風に揺られていた。
To Be Continued
最後まで読んで下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>
次回をお楽しみに!