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トイレがダンジョン【夏のホラー2018参加用】

作者: ユーザー

っていう夢を見たんです。きっと暑さのせいです。猛暑だからです。

びろうですみません。

電車が駅を出発してほどなく、急に下腹が重くなった。

すぐに違和感が下に降りて、切迫した便意に変わった。

俺は今朝、食ったもののことを考えた。

ヨーグルトしか冷蔵庫になかったから食ったが、日付は確認しなかった。

自宅から会社までは乗換なしの電車一本、乗車時間は長いがただぼうっと乗っていれば運ばれる、いつもは何事もなく過ぎる通勤タイムだ。

下車の駅まではあと3駅ほど。

しかし肛門は脳に緊急事態と訴えてくる。

一度降りてトイレを探し、入ってくれば15分はロスだが、これはいけない。

冷や汗がでるほど追い詰められる前に手を打つべきだ。

俺は次の駅に止まって、電車のドアが開くと同時にホームに降りた。


途中の、この駅でトイレに入ったことはないが、トイレは改札の横の通路のいきどまり、奥まったところにすぐ見つけられた。

こんな駅の小さなトイレにしては個室が七つもある。

しかし人が入ってないとドアが内開きのままになってひと目で空室がわかるタイプでなく、すべてのドアが閉じられていた。

一瞬失望したが、ドアのサインプレートを見るとすべての個室で青い「空室」状態となっている。

俺はほっとした。


入ってすぐの一室目のドアを開けると、先客がいた。

便器の向こう側の壁の片隅に向かって、フードをかぶり、くるぶしまでの黒い細身のロングコートの男が立っていた。

男はえんえんと何かブツブツ唱えながら壁をひっかいている、

俺を振り向くことも何の反応をすることもなく、そいつはただ延々と

「おれのおーーーおおおおーお、せいじゃない…おれがー…おれはああ…」

とか、

「ぺっとをころしてーといれにーながーしたー、よって、といれにくわれるけいにーしょすー」みたいに聞こえる長いふしのついた歌のようなものをつぶやきながら壁のコーナーにはりついている。

…ここは、だめだ。使えない。

俺はドアを閉めた。


二室目のドアを開けると、便器に真っ赤なドレスを着た女が座っていて、長いスカートの前を両手で持ち上げ、それを絞っていた。

気前よく膝を開いてすわっていたが、スカートの下から見える両足のふとももからくるぶしにかけても赤い飛沫が点々と飛んでいた、

「なんであけたの?」

女が言った…ようだが、前髪が後ろの髪と同じ長さで、顔から胸を覆っているので、口がみえず一瞬わからなかった。

スカートの布からはたっぷりと粘性のある赤い液体がしたたり、下に置かれたバケツにたまって揺れている。「処分用」とマジックで書かれていた。

開けたときから中から強烈な鉄の匂いに殴られて、思わず嘔吐感。

便器の後ろに、マサカリのような刃物がダンボールの上に置いてあるのが目の端で見えた。

これも赤い液体でペイントされている。

ここもだめだ。

「ここは男子トイレ」「なんであけたって鍵閉めてないから」

等と言う気力も持てず、

俺は無言で二室目のドアを閉めた。


三室目のトイレは詰まっていた。

ふたがあいた便器から、肉付きの良い人間の足がにょっきりと突き出していた。

すね毛の生え具合と肉付きからみて、同じ人間の両足だろう。

足だけでなく手も二本、四本が、雑に鉢に活けられた茎のように便器にぶっこまれている。

それらが蜘蛛の足のように便器から生え、便器の中にはふちまで血液らしき液体があふれていた。

中からまだ湧いているのか、ごぼっと、血の泡が浮き上がり表面ではじけ、床にぽとぽと、しずくがこぼれている。

便器のまわりの床は餅っぽくなった血溜まりがいくつかできていた。

うっかり便器の中、手足の間、血の下からゆらりと浮き上がる黒髪のようなものをみてしまう。

まるで人の頭部が沈んでいるかのようだ。

やはり凶暴な血の匂いに嘔吐中枢を殴られ、俺はすぐさまドアを閉めた。

ここもだめだ。


四室目の個室を開けた。

ここは一見普通…いや、便器の蓋があいていて、便座は、びしょぬれ、床にも、異様に水がこぼれて、びしょびしょだ。

入るのをためらうレベルに。

躊躇して立っていると、便器内の水がわきたち、盛り上がった。

ごぼごぼとまっすぐに水柱が立つ。肌色と赤色の水柱は上に伸びて俺の身長くらいになった。

水がざあっと便器のまわりにこぼれ落ちると、中から女の人の上半身が出てきた。

「助けて!」

濡れ鼠の彼女は顔にべったり長い髪を張り付かせて、目を見開き、まっしろな顔で叫んだ。

次の瞬間トイレはひとりでにごおっと流れた。

彼女は壁に手をついたが、水の吸い込む力はものすごいらしく、またあっというまに便器の中に引き戻されていく。

あっけにとらえていると再びざばあと水が便器から盛り上がる。

再び、同じ彼女が押し流されてきて、水から顔が出るごとに一言ずつわめく。

「あんたらをトイレに流してごめんってば!もうしないから!」

「やめて!死んじゃう」

「たかがペットのくせに!」

ごぼごぼと水がなんども盛り上がったりまた引いたりして、彼女は大波にゆさぶられるように便器からぴょこぴょこ、出たり入ったりした。

「遊びで死なせたくらいで何が悪いのよ!…もうしないから!」

惜しみなく噴き出し、また女を引きずり込んでいく水の音の中に、なにかさざめきのような、風鈴をふれあわせるような、異質な音が混じりはじめた。


おおき…すぎる…ながれ…ない…にばんめで…ちいさくしてもらおう…よっつくらいに…きって…しょり


子供か、ごく小さな生き物がさざめきかわしているような、不可思議な音は、耳の中でそう意味を持って聞こえた。


しばらくすると彼女はもう便器の上には出てこなくなった。

便器の中の水だけが、ぐるぐる、ごぼりごぼりと、稼働中の洗濯機内のように対流を続け、盛り上がったり引いたりを繰り返している。

 

どうやら処理とやらには当分かかりそうだ。

ここは使えない。

俺はドアを閉じた。




五室目のトイレには便器がなかった。

床の一部もなかった。

本来、便器があるべきところから、奥にかけて大穴があいている。

中は、墨を流したように真っ暗で、何も見えない。

しかし、耳をすますと穴の下の方から何か聞こえた。

バキっと何かを折る音。続いて、なにかを引き剥がすような、ゴムがぶちぶちと切れるようなかすかな音。

それから、はあっと息をするような音がし、くちゃくちゃ、ぺちゃぺちゃと、水気の多い何かを辛抱強く咀嚼しているような音。

俺はふたたび嘔吐感を感じて鼻を抑えた。

ここもやたらと胃の底を殴るレベルで強い鉄さびの匂いがする。

特に穴に鼻を近づけると脳を殴られたようなひどい匂いだ。

ほんの数秒後、穴の中から何かが投げてよこされた。

俺の頭上を越えてななめ後ろに飛び、ゴンとトイレの床にぶつかったもの。

それはフライドチキンの食べかすを3倍位大きくしたような物体、白い骨のようなかたちの…いや、たぶん骨そのもの、がごくわずかな赤い1,2本の筋を端からぶらさげて、赤い飛沫とともに落ちていた。

振り向いて確認しているちょうどそのときに、開いている個室の中、俺の足元になにかどさっと落ちてきた。

しかし、向き直って確認する前に、それはすばやく穴に引きずりこまれて、俺に見えたのは穴のふちに引っかかった白い5本の、爪のついた指のようなものだけだった。

それも一瞬後に暗闇の中に回収された。

穴からべきべきと鈍いが大きな音がして、俺はドアを閉じた。

閉じる前にドアの脇をふと見るとなぜかタオルや洗面器が置いてある。

この個室には誰か、住みついているようだった。


それはともかく、便器がないのではどうにもしようがない。

俺は次の個室に向かった。



六室目のトイレは、普通だった。

しかし、ここもなんというか妙なにおいがする。

血とはややちがう薬品くささ…訪ねた工場の現場を思い出した。

なにか高熱で熱処理されているような…

俺がその匂いの正体を思い出そうとしていると、開いていた蓋の下の、ウォシュレットのノズルから液体が吹き出て、俺のスーツの腹のあたりにあたった。

「あっっちちちい」

しゃれにならない熱さを感じて、俺はスーツを確認するすきもあらばこそ、耐えられず急いで服を脱いだ。

見るとスーツとシャツは、かかったところが湯気がたって濡れているいるだけでなく、ボタンがひしゃげて溶けている。

そんな馬鹿な。そこまで熱い液体なんて。

確認すると腹の皮がうすく火傷したようだ、赤くなってヒリヒリする。

俺ははっとしてドアの横によけた。

もう一度ウォシュレットから危険物を発射されるかもしれない。

おそるおそるわきから中を見ると、便器からやたらと長い白い手がずるりと突き出てきた。

通常の人間の二倍は長い骨ばった手はぶうんとプロペラのように、便器の上の空間を旋回した。何かを探るように。

それが引っ込んでから、

(タイミングが…ちがう…遅い。愚図が)

こー、こーっと水の中をくぐって響くような、膜をはった声が下の方から聞こえた。


今日は取引先に出向く予定があるから、せっかくスーツも一番いいとっておきを着てきたというのに、だいなしだ。

それどころか通常業務にも事欠く。

俺は泣きたくなった。

それに尻を火傷してしまう可能性のあるところでは、無理だ。

俺は、六番目のドアも閉めた。


七室もありながら、

入れるトイレがいまだない。


とりあえず便意だけでも片付けて平和になりたい。

悲しくなりながら、最後のトイレを開けた。

 

七室目のトイレも、一見普通だった。

一瞬、躊躇してたたらを踏んだが、何が起こるでもない。

俺はほっとし、思い切って一歩を踏み込んだ。

しかし。

一応、壁にとりつけられたトイレペーパーホルダーをちらりと見て確認し、絶望した。

紙がない。

ああ、だが奥の壁にわずかにせりだした棚があって、そこに予備の新しいトイレットペーパーがひと巻き置いてあった。

管理の人に心でお礼をいう。

二歩目を踏み出そうとした時、

便器が笑った。

正しく言えば、便座と便器のすきまがなみうち、すぼめた口の形になったのが、

にやりと笑ったように見えたのだ。

次の瞬間、プラスチックの便座がかぱりともちあがり、便器とのあいだの隙間に、尖ったキバが上下にズラッと生えそろった。

便器は横斜めうしろにスライムのようにねじ伸びて、ギラギラと尖ったキバをガチリとかみ合わせ、壁の一部ごと予備のペーパーを齧りとった。

そして元の位置にもどり、上下にダンシングして少々水をこぼす。

ごりごりべきべきと音が中からする、タイルや壁材ごとペーパーが咀嚼されているような。

それから嚥下するのどのような動きで一度上にふくらんで元に戻った。のみこんだのだろう、便器はジャーとそれらを下水に流した。

それから便器ははっきりと大口を開けて、つまり便座をカスタネットのように大きく上下に踊らせて便器にがっちんがっちんとぶつけ、笑った。ようだった。

中が見えたがきれいに流されて何もない。

少し笑うと気が済んだのか、何事もなく定位置に戻って静かになった。

まるで普通の便器、ごく普通のトイレのように静まりかえった個室。

ペーパーがあったあたりの壁が壊れているのを除いては。


便意はすでに限界まで来ていた。


俺はへたりこみ、

絶望した。


―終―

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