98回 身近にいれば嫌でも見るから
「奴隷はさすがにないなー、とは思うけど。
でも、兄ちゃんのところでならいいとは思ってるよ」
前から何度か似たような事は言っている。
それを今もミオは口にしていた。
「扱いが酷いっていうなら考えるけど。
でも、兄ちゃんはそこまで酷い事しないし」
「まあな」
酷い事をしたくて奴隷にしたわけではない。
奴隷にしたのがミオでなくてもこれは変わらない。
「だから、今もそんなに悪くないって思えるよ」
ミオの答えは決してぶれる事がなかった。
今までもこの瞬間も。
全てはタカヒロがとってきた一貫した接し方による。
「それなら、他の連中にも色々言えるかな」
懸念事項の一つはこれで消えた。
「あいつらが奴隷を買ってきても酷い事をしないように言うつもりだったけど。
これで文句はいわれる事は無いか」
「兄ちゃんなら大丈夫だよ。
おかしなくらいのお人好しだったし、昔から」
「……その言い方はどうなんだ?」
さすがにそこは認めたくはないものがあった。
「でも、本当に押しが弱いっていうか、頼まれたら断れないっていうか。
兄ちゃんってそういう人じゃん」
「…………」
認めたくはないが、否定も出来なかった。
前世の日本人としての記憶があるせいか、どうしても協調とか従順な所はあった。
個人の力量でどうにかするのではなく、全体の能力で目的を達成しようともする。
通すべき意見はあるし、ゆずれない部分もあるが、それ以外は割と拘らずに捨てもした。
そういう所が、この世界の人間には軟弱だったり優柔不断に受け止められていく。
この世界、我が強く押し出せる人間が優れてると考えてる節がある。
正面からぶつかっていく事を支持するきらいもある。
理非を問うて何が最善かを考えるという事がない。
話し合いや会議も、考えや情報を提示して有効な方法を考えていくというものではない。
相手の言ってる事を叩きつぶし、ひっかけて罠にはめ、自分の考えを通すためだけの戦場でしかない。
そういった中にあって、タカヒロは確かに異質であった。
「でも、兄ちゃんの言う事って間違ってる事はなかったし。
その時は『なんで?』って思う事でも、後になって理由が分かったりとか。
あまり言いたい事は言わないけど、言うときには何か考えがあるんだろうなって思うようになったよ」
子供の頃から一緒にいたミオの感想である。
タカヒロが村から出ていった数年間はともかく、それ以外では一緒にいる事が多かった。
だから、色々と見てもきたのだろう。
「何より一番なのは、本当にお人好し。
奴隷をこんなに丁寧に扱う人っていないらしいじゃない。
なのに酷い事はしないし」
「長持ちさせるならこれが一番だ」
「そう言えるのが兄ちゃんが他と違うところだよ。
奴隷については色々聞いたけど、こんな風に扱われてるってのはないみたいだし」
「……それは誰に聞いたんだ?」
「サキさんとか。
あと、周旋屋の人とか」
情報源は無いようで結構ある。
「女の奴隷だったら、とっくに色々されてるっていうし。
そういう事をしないってだけでも、兄ちゃんは本当におかしいと思うよ」
「そこは、『凄い』とか『偉い』っていうところだろ」
褒めても良いはずである。
「それはそうなんだろうけどさ。
でも周旋屋さんとかで言われてたよ。
『タカヒロは女に興味がないんじゃないのか』って」
「そんなわけ無いわい」
むしろ性欲過剰……とまではいかないまでも、充分に女に興味はあった。
「今だって……」
「なに?」
「いや、まあ、そのな……」
「うん、どうしたの?」
「まあ、あれだ。
一緒に暮らしてて、割と色々我慢してるっていうか」
「わー、兄ちゃんのエッチー」
棒読み口調でミオがタカヒロをからかう。
「るせー」
タカヒロも棒読み口調で応じた。




