85回 同じ屋根の下で寝るようにはなったのだが
「そういうわけで、今日はここで寝る」
「おおー」
どこか棒読み調な感嘆の声をミオはあげた。
「やっと決心したんだね」
「嫌々だがな」
安全を持ち出されたらさすがに言い返す事が出来なかった。
実際、まだまだ安全とはいいがたい。
この日も仲間にモンスターを倒させてる間に、スコップでひたすら作業をしていた。
だが、居住地全体を覆う堀も土塁も、まだまだ求める水準には達してない。
モンスターが襲ってきてもおかしくはない状況であった。
小型モンスターはさすがに凌ぐ事は出来るのだが。
「だから、落ち着くまではここで寝る事にする」
「落ち着くって、どのくらいかかるの?」
「周りの防備が出来上がってからだから、結構先になると思う。
そこからはまた外に戻るから」
「だから、なんで戻るの」
さすがにミオも呆れていく。
「ここは兄ちゃんの家なんだから。
それなのに外にいるなんておかしいでしょ」
「でもなあ。
さすがにミオと一緒ってのも」
「何が問題なの?」
ミオとしてはそこが分からなかった。
「兄ちゃんは私のご主人様なんだから、気を遣う必要なんてないんだからね」
「いや、そうは言ってもな」
それはそれ、これはこれである。
あくまで労使関係と考えてるタカヒロにとって、そこは超えてはいけない一線であった。
たとえ相手が奴隷であっても、男女が同じ部屋で暮らすというのには抵抗がある。
嫌と言うわけではない。
自分の理性が保たないと察しているからだ。
「とにかく、なるべく早く外に出られるようにするから。
それまでだ、ここにいるのは」
そう言うタカヒロにミオは訳が分からないという顔をした。
「なんでそんなに拘るのかな」
「そりゃあ、嫁入り前の娘と一緒ってわけにはいかないだろ」
「だって、わたし奴隷だよ」
「だからっていつまでも奴隷ってわけじゃないだろ。
年季があければ解放されるんだし。
それまでに変な事になって貰い手がなくなったらどうする」
「そもそも嫁にいけるかどうか分からないでしょ」
この世界、結婚出来る者は限られている。
一生独身の方が多い。
たいがい部屋済みで家の仕事をする使用人みたいな立場で一生を終える。
「それでもだ。
もしご縁がやってきたらどうするんだ」
「それなら兄ちゃんが嫁にもらってよ」
呆れてミオはそう言った。
「そうでもなくちゃ、誰ももらってくれないよ」
「だからって自分を捨てるような事はするな」
前世の分も含めてかなりの年長者として諭していく。
「可能性は誰にだってあるんだ」
「誰にだってあるなら、とっくに嫁にいってるよ」
タカヒロの意見にミオはこの世界の現実をぶつける。
「わたし、もうすぐ15だよ。
この年齢でご縁がないなら無理だって」
結婚が早いこの世界、嫁げる者は15歳くらいまでにとっくに嫁にいっている。
この年齢で子供がいても珍しくはないくらいだ。
逆に言えば、この年齢で結婚してないなら、そのまま独身でいる事がほぼ確定と言える。
このあたりはタカヒロも理解してるので、反論のしようがない。
「変な心配したってしょうがないでしょ」
「まあなあ」
ミオの言いたい事ももっともだった。
今更あるかどうかも分からないご縁などにすがってもいられない。
そんなミオに下手な遠慮などする必要も無い…………ミオの言いたい事はこれである。
「そんな事より、兄ちゃんが怪我でもしたらそっちの方が大変だよ。
だから外じゃなくてここで寝て」
「はいはい」
適当な返事をしながら、タカヒロは床代わりの台に布団をしく。
まだ踏ん切りがついたとは言えなかったが、それでも家の中で横になる。
出来るだけミオと距離をあけてるのが、せめてもの抵抗であった。