257回 義勇兵ですが奴隷を購入することにしました
「結局こうなったか」
その日、一人の義勇兵が奴隷商人の所へと向かった。
目的はもちろん奴隷の購入だ。
とはいえ、それは以前ほど非人道的なものというわけでもなくなっている。
相変わらず奴隷の扱いは良いものではなく、所有者の命令には従う事にはなる。
しかし、最近の奴隷の用途はかなり決まり切ったものになりつつある。
奴隷商人の所に訪れた義勇兵も、そんな目的の為にやってきていた。
「それで購入目的は……聞くまでもないか」
奴隷商人の方も慣れたもので、来店目的はおおよそ当たりをつけている。
客が義勇兵であればなおのことだ。
「商品はこっちにいるから、好きなのを選んでくれ」
そう言って店の方へと連れていく。
そこには鉄格子の檻が並ぶ……なんて事はなく。
ごく普通の飲食店が開かれていた。
現在、奴隷販売の方法はかなり変わってきている。
奴隷商人も在庫として置いておくだけでは意味がないと気づき、それなりの働きをさせている。
その場合、ほとんどが飲食業などの接客業に従事させる事が多かった。
働いた分だけ金になるし、何より多くの者達に商品を見せる事が出来る。
実際にどんな者なのかをより多くの者達に見せるのが目的だ。
買い取ってから性格が合わないなどという事にならないようにするためでもある。
商品紹介を兼ねる事で、将来の所有者に購買意欲を抱かせるのも目的だった。
義勇兵が連れて行かれたのも、奴隷商人が営んでる飲食店である。
そこでは厨房の中も見る事が出来るようになっており、そこで働く様々な奴隷を目にする事が出来た。
給仕だけではなく、調理の方も含めて様々な奴隷を品定め出来るようにである。
そんな奴隷の中から、義勇兵は一人の奴隷を悩むことなく選ぶ。
「あの娘を」
「はいよ」
それからの手続きは手慣れたものだった。
呼び出された奴隷が義勇兵と奴隷商人の所にやってきて、所定の手続きを済ませていく。
奴隷の方に意志の確認は当然されず、一方的に奴隷契約を結ばされていく。
控えていた魔術師によって、奴隷の方に魔術刻印がなされていった。
それでも抵抗する事もなく、嫌悪感をあらわす事もなく、娘の方はその術式を受けいれていく。
それもそうだろう。
この娘と義勇兵はこの飲食店で何度も顔を合わせた馴染みである。
また、奴隷である娘の意志を確認してから義勇兵は買い取りに来ている。
双方の意思確認は既に済まされていた。
あとは魔術的な拘束をして奴隷商人に金を払って終わるだけである。
それもさほど時間をかけずに終わる。
「それじゃあ、これでこの奴隷はお前さんの物だ」
「はい」
「大事にしてやりな」
「もちろん」
力強く返事をする義勇兵と、その横で嬉しそうに頷く奴隷娘。
そのまま二人は手を握り合って外へと向かっていく。
どういうわけか飲食店の方へと向かわされる事になるが、それを二人が拒む事はない。
多少照れくさいが、これくらいはしょうがないと諦めてもいる。
奴隷を購入した場合の通過儀礼のようなものだ。
そんな二人が店の方に出ると、居合わせた者達から拍手や歓声や冷やかしの声が上がっていく。
おめでとう、お幸せに、上手くやれよ、うらやましいぞ…………などなど。
様々な祝福の声が上がっていく。
それも当然、これは実質的に嫁取りのようなものなのだから。
タカヒロによって始まった義勇兵による奴隷購入。
それはそのまま、出会いの機会のない義勇兵の嫁取り手段として定着していた。
それはその後も続き、奴隷商人も結婚仲介業者にその実態を変えてそのままとなっている。
死亡率の高い義勇兵は相変わらずまともに結婚が出来ず、その為こういった手段で相手を手に入れるしかなかった。
例外はあるが、その例外に入れる者達はそう多くはない。
なので義勇兵は金を貯めて奴隷を買いに行く────将来の相手を掴みにいくのが通例となっていた。
これに対して奴隷商人も、さすがにどんな者にも金さえ出せば、というような商売はしなくなっていた。
確かに金は大事だが、それで奴隷が悲惨な目に会うのを座視できる者はそう多くはない。
そういった感情を切り捨てねば商売にならないのは確かであるのだが。
しかし、それも買い手が増えた事で変わっていった。
義勇兵の多くが買い手になったので、奴隷商人の方もある程度客のえり好みが出来るようになった。
好ましからざる人物には売却しないという。
殿様商売に見えるような暴挙であるが、これにより不当な買い手を排除する事に成功はしていた。
人を商う奴隷商人であるが、本当に人間性の全てを捨て去る事などそうそう出来るものではない。
出来るなら、少しでも穏便な商売をしたいという思いはある。
商ってる者達が悲惨な目にあわないようにという思いだってある。
買い手の増大が起こった事でそれが可能となっていた。
だからこそ、人柄を見て売るかどうかを決める事も出来るようになっていた。
買い手が多いのだから、売り手にもそれなりの自由が出てくる。
それは良い方向に物事を動かしていった。
奴隷商人が結婚仲介業者と考えられるようになったのは、こうした経緯があるからだ。
今では在庫として手元においてある奴隷を、よりよい所有者に渡すようにしている。
その為、身売りせねばならない方もそれほど悲惨な境遇にはおちこまない。
売る相手を奴隷商が見極めるので、まずまずの相手がやってくるようにはなっていた。
また、可能な限り奴隷のほうの意向も聞く者も出てきている。
幾ら魔術による強制が出来るといっても、意志を完全に消し去る事は出来ない。
嫌々ながら従わせる事は出来るが、出来ればそれは避けたいと考える者もいる。
なので、奴隷の意向を尊重する事も多くなってきた。
今回もそうした購買希望者と奴隷の両者の意志を汲み取って契約を成立させている。
手を取り合って歩いていく所有者と奴隷。
その姿は、どう見てもそんな陰気な関係には見えない。
これから手を携えて歩いていく番のものでしかなかった。
だからこそ二人は周りの者達は、歓声をあげて二人を見送っていく。
二人も赤くなりながら店の外へと向かう。
そこから二人の新しい日々が始まっていくのだ。
それは歪な形ではあるかもしれない。
だが、出身地の村で余り物とされて追い出された者達にとって、ある意味救いではあるだろう。
おかしな形ではあるが、お互い一緒にいる相手を見つけ、新たな道を歩いていく。
そういう事が出来るようになったのは僥倖であるかもしれなかった。
「それじゃ、これからよろしくな」
「うん、こっちこそ」
そう言いながら歩いていく主従の二人は、お互い笑い愛ながら進んでいく。
「今日からお前の分も頑張らなくちゃならないか」
「がんばってください、ご主人様」
「ああ、もちろん」
所有物の維持の為に奔走するという本末転倒な状況。
しかし、それを所有者は望んで求めたのだ。
後悔は無い。
買われた方も、そんな所有者の為に出来る事を頑張ろうと思っている。
この二人の二人三脚は、この瞬間から始まった。
かつて、幼なじみを購入した義勇兵とおなじように。
というところで終了。
もっと庶民的な話にするつもりだったのだが、やはりこうなった。
まあ、今回は村一つを作っただけで終わったという事で。
今までに比べれば小さな成果……でもないか。
そんでまた次の話に向かっていこうかと。
ブログのほうに先に出していこうかとは思ってる。
もっとも、新しい話の前に、終わってない話を決着つけるのが先だろうけど。
なんにしても、しばしお待ちを。
……待っててくれる人がいればいいのだが。




