198回 事の顛末 2
モンスター領域への侵攻が失敗したのは、密輸がある程度軌道にのってきた頃だった。
行商人が隣国で仕入れ先を確保し、義勇兵達がモンスターの巣への攻撃をある程度開始していた。
途中にある町の廃墟は、丁度良い宿泊地として使われており、噂を聞きつけた商人が少しずつそこに集まり始めていた。
タカヒロは物資が手に入る事だけを素直に喜び、これで生活を安定させられると考えていた。
ついでに、核の売却先もある程度確保出来て安心していた。
そこに攻勢の中止、つまりは失敗が伝わってきたのだ。
「良かった良かった」
出て来た感想はこれだった。
無駄な出兵はとりあえずここまでになる。
注ぎ込んだ分は無駄になってしまったが、これ以上損失が増える事は無い。
それだけはまず良い事だと素直に喜べた。
これ以上物資を強奪されることもない。
兵士が無駄に死ぬ事もない。
得る物は何も無かったが、そんな事は分かりきっていた事である。
今は失敗という形で侵攻が止まった事だけを喜ぶ事にした。
その後は、政治において攻勢派だった者達が粛正されていくのを耳にした。
生活の困窮という形で被害を受けたタカヒロは、関わった全ての連中が皆殺しになるよう願っていた。
攻勢を仕掛けようなどと言う連中がいなければ、今回感じた不安など発生しなかったのだ。
物資不足で生活が成り立つのかという不安の中、それでも必死にやりくりしてきたのだから。
生活の困窮は、何時終わるか分からない死亡宣告である。
それがやむなく発生したものならば、諦めて受け入れるしかない。
それくらいはタカヒロもわきまえている。
だが、今回の困窮は、攻勢に向けてあらゆる物資が攻勢派によって買い占められた結果である。
その償いとして、やらかした事への制裁はしっかり受けてもらわねば気が済まなかった。
(ガキが腹をすかせないか、気が気じゃなかったしな)
ついでに言えば、二人目の子供を作る事すら躊躇った。
困窮・欠乏状態がいつまで続くか分からなかったからだ。
親子三人の生活を保つだけで精一杯というほどではなかった。
もう少し余裕はあった。
だが、その余裕がいつ失われるか分からない。
更に強圧的に物資を取られるようになったら、今の状態を保つ事も難しくなるのだ。
こんな状況で新たに子供を産む事など出来るわけがなかった。
集会所以降の村の設備の方も、建設計画を一旦保留にするしかなかった。
とにかく、物資が手に入るかどうかも分からない状態というのは、それだけ様々な活動を停滞させていた。
更にタカヒロが激怒したのは、それらの物資のほとんどが喪失したという事である。
前線に送られた物資は、当然ながら攻勢に出ている者達に届けられる予定だった。
なのだが、その物資のほとんどはモンスターに襲われて失われたという。
ろくな護衛もなく、また部隊を駐屯させての地域制圧もされてなかった事が原因だ。
それらは攻勢を支持した者達の命令でそうなったという。
ただひたすらに前進を命令され、地域の確保もまったくされなかったのが原因と。
更に物資の護衛につける兵員を惜しみ、ほぼ全ての戦闘員を前線に送り込んだのも理由だとか。
これらが伝わると、タカヒロは本気で攻勢派の根絶やしを考えた。
可能であるならば、自分も町に出向いて、そういった者達を根こそぎにしてやろうと思った。
さすがに実行はしなかったが、目の前に該当者がいたら躊躇う事無くスコップを叩き込んでいただろう。
多少溜飲が下がったのは、そうした者達が軒並み逮捕され、投獄されることもなく処刑されていった事である。
該当者達は例外なく死刑となったと聞いて、タカヒロは喜んだ。
また、これらが逃げだそうとしても、それを周囲の町人や義勇兵達が取り囲み、即座に捕らえたとも聞いた。
庶民であっても攻勢を支持していた高齢の世代なども同様の結果になったとも。
更にはその家族や親類縁者、貴族だったらその使用人までもが捕らわれたとも聞いた。
そこまで累が及んだと聞いても、それも当然と全く同情も哀れみもしなかった。
それ程までに怒りも恨みも深く大きかった。
また、これはタカヒロだけではない。
ほとんどの者達が、攻勢に荷担した、そして賛同した者達を許しはしなかった。
つるし上げはただの糾弾で留まらず、文字通りのつるし上げにまでなった。
これに同情する者達もいたが、それらも例外なくつるし上げにされていった。
今、国内ではそれほどまでに攻勢への嫌悪感が高まっていた。
おかしくも何ともない。
賛同もしてないものに巻き込み、しかも損失ばかりで何の利益も得られなかった。
生活にも影響を及ぼし、その補填も何もされてない。
こんな状況に陥れられれば誰だって怒りもする。
それが自然な感情であろう。
生命の危機に陥れられたのだ。
それにふさわしい結末を、やらかした者達に求めているだけだ。
むしろ、これでお咎めなしとなったら、それこそ暴動になる。
事の理非を考えても、統治という現実を考えても、無謀な行動に出た者達に温情をかける理由はなかった。
一部を除き、今回の出来事で利益を得た者など皆無だったのだから。