197回 事の顛末
その後の経緯はタカヒロもさほど詳しくはない。
義勇兵集団はタカヒロがすすめた通りに、人を集め、モンスターの巣に突入していった。
新人は教育がてら巣のモンスターと戦い。
そうでない者達は、本来の目的である、隣国との密輸の護衛についていく。
密輸の方は参加した行商人達が主役となり、商品を集めて国内に持ち込んできた。
彼等からしても、通行料がない密輸の旨みは大きかったようで、その後も継続的に隣国との行き来を続けている。
そうして売り物が集まってくると、あちこちから商人がやってくるようになった。
売り物を買い付けるためだ。
それが義勇兵達をより潤わせていく事になる。
人が集まれば、それだけでも金を落とす可能性が出てくる。
寝床に食事を提供すれば、それだけで利益が出る。
また、元々町だった場所なので、整備すれば寝泊まりする事も出来る。
廃屋などをそのまま使う事は出来ないが、区画整理されてるので何もない所に作り出すわけではない。
すぐ近くにあるモンスターの巣への対処のために、義勇兵自身も逗留せねばならない。
集まってきた者達の安全を守るためにも、住居の確保は始まっていった。
それを皮切りに、廃墟が町に再生されていった。
そうやって出来あがっていった流通経路は、少しずつ大きく太くなっていく。
行き来する商人が増え、その分物資も増えていく。
それを求めて更に多くの商人が集まり、廃墟でモンスターの巣がある場所はどんどん栄えていった。
物資の供給が大分安定してきたので、値上がりやインフレも抑制されていった。
少なくとも、密輸されてきた物資が行き渡る範囲では窮乏や欠乏はなくなった。
生活に安定が戻ってきていた。
なお、これを知った政府(攻勢派)が早速物資を確保しようと乗り出したが。
それらは密輸地帯に入った途端に連絡を絶った。
向かった徴発(強制買い取り)部隊は誰一人として帰ってくる事はなかった。
向かった先がモンスターの巣だった場所だという事もあり、モンスターに襲われたのだろうと噂された。
もちろん、政府の攻勢派はそんな事を信じる事はなかった。
密輸してる連中が殺したのだと主張した。
証拠はないが、状況から考えれば充分あり得る事である。
だが、証拠がない。
その為捜査や調査に人が派遣された。
だが、それらもやはり帰ってこなかった。
頭に来た攻勢派は、その後も何度となく現地への調査を敢行したが、結果は同じだった。
それどころか、今度は攻勢派の貴族や市井の扇動者が死に始めた。
それも一人や二人ではない。
関係者を含めれば数十人という人数が死んでいった。
いずれも、モンスター領域への攻勢に賛同・支持をしていた者ばかり。
それも一定以上の地位や影響力を持つ者がほとんどであった。
あまり表に出ない、というか世間から注目を浴びないところでは、更に多くの人間が死んでいたとも言われる。
それが原因かどうかは分からないが、密輸への調査や捜査は唐突に打ち切りとなった。
誰もが飛び火を恐れたのだろう。
加害者や容疑者が誰であるのかは誰もが容易に想像が出来た。
だが、想像したところで結果が変わるわけもない。
それを証拠に逮捕などまではさすがに出来ない。
そこまでの強権はさすがに主導権を握ってる者達でも不可能だった。
また、仮に無理を通して証拠もなしに逮捕、あるいは征伐をしようにも相手が悪すぎた。
疑いをかけられてるのは、密輸をしてる者達。
それも、おそらくは義勇兵。
モンスターと渡り合ってる連中である。
そんな奴らと戦闘など、治安維持に携わってる者達で出来るわけがない。
やるなら、軍隊を投入せねばならない。
そんな余裕はなかった。
何よりも。
確証はないが、もし義勇兵が貴族達を殺していたとするならば。
それこそこれ以上の追求は危険になる。
市井の者はともかく、警備警戒がされてる貴族の所に侵入して殺す事が出来る者達だ。
敵に回せば、どこにいても必ず殺しに来るだろう。
無闇に追求して命を落とすような事を覚悟できる者はいなかった。
また、殺された者達の中に当事者の家族なども含まれてる事も、追求を断念する事につながった。
本人だけでなく周囲の者達まで巻き添えになる事まで許容できる者はそうはいない。
また、貴族であれば家の中を取り仕切る執事や使用人もいる。
これらも余すことなく殺されてるのを見て、さすがに国も下手な追求を辞めた。
物資を確保する為に、貴族の家がそれこそ皆殺しになってるのだ。
誰も追求しようなどとは思わないだろう。
これは武家でも同じである。
幼少の頃から武術を学び身につけた者達が揃ってるにも関わらず、屋敷にいる者達が全員殺された。
武家ですら抵抗が出来ないのかと誰もが恐れた。
警備をどれだけ強化しようと、全く意味が無いだろうと誰もが感じた。
そして、義勇兵と呼ばれる者達がどれほどの戦闘力を身につけてるのかを理解した。
見下し、侮っていた存在が、これほどまでに腕を上げてるとは思ってもいなかった。
モンスターを相手に日夜死闘を繰り広げてるという事の意味を、多くの者達がこの時理解した。
それは、義勇兵というものを、おそらくは初めて正しく理解した瞬間でもあった。
より重要な事はまだある。
まがりなりにも貴族や武家、それもそこそこ有力な者達の所まで潜入した事。
そこまで誰も気づかず、そして立ち去るのも目撃されてない。
それだけの技量があるのだろうという事でもあるが、それだけでここまで鮮やかな犯行が出来るわけがない。
内通者や協力者がいるのは明白だった。
それも、限られた少数というわけではない。
それなりの、いや、かなりの規模の者達が活動している。
その事に攻勢派は気づいた。
自分達が様々な監視の目に置かれてることを。
恐ろしく敵が多い事を。
周りのどこかに、自分達の事を敵に伝えてる者達がいるという事を。
それはある程度正確で、だが決定的に大きな見落としのある考えだった。
確かに攻勢を支持した者達は監視されている。
常に見張られている状態にあった。
だが、それは一部の者達が行ってる事ではない。
彼等以外のほとんど全ての者達が、攻勢への反対と嫌悪を抱いていた。
そういった者達がほぼ全て手を組んで、攻勢派への敵対行動をとっている。
その事を当事者である攻勢派は全く気づきもしていない。
自分達がそんなに嫌われてるとは全く思ってもいなかった。
その根拠のない考えとは裏腹に、彼等は国内に誰一人として味方がいなかった。
周りは全て敵だったのである。
そんな彼等を殺害した者達だけが敵というわけではなかった。
後にそれを、彼等は徹底追求と弾圧、その後の処刑や処分で知る事になる。
だが、それはまだ少しだけ先の事。
今はまだそれがほんの少し表に出て来ただけにすぎず、周囲の状況を攻勢派が知る事はなかった。
ただ、この時の攻勢派の有力者が減少した事の影響は小さくない。
まだまだ続こうとしていた攻勢が終わるきっかけは、この時の暗殺による勢力減少にあったと言われている。
こうして密輸経路は守られ、その後も情勢が落ち着くまで存続していく事になった。
また、この時の事がきっかけで、廃墟が町に復活していく。
密輸を取り仕切っていた義勇兵は、その町の支配者になっていった。
国境に近い事から、最前線基地のような性格も持つようになる。
義勇兵が多く集まり、義勇兵の町として確固たる地位を作っていくようになる。
行商人もそんな町に腰を落ち着けて店を開く者が出てきた。
そこが国境の中心地帯となり、モンスター領域への攻勢拠点になっていく。
やがてそのうちに。
今はまだ義勇兵が活動拠点にしている密輸売買地でしかない。
しかし、発展の萌芽はすでに芽吹き、少しずつ成長していった。