189回 不穏な情勢 6
無謀な出兵の結果は、兵団の壊滅で幕を閉じる。
そうなるまでに半年から一年ほどの時間がかかるが、結果が覆る事は無い。
予定よりも小さな兵力でもって進軍し、無謀としか言えないほど奥地まで進んでいった。
物資の補給も何も考えないそれは、無意味で無謀な遠足でしかない。
しかもモンスターの出没地域である。
出現数は国境内とは比較にならない。
国境で軍勢が押しとどめて、それでも隙間をぬって入り込むモンスターである。
それが、何の障害もなく蔓延ってる地域だ。
その規模は推して知るべきであろう。
投入された兵団は抵抗らしい抵抗も出来ずにすり減っていった。
義勇兵あがりの者達は持ちこたえたが、それも最初のうちだけであった。
確かに義勇兵の戦闘力は高い。
個人差はあるが、全くの素人よりは良い。
募集に応じた一般人よりは戦力になった。
だが、それを指揮統率する者がいない。
指揮官達のほとんどは貴族や武家の冷や飯食いだった末っ子である。
実戦経験のある者などほとんどいない。
そんな者達が指図するのだ。
まともなものであるわけがない。
多少なりとも擁護をするなら、そんな指揮官達も無能というわけではない。
貴族はともかく武家ならば子供の頃から戦い方の訓練はしている。
兵の動かし方も学んではいる。
だが、基本理論と現実との間には大きな差がある。
それを埋める応用が必要になる。
それを身につけてる程の者はほとんどいなかった。
指揮が拙いものになるのは当然である。
更に、彼等に出された指示が狂ったものだった。
それを分かりやすく表現するなら、
『出来るだけ奥地に進軍し、モンスターを蹴散らせ』
というものになる。
どこまで進軍し、何を目的とするのかが全く書かれてない。
今回の名目から考えれば、モンスターの制圧地域の奪還が目的になる。
だが、その範囲が全く明確になってない。
ただひたすらに拡大していけというような指示しかないのだ。
これではどこで留まり、どの地域を守れば良いのか分からない。
結果、軍勢はどこまでもどこまで進んで行くしかなくなる。
当然ながら、こんなものが上手くいくわけがない。
進めば進むほど、物資補給が難しくなる。
それを運ぶ者達はモンスターが蔓延る地域を進まねばならず、困難は拡大していく。
だからこそ、現有兵力で確保出来る広さを守り、そこを限界とするしかない。
モンスターの猛攻があるのだからこれも当然の措置である。
なのだが、攻勢を支持する者達はこの限界すら無視した。
当初出した方針にもなってない方針をそのまま押し通していく。
その為、軍勢はどこまでも無駄に進み、補給も途中で潰えるようになった。
これがはっきりした時点で、義勇兵の中には勝手に戦列から抜ける者が出ていった。
馬鹿な指示に従って死ぬのは割にあわないと思うものは多い。
もともとモンスターを相手に生き残ってきた連中である。
危険には敏感で生き残るために何でもやる。
その本能が働いていった。
実際の損害とは別に、こういった事も軍勢が減少していく原因になっていった。
ただ、脱走になるので、見つかればその場で切り捨てられる事にもなる。
実際、逃亡が見つかって斬りかかられた者達もいる。
だが、ここでも義勇兵の経験が生きた。
逃亡を阻止するのはたいていが貴族や武家の指揮官あたりである。
従う直属の兵士も武家の出身者が多い。
子供の頃から訓練を続けてきたので、確かにそれなりの腕はもっている。
だが、高レベルの義勇兵には及ばない。
取り締まろうとしたところが、返り討ちにあうなど珍しくもなかった。
かくてモンスターの領域に進撃していった軍勢は、ほどなく壊滅していった。
モンスターに倒されたもの。
補給が届かず餓死したもの。
脱走したが、その途中でモンスターに襲われたもの。
生きて帰って来たのは本当にごく少数であった。