188回 不穏な情勢 5
国の上層部の変化がもたらす影響は決して小さくはない。
天才でも優秀でもないかもしれないが、堅実に国政を運営していた者達が退いたのだ。
国家運営が危うくなるのは自明である。
おかしな政策が議会を通り、各機関がそれぞれ勝手に動き回る。
それぞれの有力者や長官・幹部が攻勢に賛同してる者達で占めるようになってからだ。
攻勢のために必要な行動をとってはいるが、それ以外は全てにおいて崩れ落ちている。
新たに政権についた者達は、攻勢しかしてない。
それが最大の問題だった。
予算も、資本も、資源も、産業も、製造も、人も全てが攻勢に向けて動かされていく。
それ以外の部分について全く何の考慮もされていない。
防水対策や灌漑設備、道路建設に防災対策、治安維持などなど。
こういった所にかけるべき予算が削られる。
不要な部分があれば是正するのは良い事だが、それを考えてのものではない。
攻勢に必要な予算や資源を確保するための予算削減である。
当然ながら、国内に存在する設備で使用不能になるものも出て来る。
老朽化してそのまま崩壊するものも出て来る。
今すぐに問題が発生しなくても、やがては大きな問題になるのは目に見えている。
それでも最悪というほど酷い状態にはならかなった。
議会で制定された法案や政策を、国王が認可しなかったからである。
いくら何でも無謀が過ぎる様々な施策のほとんどを国王が遮った。
立法権を持つ議会であるが、そこで出来た法案などを正式なものとするかどうかは国王の判断にかかっている。
だから最悪のところまで事態が進行する事がなかった。
立法権の暴走を、国王が防いでいた。
法律を作る者には絶大な権能が発生する。
法律として制定されてしまえば、どんな悪逆非道も可能となるからだ。
極論を言えば、虐殺を可能とする法律を作ってしまえば、政府はその通りに動かなければならなくなる。
法律による統治、法治主義という欠陥品のなせるわざであろう。
だからこそ、立法を制御する必要がある。
悪法を決して作らせないように、作られてしまったとしても、即座に無効化出来るように。
その為に、国王は可能な限り法律を制定させないよう奮戦していた。
その甲斐あってというべきか。
国はギリギリのところで踏みとどまっていた。
攻勢に走る者達も思うように動く事が出来ず、軍勢をととのえる事もままならない。
自分達の手で動かせる範囲でどうにかしてるが、それすらもままならない。
既存の法律に従って何かしようとも、その都度掣肘が入る。
法律も好き勝手に作られるわけではない。
様々な伝統や慣習の中で作られている。
不文律であるこれらに触れる事があれば、即座に動きを止められる。
王室直轄機関が即座に動き出し、政府のあらゆる行動を掣肘していく。
これにより、強権的な徴兵や徴発は不可能となった。
攻勢のために必要な資金を得るための増税も行われなかった。
緊急時のやむをえない手段としての物資押収なども取りやめになった。
実行されたものもすぐに法的な効力を失い、手に入れたものは本来の持ち主に戻された。
使用されたものは、摘発などを指示した者達からの弁償となった。
なお、この途中で摘発した物資などを横取りする事件などもあった。
これらもまた国家反逆という事で摘発対象になっていった。
それらを行ったのが、攻勢賛成派の連中だったのは呆れるところであろうか。
このようにして、攻勢は賛同派が企図していたほどの規模にはならなかった。
兵力などは徴募というか応募に応じた人数のみ留まった。
必要な物資などは、国家予算を用いた買い取りなどで集められた。
さすがに全ての動きを止める事は出来なかったので、最低限の行動は行われた。
それでも国家への負担は大きく、その損失を埋めるために数年は必要だろうと思われた。
もとより勝算の少なかった攻勢計画である。
攻勢を求めていた者達の想定通りに兵力を集めたとしても、その成功は難しいものだった。
だが、そこから更に弱体化した状態での実施となってしまう。
ここまでくれば、まともな考えを持つものならば計画を取りやめるだろう。
後始末は手間だが、それでももっと大きな損害を出さずに済む。
なのだが、攻勢を支持する者達は決して止まらなかった。
成果を全く期待出来ないままに出兵を敢行した。




