171回 子供が生まれた万歳では終わらない
子供と共に帰って来た村で、今までとは違う生活が始まっていく。
それは予想していた以上に大変なものだった。
何せ赤子の活動周期は大人と違う。
起きて寝るまで時間が違う。
活動可能限界が違う。
また、起きてる間は泣いてたりする事が多いので気が休まらない。
話に聞いてた赤子の夜泣きに直面したタカヒロは、「これはきつい」と素直に思った。
救いなのはミオがそれに合わせて行動している事だった。
生活が赤子を中心としたものになっている。
それはそれで大変なのだろうが、愚痴を言わずに世話をしている。
むしろそれが楽しいようですらある。
その分タカヒロとの接点は減ってしまってるが、仕事に出る前に「行ってらっしゃい」と帰って来てからの「おかえりなさい」は欠かさない。
他の女衆からの助力をえているのもあるだろうが、母親という新たな役目を果たしている。
分からない事だらけだろうにと思うタカヒロは、そんなミオに頭が下がる思いだった。
女衆からの手助けは、食事や掃除などの補助などになる。
これにはタカヒロがささやかながら日当を払って頼んでる事でもあった。
金額は些少、せいぜい2000円から3000円程度であるが、それで食事の差し入れや掃除の手伝いなどをしてもらっていた。
作業時間は1時間か2時間程度であるが、これがことのほか大きな効果をもたらしてるようだった。
一食だけでも食事の準備がいらない、あるいは手間を大幅に省ける。
掃除も全部はやらなくてもいい。
洗濯物も、下着などの汚れたものはともかく、普段の衣服は洗ってもらえる。
そんな事が新米お母さんのミオにとっては大きな手助けであった。
なお、女衆も産まれた赤子を見たいらしい。
割と好意的にミオの手伝いをしてくれているのも、それも赤子を見る機会が増えるからであった。
まだ家から外に出ることが出来ない赤ん坊なので、ミオの所に会いに行かなければ見る事が出来ない。
そのため、機会があればなんやかんや理由をつけて赤子を見に来ようとする。
そんな女衆なので、報酬はいらないという者がほとんどだ。
だが、タカヒロは無理にでも多少の金銭は渡していた。
恩に着せるわけではない。
労働の対価として、些少であっても報いをつけておきたかった。
何より、下手な助け合いを根付かせたくなかった。
狭く小さな村の事、助け合わねばやっていけないが、それが当たり前になるのを防ぎたかった。
助けてもらうだけなら良いが、こちらも手助けにまわらねばならない。
それは良いのだが、問題なのはそこに際限がなくなる事だった。
明確な基準がなけば、お互い様といいつつ一方的に面倒を押しつけられる事もある。
善人同士ならそれでもいいだろうが、性根の悪い輩というのはどこに潜んでるか分からない。
それに、そのうち悪知恵の働く奴も出て来るかもしれない。
その時の為に、ある程度の歯止めを作っておきたかった。
『誰かに何かを頼むなら、相応の報酬を用意する事』というような。
こういった事が、どこまでも拡大する手助けへの歯止めの一つになればと思って。
考え方としては性悪説であろう。
人間の持つ悪い部分を当然とし、それへの抑制手段を作っておく。
手間や面倒も増えるが、悪さをする奴を牽制し抑制する。
こればかりはある程度用意しておかねばならなかった。
人は善人であるという前提でやっていくと、大きな問題しか発生しないのだから。
悪党対策というのは絶対に必要である。
そして、悪党対策の良い所は、善良な人間には何の害もないという事である。
発動条件が悪さをする事ならば、まともに暮らしていけば何の問題もない。
手間や面倒は確かに増えるが、それも酷い掣肘になるような事は無い。
ミオへの手助けの件を例にとれば、たかだか2000円か3000円の出費である。
それくらいなら、普通にモンスターを倒していければ何の問題も無い金額だ。
毎日支払ってもそれほど大きな負担にはならない。
また、もしお互いにこういった事をしていくならば、いずれはどこかで支払った側が受け取る側にもなる。
今回はミオが手助けしてもらってるが、次はミオが手伝って報酬を受け取る可能性だってある。
相互の手助けをしていくならば、結局はお互いの中で循環して、損得の差し引きはゼロになっていく。
完全にゼロではなくても、それに近い所に落ち着く可能性が高い。
目に見えない恩とそのお礼というよりは形になってるのも大きい。
それでも悪さをする奴らは、こういうのを乗り越えてあくどくやっていこうとする。
それでも、こういったやりとりが無いよりはよっぽど抑止力になる。
何も支払わないで何かをしてもらおうというのを排除出来る。
金のやりとりが大事なのではなく、金のやりとりをする事でどういう人間なのかを浮かび上がらせていく。
それが狙いだった。
下手にけちるような輩は要警戒、となる。
今のところは育児の手助けだけであるが、出来るだけ拡大していきたいと考えていた。
(とはいえ)
そんな事を考えてる自分に、タカヒロは呆れてもいた。
出来ればやりたくはないのだが、どこかで必要になる線引きも必要だ。
それをやらねばならないのは、割とこたえるものがあった。