169回 新人としてデビューします
子供が生まれてから一ヶ月。
その間、相変わらず新人を教え、生き残る可能性を高め、多少なりとも報酬を得ていく。
今までにも増して教育に熱が入り、あれこれと教え方に工夫をこらしていく。
どうすればもっと効率よく教えられるか?
やり方を伝えるのにもっと的確で楽におぼえられる方法はないか?
相手の成長速度にあわせて教えられてるか?
そんな事を考えながら毎日が過ぎていく。
今までだってそうしていたのだが、今は以前よりも熱が入っている。
それは教えを受けてる方にも伝わっていた。
「なんか、畑中さん凄くねえか?」
「気合いが入ってるよな」
「教え方もどんどん変わってるし」
「しかも分かりやすくなってる」
「スゲエよな、よく毎日あんなに考えつくもんだ」
「俺らも負けてられねえ」
「だよな。
これで全然何も変わらなかったら笑われる」
新人達もあらためて気合いを入れて取り組んでいく。
そのせいか、タカヒロの教えを次々に吸収していった。
技術レベルが足りないので実行出来ない事も幾つかあったが、それらも書き留めていく。
今は出来なくても、いずれ出来る日がやってくる。
その時には大きな助けになるからだ。
だから今は、教えられる事を全て身につけようとしていった。
そうしてるうちに更に一ヶ月が経ち、タカヒロが村に帰る日がやってきた。
買い出しにやってきたタカヒロの村の馬車に乗り込み、久しぶりの我が家へと向かおうとする。
そんなタカヒロの前に新人達がずらっと並ぶ。
「お世話になりました!」
「機会があったら、またお願いします!」
そんな声が次々にあがっていく。
タカヒロは驚きながらも苦笑し、
「だったら生き延びろよ」
と声を返した。
新人達は「はい!」と返事をし、動き出していく馬車を見送っていく。
それは馬車が見えなくなるまで続いた。
帰りの馬車の中、タカヒロは隣に座るミオと、その腕の中にいる我が子を見つめていた。
相変わらず子供が可愛いという感情はどこか希薄である。
だが、それでも暇があれば子供の姿を目にとめようとする。
思い描くのはこれからの事。
何をどう伝えていこうか、何を教えていこうか。
そんな事ばかり考えてしまう。
それと同時に、この子がどんな風に育っていくのか、どんな人間になるのかも考えていく。
そこには、こういう風にしたい、というものは一切なかった。
無くて七癖ではないが、どんな人間にも持って生まれた性質や素養がある。
人格や性格は元来備わってるもので、他人がどうにかしてよい部分ではない。
それは親子でも同じだ。
自分の子供であろうと、その子の性質を無視してあれこれ求めるわけにはいかない。
やってはいけない悪事は断固として阻まねばならないが、求める方向性を親の都合でどうにかしてはいけない。
タカヒロは持ってるもの余すことなく教えたいとは思うが、子供の人格を自分の思い通りに改編したいわけではない。
自分のもつものを伝えていく。
ただそれだけだ。
それを受け取ってどうするかは子供が考える事。
それをもとに、人生を切り開いていってもらいたい。
その為に何をどうするかを、この一ヶ月ずっと考え続けていた。
我が子を見ながら。
「どうしたの、お父さん」
「ん?」
「なんか、ずーっとこわい顔してるけど」
「ん、そうか?」
「うん。
こわいっていうか、硬いっていう感じだけど。
うん、そういう意味でこわいのかな?」
硬い表情をこわいと表現するのは、一種の方言であろう。
だが、そういうミオは笑みを浮かべている。
「もうちょっと優しい顔で見てあげてよ」
「ああ、悪い悪い」
「全然悪いと思ってないくせに」
「うーん、まあ、それはそうなんだけど」
「もう」
呆れつつミオは赤子に告げ口をしていく。
「お父さんはこんなんだから困りますよねー」
「おいおい」
それはないだろうと思いつつ、子供に目を向ける。
「どうしてもなあ。
こればかりはどうしようもない」
「もう。
困ったもんですねー、お父さんは」
そういうミオも糾弾するつもりはない。
ただ、どうにも接し方がぎこちない父親に苦笑せざるえないのだ。
なんだかんだで子供から目が離せないくせに。
「こんなんじゃ困りますよねー。
弟と妹が産まれるまでには、少ーしなおってるといいんだけど」
「それはまあ、うん、まあ、なんとか……いや、無理か?」
そもそもなおるというのが間違ってる。
それは、もともとは出来ていたけど、今は出来ない場合に用いるものである。
最初から出来てない者に使う言葉ではない。
「まあ、次の子が産まれる……」
までにはどうにかしたいけど、と言い掛けて声が止まる。
そう、子供はこれだけという事は無い。
少なくともそんなつもりはない。
出来ればあと何人か欲しいとは思ってる。
そこまで考えて、タカヒロはあと何人も子供を作るという事に思い至る。
「弟と妹か……」
「うん。
何人産まれてくるのかな」
「さあな、こればかりは授かりもんだし」
だが、タカヒロは我が子の増産に邁進するつもりであった。
授かる確率を少しでも高めるために。
「じゃあ、頑張って子供に慣れてね。
そんなんじゃお父さんとしてはどうかと思うよ」
「出来るだけの努力をする」
そう言ってタカヒロは今後の健闘を表明した。
何にせよ、新人の父親として頑張らねばならない事は多そうだった。
(これ用の技術とかないのかねえ……)
経験値でどうにかなるなら、即座に対処したくなった。