122回 今後の呼称について
「さすがにねえ。
話のネタにされるとなると」
「まあ、他に楽しみもねえしな」
ミオから村の中の事を聞いたタカヒロは苦笑を漏らした。
「しかし、それが一番の関心事なのか」
「みたいだね。
何が楽しいか分からないけど」
「そうは言うけどさ。
これが他の奴の縁結びとかだったら、お前も乗っかるんじゃないのか?」
「…………それはねえ」
きっぱりと否定出来るほど嘘吐きになれないミオは、言葉を濁して本意を隠す事にした。
「まあ、何にせよ気になるんだろうな」
周りがどう思ってるのか分からないが、注目はしてるのだろう。
いずれは自分達にも回ってくる事でもあるのだから。
「でもそうだな。
出来るだけ早いうちに決めておきたいところだな」
「それは……まあ、そうだね」
「とはいえ、準備もろくに出来てないけど」
「それより先に家の方をどうにかしないといけないからね」
さっさと必要な道具を揃えて式を挙げたいとは思っている。
だが、それより先に金をかけねばならない事がある。
生活、引いては命に関わる部分であるので、後回しには出来ない。
「やっぱり春になるのかな」
「早くてもそうなっちまうな」
手元の資金を考えると、どうしてもその頃になってしまう。
ただ、女衆が言うように、他にする事も特にない冬の間に済ませておければとも思っていた。
色気も何もない話だが、生活を考えるとどうしてもそうなってしまう。
「でも、そっか。
春には……するんだね」
「早ければだけどな。
何より、もっと稼がなくちゃならないし」
「それは兄ちゃんに頑張ってもらわないといけないけど。
でも、無理しちゃ駄目だよ。
何度も言うけど」
「分かってるって」
何度目なのか分からないくらい繰り返されたやりとり。
無理するな、もちろんだ────こんなやりとりが、時にあと少しと無理をしそうなタカヒロを押しとどめてもいた。
「それはそうとだな」
「なに?」
「お前、いつまで俺の事を兄ちゃんって呼ぶんだ?」
「え?」
「式を挙げてからもそうするつもりか?」
「…………ああー」
言われてミオも気づいた。
確かに『兄ちゃん』を続けるのもどうかと。
「……そうしたら、あれかな」
「なんだ?」
「えっと…………『あなた』…………とかがいいのかな」
「…………そうなるのか?」
「…………そうなんじゃないかなーって思うんだけど」
そこで二人とも沈黙してしまう。
呼び慣れない、そして聞き慣れない言葉だったのでどうしても照れが入ってしまう。
いずれは慣れる、これが当たり前になる日が来るかもしれない。
だが、今の二人には新鮮かつ斬新、そして、何よりもとてつもなく恥ずかしいと思えるものがあった。
「まあ、そういうのはそのうちに……」
「うん、そうだね……」
「急ぐ事もないかも……」
「……だね。
じゃあ、まだ『兄ちゃん』ってことで」
「……『まだ』なんだ」
「うん、『まだ』だよ」
自然と俯いていく二人の顔は、どこまでも赤く染まっていた。
そんな二人が、硬直から少しだけ回復して寄り添い合うまでに数分。
照れ隠しもかねてミオがタカヒロに抱きつき、タカヒロもそんなミオを抱きしめる。
結構豊かな圧迫感がタカヒロを襲い、それが理性をいつものようにはじき飛ばしたところで、二人はそのまま床に寝転がった。




