111回 こんな何気ない会話が普通に行われている 5
「で、それだけ?」
周旋屋に戻ってきたタカヒロ達は、待ち構えていたサキに呆れられる。
「あんたね、ミオに手を出したってのにそれだけなの?」
「他に何をしろってんだ」
相変わらず当たりがきついサキに、敵愾心剥き出しで尋ねる。
下手な事を言おうものなら、殺してやると言わんばかりに。
実際、タカヒロはサキの態度に腹を据えかねていた。
我慢の限界などとっくに振り切るほどに。
下手を打たなくてもやってやろうかと考えるくらいには。
そんなサキは、
「可愛い物とか買ってやんなって言っただろ。
手も出したんだから、それくらいの事はしてやったらどうだい」
「なんだ、また小物でも買ってやれってのかよ」
「当たり前だろ。
それか、綺麗な服とか」
極めてまっとうなご意見である。
タカヒロにそれだけの余裕があればであるが。
残念な事に、それくらいの余裕が今のタカヒロにはあった。
「まあ、小物くらいなら」
「だったら行ってきな。
まだ店は開いてるだろ」
「それもそうだな」
「ついでに白無垢も買ってきたら?」
「それについてはまた今度」
その台詞を聞いて、ミオが赤くなった。
「ところで、俺がミオに手を出したってのをどこのどいつに聞いた?」
「この前こっちに来てた、あんたの所の集団の奴らから。
ここの食堂で夜に吹聴してたよ。
『うちの大将がついに手を出した』
『女に興味はあったんだ』
『これで性癖への疑惑は解消された』
って大騒ぎしてたわ」
「あの野郎共…………」
思い浮かんでくる該当者の顔に怒りと憎悪を叩き込んでいく。
ついでに呪いでもかけようかと考えた。
「まあ、責任とるなら文句は無いけどさ」
「当たり前だ。
こいつには今後も俺の世話をしてもらう。
今後ずっと」
「それもどうなのかと思うけどさ。
でも、捨てるつもりはないんだね」
「誰がそんなもったいない事するか」
所有権と独占宣言をしてタカヒロは店を出ていく。
ついていくミオは、より一層真っ赤になっていた。
「つーか、着る物より入れる物だな」
「う、うん」
買い物に出たタカヒロは家の現状を思い出しながらミオに話しかけていく。
「着るのも確かに必要だけど。
衣装箱……いや、箪笥の方がいいのか?
そっちの方を先に用意した方がいいかもな」
「そうだね、うん、たぶんそうだね」
「まあ、まだそんなに服とかもないけど。
でも、先の事を考えるとな」
「先か……そうだね、これからがあるんだもんね」
「魔術機具もそうだけど、こういう日用品も揃えていかないとな」
まだまだ中身がすかすかな我が家を思い浮かべてそう思う。
「でもまあ、今日は服でも買うか。
何か欲しいのはあるか?」
「えっと……特には」
「遠慮はするなよ。
サキもうるせえし、何より────」
「?」
「お前が綺麗になってるところを見てみたい」
「────!!」
率直な意見にミオが最大級に真っ赤になった。
最近のタカヒロは、割と正直に本音というか本心をぶつけてくるようになっている。
おかげで、こんな台詞を結構頻繁に聞くようになった。
そして、それを聞かされるミオは、どういうわけかその都度赤くなる事が多くなっている。
今までは割とこういうさっくばらんな会話も平気であったのに。
それだけタカヒロを意識してきたという事であろう。
ただ、本人にそこまでの自覚はない。
タカヒロの言葉やそぶりになぜか反応してしまう自分が不思議でしょうがなかった。
「まあ、まずは服だな。
箪笥とかまで買う金はないし」
「うん、そうだね」
「どんなのが欲しい?
なんなら服以外でもいいけど」
「えっと、それなら……」
結局この日は、作業着の耐水性の高い前掛けと手袋の予備。
そして作業をする時に便利な髪留め。
予備の作務衣を買って終わった。
そこに色気など欠片も存在しない。
それよりも先に日々の仕事をどうにかせねばならなかった。
周旋屋に帰ってから、サキに盛大にあきれられたのは言うまでもない。




