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5 お弁当をめぐる誤解

 翌朝、前日に作ってもらった朝ご飯を取り出そうと、冷蔵庫を開けて気付いた。


「なんだろ、お弁当……?」


 冷蔵庫の手前にあったタッパーの正面にメモが貼り付けられ、弁当の文字が見えた。取り出して読んでみると、『13日のお昼。弁当箱が見つからずタッパーで悪い』と書かれている。昨日のメモと同じ崇さんの字だ。少し角ばっているけど、男性にしては綺麗で印象に残っている。

 13日は今日。

 つまり、今日のお昼のお弁当ということだ。


 お昼は学食で済ましているので作ってもらっていない。引継ぎ漏れだろうか。

 仕事内容は把握しているだろうと思い込んで、細かいことは話していなかった。きちんと伝えておくべきだったようだ。

 タッパーの蓋を開けて、中を見る。

 おにぎりが3つ、タッパーの端に並べられ、その横には彩としてグリーンレタスが敷かれ、レタスの上には焼き魚、唐揚げ、昨夜も食べたきんぴらごぼう、プチトマト、れんこんの炒め物、ちくわの磯部揚げがのっている。


 品数が多く凝っていて、日常のお弁当というよりは、運動会など特別なときのお弁当みたいだ。

 今井さんには、運動会や遠足のときだけお弁当を作ってもらっていた。普段のご飯と同じ味のはずなのに、いつもより美味しい気がして好きだ。

 それを思い出して、なんだか心がムズムズする。

 余計な手間をかけさせて申し訳ない気持ちになると同時に、嬉しくて、どんな顔をしたらいいんだろう。ここに誰もいなくて良かった。


 だけど、お弁当はいらないことを崇さんに伝えるべきだろう。余計な仕事を増やして、何も言わずに黙っていることは気が引けてできない。

 私はスマホを取り出し、時間を見る。

 7時5分か。

 崇さんは冬休み中と言っていたし、我が家の仕事も朝が早いものではない。まだ寝ているかもしれない。非常識な時間だろうか。

 LINEならすぐに読むとは限らないから、忘れないうちに送っちゃっても構わないかな。


 悩んだ末、お礼の文章と一緒に、学食を食べているのでお弁当はいらないこと、明日はバイトがないのでお手数ですが料理教室をお願いしますということも書いて、崇さんへ送信した。

 既読にはならない。既読になる方が起こしたかと気になってしまうので、ホッとする。

 スマホをスカートのポケットにしまい、朝ご飯と書かれたタッパーを冷蔵庫から取り出した。温めて食べると、準備して学校だ。



 昼休みになり、真衣がいつものように「学食に行こう」と私の席まで誘いにやってきた。


「それが今日はお弁当なの」


 タッパーを入れた紙袋を鞄から取り出し、机に置いた。


「お弁当なんて珍しいね」


 真衣が睨みつけるように私の紙袋を見る。その視線の意味がわからず、内心、首をひねった。


「真衣もお弁当だよね。ここで食べる?」

「そうだね、そうしよっか」


 前の席の人は他の場所でご飯を食べているようで、空いていた席に真衣は横向きに座り、私の机にお弁当を広げた。

 私もお弁当を広げると、真衣は私のお弁当をじっと見る。


「茜のお弁当、すごく凝ってるのね」

「うん。でも、ほら、真衣のお母さんもいつも凝ってるじゃない」


 そのとき、机に置いたスマホにLINEの通知が届き、ちらっと見えた内容に頬が緩む。


 ――お弁当、初めて作ったから頑張った。


「なんか気合い入れて作ってくれたみたい」

「今のLINE、そのお弁当を作った人から?」

「え、なんでわかるの」

「だって笑うから」

「うん?」


 笑うと、どうして家政夫さんと繋がるんだ。意味がわからない。


「返事、先にしちゃっていいよ」

「え、でも」

「いいから」


 真衣の声には怒ったような響きがあり、疑問が深まった。だけど、どう問いかけたらいいのかわからなくて、とりあえず言われた通りにする。

 私はスマホを取ると、内容をサッと確認した。


 ――お弁当、初めて作ったから頑張った。楽しかったから、どうせ2週間だけだし、良かったら作るよ。


 甘えていいのだろうか。

 返信に迷った。

 甘えるにしても、2日分用意してもらうのはどうなんだろう。

 冬とはいえ、家から昼まで常温で持ち歩くものなので、特に2日目のお弁当を傷まないようにするのは大変じゃないのかな。


 現に、明日の分のお弁当は朝に確認したら、注意点が多く書かれたメモ書きがあった。

 おかずごとにタッパーで小分けに冷蔵庫へ入れてあるので、朝に温めずに弁当箱に盛り付けること、ご飯は冷凍のものを電子レンジで温めてから詰めておかずの入れ物と分けること、ご飯が冷めてから蓋をすること、などだ。

 ややこしくて、それを守ることは煩わしい気がした。なので、


 ――2日目のお弁当は大変そうなので、翌日分だけお願いします。


 と書いて送信した。

 これで、よし。


「ごめん。ありがとう」


 スマホを机に置くと、お弁当に取りかかる。

 真衣は相変わらず私のお弁当を見ている。


「それ、美味しそうね」

「美味しいよ。食べる?」


 私は口にしたばかりの唐揚げをもう一つ箸で取り上げて、差し出した。


「いや、いい」

「そう?」

「うん。それより、茜ってなんか隠してることない?」


 真衣は箸を一旦置くと、真剣な目で私を見た。私は眉を寄せながら真衣を見返すも、何も思い当たらずに当惑してしまう。


「隠してることなんてないと思うよ」

「本当に?」

「うん。てか、変だよ、真衣。なんなの」

「いや、それならいいの」


 真衣は話を打ち切ると、ご飯の続きに取りかかりながら、ドラマの話やクラスメイトのうわさ話など、たわいもない話をした。



 翌日も、昨日と同じように教室でお弁当を広げると、真衣の様子はやはりおかしくなった。


「……今日もお弁当なんだね」


 真衣の声が低い。

 怒っているのか、と不安になりながらも返事をする。


「うん。毎日じゃないけど、ときどき作ってもらうことになったんだ」

「それって誰が作ってるの。今井さんじゃないよね」

「誰って……」

「いや、待って。茜に、内緒にしたいなんて言われたらショックで耐えられない。心の準備をちょうだい」


 真衣は片手を前に出してストップをかける。

 内緒って何。わからず聞き返す。


「真衣?」

「茜、今日はバイトあるの?」


 真衣はまたもや真剣な目でじっと見つめてくる。

 ……えっと、今って一体何の話をしているのだ。

 そんな目をするような話題をしている覚えがない。


「今日は休みだけど」

「よかった。話があるから、放課後に駅前のバーガーショップでね」

「う、うん」


 何がなんだかわからないまま、私は遅くなることを崇さんに連絡しておいた。


        ☆


 放課後になり、私たちは約束通り、バーガーショップで向かいあっていた。と言っても何かを食べるわけではなく、飲み物を買っただけだ。

 私はホットココア、真衣はホットミルクティーである。

 二人きりで話をするときは、たいてい誰もいない我が家で済ませるので、こうして外に呼び出されること自体珍しい。

 崇さんの来る日なので、家で内緒話はしづらいし、ちょうど良かったけれど。

 席についてしばらく待っていたけど、一向に話が始まらない。しびれを切らして私から切り出した。


「で、何の話?」

「うん、あのね……」


 真衣は俯いて、歯切れが悪い。

 日頃、人の目を見て話す真衣にしてはこれまた珍しい。

 時間がかかりそうだな……と私はホットココアを飲んだ。


 ココアが半分まで減った頃、真衣はようやく口を開いた。


「あのね、一昨日見たの」

「何を」

「金髪の男子が茜の家から出てくるところ」


 その言葉を聞いた瞬間、ココアが気管に入ってしまい私は激しくむせた。


「大丈夫?」

「あ、あ……んまり、大丈夫じゃない」


 咳の合間になんとか返答する。真衣が私の横に立って、背中を叩いてくれる。

 何度も何度も咳をして、ようやく落ち着いてきた。


「ごめん、真衣。ありがとう」

「ううん、いいけど」


 真衣は話しながら席に戻る。


「でも、そんなに動揺するってことはやっぱり……」


 やっぱり何なのか、私は真衣を見つめた。

 真衣は真剣な顔で、身を乗り出すようにした。


「あの人と付き合いだしたの?」

「は」

「金髪の人。彼氏?」

「か、彼氏っ?」

「茜がクリスマスパーティー断ったのって、実は彼氏ができたからなの?」

「えええっ」


 思いがけない内容にびっくりしてしまう。


「茜がどんな人と付き合っても、茜の自由だってことはわかってる。でも、私、心配で。なんかヤンキーっぽいし。だけど、あの人がお弁当を作ってくれてるなら、悪い人じゃないのかなって思ったりもして、モヤモヤして」

「えっと、真衣」

「結局のところ、内緒にされていたのが悲しいのかなって思う。茜、そういうことは自分から言うタイプじゃないってわかってたつもりけど、いざそうなると、私のことを仲のいい友達って思ってくれてないのかなって」

「待って待って待って」


 まくし立てる真衣を私は必死になって止めた。何度も首を横に振る。

 真衣は一息ついてから私を見た。


「何、茜」

「大事なことだからしっかり聞いて。崇さんは彼氏じゃないから。あ、崇さんというのは真衣が見た金髪の人。2週間だけ、今井さんの代わりに来てくれる家政夫さんなの」

「は?」


 真衣が目を見開いて固まった。

 私はもう一度繰り返す。


「あの人は家政夫さん」

「家政……夫?」

「うん」


 私が頷いたことを確認すると、真衣は脱力して机にうつ伏せになった。


「なんだ……私一人で先走って勘違いして、恥ずかしすぎる。穴があったら入りたい」

「真衣が私のことを、とても大切に思ってくれているのはわかった。ありがとう」

「えーでも、金髪のあの人が家政夫さん? あんな身なりの人がそんな仕事できるの。いや、偏見だってことはわかってるし、お弁当を見る限りじゃエキスパートっぽいのもわかるんだけど」


「まあ、私も似たようなことを思ったし、気持ちはわかるよ。でも、どうなんだろ。ヤンキーなのかわかんない」

「どういうこと?」

「まだ会ったばかりだし、ヤンキーですか、なんて聞けないじゃん。でも、20歳で金髪っていうとヤンキーとは限らないよね。私たちと違って何色に染めるのも自由なんだし、単なるオシャレで金髪にする人もいるでしょ」

「え、20歳?」


 真衣は身を起こす。


「20歳ってあの金髪の人が!」


 私は頷く。


「ちらっと見ただけだけど、高校生かと思った! 高校生だと思ったから、彼が何者か考えた時に、家政夫は選択肢に入らなかったのよ」

「あー……本人も童顔は気にしてるっぽい」

「いいこと聞いた。もし何かあったら童顔をいじってやろう」


 真衣は意地悪そうに微笑むと、もう冷めているであろうミルクティーを一気に飲んだ。


「それにしても、こんなことなら一昨日に訊いておけば良かった」

「一昨日ってケーキを渡しに行ったとき? 何か言いたそうにしてたのって、このことだったんだ」

「そう。茜が自分から言い出したがらないことを詮索するのもなーと思って、訊くのを我慢したのよ」

「彼氏なんてできるかわからないけど、もしもできたらちゃんと報告するよ」

「絶対だよ! 私もちゃんと言うからね」


 真衣は「指切り」と言って小指を差し出すので、笑いながら小指を絡めた。


「で、えーと、崇さんだっけ? 家のこと色々やってもらうのに、男の人でも大丈夫なの」

「大丈夫って何が?」


 私は首を傾げた。


「家の中をあちこち見られるのに、変なやつだったり、ストーカーになるようなやつなら困るじゃない」

「ストーカーって考えすぎだよ。私モテないし」

「あのねぇ、モテるモテない関係なく、女は用心深いくらいでちょうどいいの」


 私は目を瞬いた。


「そうなの?」

「そうなの。だいたい、茜のことをいいなあって見てる男子はいっぱいいる」

「いやいや、それはないよ。告白とかされたことないし」

「それは茜が話しかけてくるなってオーラ出すからだよ」


 真衣は頬杖をついて、半眼になってこちらを見た。


「私、茜を紹介してくれって男子何人かに頼まれたことあるもん。クリスマスだって、茜を絶対に連れてきてくれってお願いされてるんだよ」

「ええっ」


 思いがけない話に、戸惑いばかりで反応に困る。


「で、その家政夫さん。茜にしては、いきなり名前で呼んで親しくなってるけど、変なやつじゃないのね?」

「うーん、たぶん。一回会っただけだし、親しくってほどじゃないけど、あっちが名前で呼んでくるから、なんとなく私もね。お父さんと私、両方が桂木さんだとややこしいからって」

「おじさんは家にほとんどいないじゃん」

「うん、それも言ったんだけどね」


 はあーと真衣はため息をついた。


「おじさんも仕事に一生懸命なのはいいけど、うちの家族が茜の親代わりになっていて、ちょっとどうかと思うよ」


 まさにその通りで苦笑した。


「親子二人きりなんだから、茜のことをもっと気にかけたらいいのに。おかげで私、茜のお姉ちゃん気分で心配しちゃうのよ」

「お姉ちゃんって、同い年じゃない」

「でも、私は4月生まれだし、えーと、茜より8ヶ月もお姉さん!」


 と真衣は指折り数えて、8と示した指を私に向けて突き出す。


「はいはい、お姉さんお姉さん」

「なんかバカにされてる気がするのは、なぜ!」

「気のせい、気のせい」


 私も息をつく。

 ……誕生日ねぇ。


「とにかく、うちがお世話になってる、家政婦紹介所の所長さんの息子さんらしいよ。親の会社での仕事で変なことはしないんじゃない?」

「御曹司ってこと? 茜、付き合えば玉の輿よ」


 私はぷっと吹き出した。

 確かに、社長令息や御曹司と言えるけど、崇さんには似合わない肩書だ。


「小さな会社だし、そんな大騒ぎする相手じゃないよ」

「ふーん。とにかくさ、どんな人か見てみたい」

「えっ」

「今日はいるの?」

「いるけど……」

「じゃ、帰りに茜の家に寄って帰るね」

「……わかった」


 真衣はこうと決めたら曲げないところがあるので、私は反論をする前に諦めた。

 スマホを取り出すと、友達を連れて帰る旨を書いて、崇さんへ送った。

 料理を教えるために待ってくれているのに、教わる時間がなくなったらごめんなさい。心の中で謝っておく。

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