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村の生活 3

 昼時になり、俺は妻と並んで木陰に腰かけていた。


「はい、お弁当」


 というアリシアの言葉通り、昼食を一緒に食べるためだ。手際よく敷物の上に三段重ねの『お重』のような物が広げられていく。

 まだ彼女と結婚する前、こちらの世界に来てからまだ間もなかった頃に元の世界での日用品について話したことがあった。

 その中に重箱も含まれていて、少しでも俺の気持ちが紛れるようにと彼女が村の木工細工師に頼み込んで作ってもらったという思い出の品だ。

 ただ、もれなく不覚にも泣いてしまったことまで思い出してしまうのが困ったものではあるが。


 言い訳をさせてもらえるなら、元の世界に由来する品だったことよりも、アリシアの優しさに胸をうたれてしまった、ということになる。

 この世界にやってきたのは事故のようなものではあったが、そんな俺でも迎え入れてくれる人がいる。そう思うだけで自然と涙がこぼれたのだった。


「どうしたの?」

「少し、昔のことを思い出していたんだ」


 心配そうに覗き込んでくる妻の頬を優しくなでる。

 出会ったその瞬間には気になる存在になっていたのだが、彼女のことをもっと知りたいと考えるようになったのはあの時からだったのかもしれない。そう思うと自然と口角が上がっていた。

 そしてそんな俺の微笑みが無理をしているものではないと分かった彼女もまた、笑顔を浮かべてくれる。


 ……はっ!?

 あ、危なかった。思わず見とれてしまい、時間も場所も状況も弁えずに押し倒してしまうところだった。


「さ、さあ、せっかくアリシアが作ってくれたのだから、温かいうちに食べようか!」

「ふふっ。残念だけど、お弁当だからもう冷めてしまっているわよ」


 不埒な考えを追い出そうと慌ててトンチンカンなことを言った俺を妻が優しくたしなめる。

 その目は全てお見通しだといわんばかりに、ほんの少しだけ妖艶に輝いていたのだった。


「昼からはどうしようか?」


 ドギマギしながら重箱の弁当を突きつつ――中身は全てサンドイッチだったので、正確には手掴みだ――午後からの予定について話し合う。


「うーん……。あ、そういえば村の貯蔵庫のお肉が残り少なくなっているみたいよ」


 村での仕事は俺も妻も基本的には午前中だけで終わる。よって午後からは自由に時間が使えるのだ。

 ちなみにこの世界では一週間という区分がないため、五日働いては一日休むというサイクルで活動することにしている。

 当然、巻き込む形で村にもその流れが普及していくだろうとは思っていたのだが、算盤の件で訪れた領主の目に留まったことで、あっという間に領内全てに普及してしまった。


 一か月が三十日なのでちょうど五回で割り切れることも、普及決定の一助となったのだとか。

 実は一か月以下の細かい暦の決定権は各領主に委ねられている。それというのも、土地ごとに作物栽培の目安となる日取りが異なっているからである。

 国として一律に決めたところで上手くいかないことを経験則的に知っており、それならそれぞれの領主に任せてしまえ、ということであるらしい。


 今では『太陽の日』から始まり『火の日』『水の日』『風の日』『土の日』、そして『月の日』の六日で『一廻(ひとまわ)り』という呼称まで定着し始めている。

 日曜日と月曜日が逆になってしまっているので、なぜか発案者の俺が一番混乱するという事態に陥っていることを知っているのは妻だけである。

 もっとも揶揄(からか)うことにしか使われることはないのだが。そんな無邪気な姿すら可愛いと思ってしまうのは惚れた弱みというやつなのだろうか。


「それじゃあ、久しぶりに狩りに出るか?」

「そうね。本格的に足りなくなる前に確保しておくべきよね」


 初夏のこの時季は森の動物たちの動きも活発なため、村や俺たちの家の周りに仕掛けた罠だけでも食料となる肉を確保できることが多い。

 しかし、そこは管理も何もしていない野生動物の動きだ。時には不足気味になることもあるのだ。

 方針が決まったところでちょうど重箱の中も空になっていた。


「ご馳走様。今日も美味しかったよ」

「お粗末さまでした」


 妻から返ってきた言葉につい笑みがこぼれてしまう。先ほどは焦ってすっ飛ばしてしまったが、食事前には「いただきます」、食後には「ごちそうさま」と挨拶するのが俺たちの間では当たり前になっていた。


「どうしたの?」

「すっかり俺の癖がうつってしまったと思ってな」

「二年近くも一緒にいるのだからうつるのも仕方がないと思うわ」

「いや、別に悪いと言っているんじゃないんだ。ただ、ほら、元いた世界での習慣だったから!」


 ぷくっと膨れた頬を突く余裕もなく、慌てて弁解する。


「いいじゃないの。食べ物に、そして生き物に感謝する。私はその考え方好きよ」


 すると妻は一転して笑顔でそう答えのだった。

 はあ、どうやらまた軽く揶揄われてしまったようだ。今の俺にとって『亭主の威厳』というものほど縁遠いものはないな。

 まあ、彼女の口から「好き」という言葉が出ただけドキリとしてしまうようでは習得など夢のまた夢か。そんな今の関係も心地良く感じていて、嫌いではないし。


 そうやって俺たちは午後の一時をのんびりと過ごしたのだった。


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