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空の上の竜の背にて

「それでは魔法を使います」


 飛び立つ姿を誤魔化すために思い付いた方法というのは、魔法を使う事だった。一つのイメージを頭の中に強く思い描く。


「光よ、空の彼方へと帰れ!」


 イメージを解放すると共に周りを囲っていた村人たちからどよめきが上がり始める。

 その中から「消えた!?」とか「どこへ行ったんだ!?」という悲鳴じみた叫び声が聞こえてきたことで成功を確信する。


 俺がイメージしたのは、四方八方からこちらへと注がれている可視光線を全てはるか上空へと向けるというものだった。これによって無理矢理姿を消したという訳だ。

 多少制御が甘くても暗ければ見逃されるだろうという理由で夜を選んだのだが、これならば昼であっても無事に出発できたかもしれない。


「え?え!?」

「な、なにが起きたって言うんだ!?」


 しかも内側からは何も変わったことがあったように見えないという、元の世界の自然科学からは逸脱している無茶苦茶な理論である。

 しかし、こちらは魔法などという非科学の代表のようなものが実在する世界なのだ。終わり良ければ全て良し、という事にしておこうじゃないか。

 同時に、心のどこか冷静な部分では中二チックな言い回しをしてしまったことを、これは後で絶対後悔しそうだな、と分析していたのだった。


「レトラさん、今です!」

「しょ、承知しました!」


 強引なイメージであったためか、それとも範囲を広くし過ぎたためかは分からないが、体の中のある力、魔力が急速に減少していくのを感じた。

 長くは保たないと感じた俺は、慌ててレトラ氏に飛び立つように伝えた。


 力強い羽ばたきと、下から突き上げてくるような感覚に耐えられずに座り込んでしまった数秒後、俺たちは大空の中にあった。

 ほっと安心した瞬間には魔力の減少は止まっていた。魔法を維持することができずに切れてしまったようである。


「このまま目的地へと向かいます」


 レトラ氏の言葉がひどく遠くに聞こえていた。体の中の魔力がごっそりとなくなってしまった反動なのか――精神的にだけではなく、体に力が入らないために物理的にも――頭が重くなっていたためだ。

 せっかくの空の旅を楽しむ余裕などなく、俺はレトラ氏の背中でダウンしていたのだった。

 気を失う直前、妻が俺の頭をそっと彼女の太ももの上へと導いてくれたような気がしたのは、何かの願望の表れだったのだろうか?




 数時間後――まだ周囲が暗かったため、そう判断した――に目が覚めた時、俺の頭の下にあったのはしなやかさと柔らかさを兼ね備えた極上の太もも、ではなく丸められた毛布だった。

 残念、やはりあれは気を失う直前に俺の本能が見せた願望だったようである。

 しかし、妻に「おはよう」と挨拶したのだが、なぜだか顔を背けられてしまった。後、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべているバリントス(おっさん)が鬱陶しい。

 いや、バリントスのことはどうでもいい。それよりも妻だ。


「アリシア?大丈夫かい?」


 すぐに見えなくなったが、その顔は赤くなっていたようだったのだ。

 他人のことを優先する傾向があることと我慢強いことが重なって、妻は体調を悪くしていても口にしないことが多い。

 バリントスたちの襲来以降、密かに心労を溜まっていた可能性がある。それが一気に噴き出したのではないかと思ったのだ。


「へ、平気よ。何でもないわ」

「本当か?ちょっとでもおかしいと感じたら、すぐに話してくれよ」


 少し返事に詰まっていたことが気にかかったので再度念押しすると、妻は素直に頷いたのだった。

 とはいえ、それでも無理をしてしまうのが彼女の悪い癖だ。せめて無茶にならないようによくよく見守っておくとしよう。


 それにしても静かだ。真夜中で周りが見えないため、とてもではないが空を飛んでいるとは思えない。


「あれ?アリシア、ちょっと聞きたいんだが?」

「なあに?」

「えっと、今、空を飛んでいるんだよな?……いや!風も何も感じられないから不思議に感じただけだぞ」


 尋ねた瞬間に妻の顔が真っ青に変わった気がして、慌てて言葉を付け足す。


「……ふう。驚かせないで。てっきり魔力の欠乏が悪い症状を引き起こしてしまったのかと思ったわ」

「ごめん」


 と謝りながらも俺の顔が引きつってしまっていたのは仕方のないことのはずだ。

 何せ「魔法の特訓!」と称した妻から、魔力切れでぶっ倒れるまで魔法を使わせられたことは十回や二十回どころではない程にあったのだから。

 よく今までおかしな症状が現れなかったものである。その幸運を喜べばいいのか、それとも魔力切れを起こす程の訓練をさせられていた不幸を嘆けばいいのかと悩んでしまう俺だった。


 ちなみにその特訓の方法だが、彼女の放つ攻撃魔法――当たれば確実に大怪我するくらいのもの――を防御するという、シンプルかつデンジャラスなものだった。

 うむ、確実に不幸だな!不幸なのだが、その結果が今の妻との関係に繋がるとすると、強くは言えないと思ってしまうのだった。


「いいかしら?私たちが風を感じないのは、レトラさんのお陰よ」


 そんな風に俺が内心で葛藤を繰り広げていると、妻が説明を始めてくれた。


「ドラゴンという種族は鳥などように単に体の動きだけで飛ぶのではなく、本能的にいくつもの魔法を駆使して飛んでいるの。その一つがこれ、自らの周囲に風の繭を作り出すというものよ。ドラゴンが嵐の中でも平気で飛び回れるのは、この魔法があるからだと考えられているわね」


 いや、単に体の動きだけで空を飛ぶという事も相当に凄いことなのではあるが……。だが、言われてみれば確かに魔法の補助なくしては竜の巨体を大空へと持ち上げることなどできないだろう。

 そういえば村にやってきた時にレトラ氏は広場でホバリングをしていたな。あれもまた魔法の効果、という事なのだろう。


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