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歓迎会という名の宴会

 村にとっては俺以来の約二年ぶりの新顔であり、純粋な客という意味では初めてかもしれない来訪である。

 模擬戦が終了したところで広場には料理や酒が並べられて、一気に歓迎会へと雪崩れ込んでいくことになった。


 そう、歓迎会だ。

 めでたい席なのである。


 例え模擬戦でボコボコにされた上に全敗させられたとしても笑顔で対応しなくてはいけないのだ


「ヒュート、また眉間にしわが寄っているわよ」


 妻が笑いながら俺の顔を白魚のような指先で突く。

 ……仕方がないだろう。俺だって男だ。負けっぱなしというのはやはり堪えるものがあるのだ。

 憮然としていると妻は再び「フフフ」と小さく笑い始める。

 それを見てさらに不機嫌になっていく俺。


「ごめんね。……でも少し安心したわ」

「安心?」

「ええ。だって最近のヒュートったら私に負けても平然としているのだもの。勝つことを諦めてしまっているのかと心配になっていたのよ」


 いや、平然としていたつもりは全くないのだが……。

 これでも必死に知恵を絞って毎日訓練に臨んでいる。負ければショックだし、凹むことだってある。そういう意味からすると、今日のバリントスとの戦いは、俺の立てた作戦が初めて上手くいったものだったと言えるのかもしれない。


「毎日負けた後は落ち込んだりしているんだぞ」

「そうだったの?最初の頃のように悔しがらなくなっていたから、負けることに慣れてしまったのかと思っていたわ」


 訓練の相手は今や愛する妻なのだから、負けたからといって憎しみの炎に焼かれることもなければ、悔しくて眠れなくなるようなこともなくて当然だろう。


「ちょっと待て、こっちに来てすぐの頃でも、負けたからといって大仰に悔しがったことはなかったはずだぞ!?」

「あら?そうだったかしら。あ、あっちの料理も美味しそうね。取って来るわ」


 捏造を指摘されたというのに妻は涼しい顔のままで、しかし上手いこと理由を付けて逃げて行ったのだった。

 悪戯っ子め。家に帰ったら甘やかすより前にお仕置きしてやろうと心に決める俺だった。


 妻にあしらわれたことが良かったのか、頭の方はすっかり冷えていた。また、一人になったことで周囲の声もよく聞こえるようになっていた。

 久しぶりの娯楽の後、久しぶりの宴会ということもあって、どこもかしこも笑い声に満ちていた。時折羽目を外し過ぎたのか、男性が謝っているような文句も耳に届いたりしていたが、まあ、許容範囲の内か。


 男性陣の大半は酒を置いてある周辺に集まっている。どうやら俺の負けっぷりやバリントスの人外めいた強さを肴にしているようだ。

 村長や一部のご年配方はレトラ氏の歓待をしながら色々と話し合っていた。難しい内容も含まれていたようだが、合間に酒や食べ物を摘まんでいたので、それほど暗い話という訳ではないのだろう。


 一方女性陣はというと、奥様たちの多くは食べ物を山盛りにしている机の側に集まって世間話に花を咲かせていた。

 妻もここに混じっていたのだが、頻繁に「うちの旦那ときたら」という台詞が飛び出しているのが少し怖い。

 仲間との再会に妻も高揚している部分があるようだ。悪戯っ子が継続している可能性も高いので、そちら方面に耳をそばたてるのは止めた方が賢明かもしれない。


 未婚の若い女性たちも一所に集まっていたが、こちらの話題の中心は恋愛のようだ。

 誰と誰の仲がいいとか、最近村の少年が逞しくなってきたとかいう話の合間に黄色い声が上がっていた。うむ、俺にはもう妻もいることだし、こちらにも近寄らない方が無難だな。

 青少年たちよ頑張ってくれたまえ。


 そして子どもたちはというと、元気にあちこちを走り回っていた。

 村の性格上、こうして騒ぐ機会はほとんどない。場の雰囲気や熱気に当てられてしまったとしても仕方がないことだ。

 ちょうど近くを走っていた一人を捕まえて、怪我にだけは気を付けるようにと言っておく。すぐに忘れてしまうかもしれないが、言わないよりはマシだろう。


 そういえば歓迎するべき相手であるバリントスの姿が見当たらない。少し前まではそれこそ子どもたちと一緒になって料理を貪り食っていたのだが。

 迷子になって村の外に出てしまったとしても彼の力量なら何の問題もないだろう。

 どちらかと言えば酔ってしまって力加減ができずに、環境破壊を引き起こしてしまわないかの方が心配だ。

 この場で俺が果たすべき役割がある訳でもなし、バリントスのことを探してみることにするか。

 そう決めると、笑い声の響く広場から遠ざかって行った。


 バリントスはすぐに見つかった。門の隣にある物見櫓に立ち、一人静かに空を眺めていたのだ。


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