第8話:倉庫での密会②
「話の続き? ってことは、もうある程度は儀式について知ってるの?」
凛音の問いかけに、ヘクトは肯定を意する言葉を答えた。それを聞いてどこかホッとしたような表情を見せた凛音に、その理由を問わんとするヘクト。しかし、ベルゼブブの「こほん」という可愛らしい咳き込みに制止された。
「お話を続けますね。お二方に何より聞いて欲しいのは、此度の儀式が異質である事なのです」
ベルゼブブのその言葉に、「「異質?」」と訝しがる二人の声が重なった。
「はい、異質……なのです。ヘクト様にはお話ししましたが此度の儀式は数百年ぶり。執り行われるにしては些か周期が早すぎるのです」
「早すぎる……? 数百年ぶりなら長い年月が経っていると思うんだが」
ヘクトの素朴な疑問に、「はぁっ」と大きく溜息をついたのは凛音。そして、憮然とした態度をとりながらヘクトを睥睨すると、
「あのね〜、悪魔っていうのは人間と違って長命なのよ。多くの悪魔は十年で一つ歳をとるって言われているほどにね。そうするとほら。数百年ぶりっていうのが早いってわかるでしょ?」
やれやれ、と言わんばかりに両手を上げると、呆れたような顔でかぶりを振るのであった。
その凛音の要を得た説明に、ヘクトは合点がいったと右手に作った握りこぶしを左の手の平に打ち付ける。
「まったく……、ヘクトのこの手のことに対する無知蒙昧ぶりは考えものね。それでベルちゃん、そんなに早く執り行われるようになった要因は何なの?」
凛音は、ベルゼブブにそんな問いを投げかけた直後に、ハッとした表情をした。「しまった」と言うようなそんな顔である。
魔王を選出する儀式と言うことは、当然魔王が存在しない折において執り行われる儀式なのである。そして、目下凛音の視界に映っている赤髪の少女は、先代魔王の娘であると名乗った少女。そんな少女に投げかける問いにしては、些か節度のない問いであったことは言うまでもない。
凛音は、ぽりぽりと頬を掻くと、申し訳なさそうな表情でベルゼブブに謝罪をした。すると、ベルゼブブは「気にしていません、気にしていません」とかぶりを振ったが、やはり、どこか暗然とした様子であった。
「その要因はですね……、先代様が何者かに暗殺されてしまったからなのです」
先程までは然程気にならなかった古びた倉庫の埃っぽさと黴臭さが、一斉に襲ってきたようにヘクトは感じた。
「あ、暗殺された……? それはまた、穏やかじゃないな」
「えぇ、全くその通りなのです。先代様は、決して弱いお方ではありませんでした。寧ろ、誰よりも強くて、誰よりも優しくて。なのに……、殺されてしまったのです。あんなに無惨に……、私の……は……」
震える声で涙を流すベルゼブブの頭を、ヘクトはポンポンと優しく叩く。ベルゼブブは「ごめんなさい」と小さくこぼし涙を両手で拭うと、じっとヘクトの顔を見据えると、
「儀式で、最後まで勝ち残った"番"には、それぞれの願いを叶える権利が与えられることはお伝えしましたね。……お願いです、ヘクト様。どうか、その権利で復讐を成し遂げるため、ベルのお手伝いをしては頂けませんか?」
未だにたどたどしい声で、そう懇願するのであった。
デイヴに云われた言葉もあり、もはや答えあぐねることもないとヘクトは思ってはいたのだが、どうにも今朝方の巡回で出会った子供達の笑顔や、忘れることのない記憶が脳裏に浮かぶ。そして、ベルゼブブの"復讐"というその言葉を素直に受け止めることができなかったため、即座にベルゼブブの望む応えを紡ぐことができなかった。
そんなヘクトの考えを知ってか知らずか、凛音がそっとベルゼブブの肩に手を置いた。
「駄目よ、ベルちゃん。腐ってもヘクトは騎士なのよ? それも、無駄に正義感に溢れてるっていうオマケ付きのね。だから、"復讐"、なんて言葉じゃヘクトは動かせないわ」
「で、でしたらどうしたら良いのでしょう……?」
不安げな声で、うつむきながらそう漏らすベルゼブブ。凛音は、前髪をいじりながら、「ふうむ」と唸った。
「先代魔王を暗殺したその犯人。一体、どんな動機でそんなことをしたのかしら。何か思い当たる節があったりしないかしら?」
「いえ……。先程も言ったように、魔界において誰よりも優しいお方でしたから」
「……うん。なら、動機は見えたも同然ね。怨みを買うような悪魔じゃないのなら、狙われたのはきっとその地位の方ね。その犯人は、魔王になりたがっている。だったら、この儀式に参加して来るんじゃないかしら。……うーん、魔王に殊になりたがる悪魔ね〜。文献から何か出て来るかしら? まぁ、それは置いといて、閑話休題、閑話休題〜」
「えっと、凛音様?」
「つまりよ、ベルちゃん。復讐なんて恐ろしいことは、闘いの中で済ましちゃって、願い事は違うことを叶えて貰えばいいんじゃないかしら?」
小首を傾げるベルゼブブに、凛音は柔和な笑顔で答えてやる。しかし、その答えが予期していなかったものであったのか、ベルゼブブは豆鉄砲を食ったような表情になる。
「し、しかし、違うお願い事なんて考えたこともありませんでした……」
「なら、今から考えれば良いだけのことよ。何なら城内を闊歩でもしながらね。ヘクトは、午後から暇……なわけ無いわよね〜」
急に、話を振られ一瞬たじろぐヘクトであったが、
「んいや、今日の午後と明日一日中と非番になったんだ」
「そうなの? な〜ら、あたしも今日はサボって明日は有給取っちゃおう。じゃあ、ベルちゃん。今から色々案内してあげるわ。あんまり、こんな所に長居しても怪しまれちゃいそうだしね」
「こんな場所って。お前が連れて来た場所なんだろう? なんだって旧倉庫にしたんだよ」
そんな、訝しがるヘクトに、「ちょっとね」と凛音は生返事をすると、「確かこの辺に〜」と呟きながらガサゴソと収納箱の中を弄る。そして、お目当ての物が見つかったのか、満足げな表情で何かを懐に仕舞うと、ニヤッという笑みを浮かべながら振り返り、
「さぁ、ベルちゃんの願い事を探しに行きましょう!」
勢いよく古びた倉庫の扉を開けたのだった。