第7話:倉庫での密会①
こんにちはっ!
今回は、少し長くなってしまったので話を二つに分けようと思いますっ!
ヘクトがデイヴと謁見をしているちょうどその頃。
ベルゼブブはというと、ホネストの案内を受け、この国の魔術師達の工房に来ていた。
その工房には独特な匂いが漂っており、それに相応しい光景がベルゼブブの目に映る。
そこにいる魔術師と思われる人々が、薬品の配合に勤しんでいたのだ。
周りを見ると他にも、紙に羽ペンで何かを書きなぐっている者、何かを作っている者がいる。各々が自分の事に集中して、誰一人としてベルゼブブの方を見向きもしない程の熱中具合である。
人間の魔術師が、どのような魔術を使うのか密かに楽しみにしていたベルゼブブは、疑問を抱かずにはいられなかった。「彼等は何をしているのか」と。
ベルゼブブは、目前の光景を不思議そうに見回していたのだが、ホネストが話しかけたことで、その思案を妨げられた。
「ベル様と申されましたか。彼方の方がこの工房の主任に在らせられる凛音様にございます」
「あの方が……ヘクト様の最も信用出来るお方……?」
ヘクトの会話から、ベルゼブブの名前を覚えていたホネストは、手を開くと指先を凛音の方へと向けると共に凛音の紹介を簡単に済ませる。しかし、その表情はどこかバツの悪そうなもの。
その紹介を受けたベルゼブブも、新たな疑問を抱いているようだった。
それは、ホネストがこの工房の主任と紹介し、ヘクトに至っては、最も信用出来る人物とまで言っていた魔術師が、堂々と顔を伏せ眠っていたからである。枕がわりに組まれた腕からは、何とも幸せそうな表情が垣間見える。
しかし、そんな姿はいつものことなのか。ホネストは、大きく溜息を吐いたものの、動じることはなくベルゼブブを連れ凛音に近づいた。
「主任。主任。お起きください」
「う〜ん、な〜に〜、ホネスト。貴方がいつも起こしにくるのはもう少し後のはずでしょう?」
「何故そのようなことを記憶しておられるのかは、後ほど言及させていただきます。それはそれとしてお客様にございます。ヘクト卿が治療をして欲しいと」
「何? ヘクト〜? あいつ、昼ごはんの時に話そうとか言って結局来なかったのよね〜。まぁ、あたしも調べ物が思うように捗らなかったから人のことを言えないんだけど」
どこか憮然な態度で、大きな欠伸をしながら背伸びをし、伊達眼鏡をかける凛音。そして、ようやくホネストがお客様として連れてきたベルゼブブが怪我を負っていることを視認し、周章狼狽する。
「うわっ、どうしたのこの娘!? 傷だらけじゃない!?」
「ですから、こうして主任の元にお連れしたのです」
「だったら、もっと慌てなさいよ! じゃあ、早速治しましょう! こっちに来てくれるかしら?」
そう言うと凛音は、素直に側に寄ってきたベルゼブブに手を翳し、「害ある場所に利は実る」の詠唱を唱えた。
すると、傷口同士が自ら元の状態に戻らんとするように、傷口は徐々に塞がっていった。どうやら、乙女の柔肌に傷跡を残すこともないような完璧な治療のようである。
それを見たベルゼブブは、目を輝かせて驚いた。今の今まで、華麗に眠り仕事をサボっていたと思われる少女が、滅多とお目にかかれない不二の魔術を使ったからである。
「い、今のは不二の魔術ですか?」
「えぇ、そうよ。可愛い赤髪のお嬢さん? そういえば、ホネスト? 確認するのを忘れてたけれど、ちゃんと魔術の使用許可は降りているのよね?」
「いえ、降りておりません。緊急でしたので」
ホネストのその返事は、凛音は驚愕させた。目を見開いて、口も開きっぱなしになる程である。
「なん、です、と?」
「ですから、降りてないのです。なので始末書をお書きください」
「どういうつもりなのかしら? ホネスト? 蹴り飛ばすわよ?」
それを、聞きホネストは含み笑いをする。その表情は、凛音をどこか小馬鹿にしているようであった。
「徒らにお書きになる始末書を増やしたくなければおやめください。お茶目な執事のうっかりミスにございます」
「そうよ、そうだったわ。忘れていたわ、あんたのその嫌な性格を」
凛音は、諦めた様子で机の下にある棚の一番下の段から始末書を取り出し、しぶしぶ書き始める。すっかり置いてきぼりのベルゼブブは、恐る恐る様子を伺いながら開口するのであった。
「あ、あの、ありがとうございます。治療していただいて」
「あぁ、はいはい。大丈夫よ〜」
凛音は、始末書に目を向けたまま、丁寧に辞儀をするベルゼブブに返事をする。始末書を書いている凛音を見て含み笑いをしていたホネストは、それまでベルゼブブの存在を忘れていたようで、一瞬ハッとした表情になると再びベルゼブブに視線を送った。
「ベル様、この後はどうなさるのです?」
「えっと、ヘクト様に凛音様といるようにと言われてますので」
ベルゼブブが、そう答えるとホネストは「左様ですか」と簡単に答えると、部屋の片隅にあった椅子をベルゼブブの元にへと持ってくると、これに座るように促した。
そして、次に「私めは他に仕事がありますので」と一言残すと、一礼をし部屋を出て行ってしまう。
ホネストが出て行ったのを確認した凛音は、急いで棚を漁り一枚の紙を取り出す。……過去に書いた始末書であった。
そして、その中の文章を引用すると早々に始末書を書き終えた。そして、カンニング少女は満足げな表情で視線を、始末書からベルゼブブにへと移した。
「ふぃ〜。始末書完了っと! さてさて、お客様の前でまた眠るのもなんだし? お茶でも飲みに行く? えっと、ベルちゃんでいいのかしら?」
「は、はい。ベルで構いません。えっと、お茶もいいのですがお話がしたいです、凛音様」
「おっ! ガールズトークってやつね。いいわよ。さてさて何について話しましょうか? 色恋についてはあんまり話せないのよね〜。それ以外なら何でもいいわよ?」
「それでは、ヘクト様が選出された儀式についてはどうでしょうか?」
ベルゼブブの言葉を聞いた凛音は、あからさまに表情を変えた。そして、勢いよく立ち上がり、ローブを急いで羽織ると、薬品を混ぜていた魔術師の一人に何かを伝え、ベルゼブブの手を引き歩き出す。
「場所を変えましょう、ベルちゃん?」
「は、はい」
口元に笑みをこぼし、目が据わっている凛音。先ほどまで愉快であった少女の突然の変貌に、戸惑うベルゼブブは、手を引かれるままに歩くことしかできなかった。
そんなベルゼブブが、ようやく平常心を取り戻し、ちゃんと質問をすることが出来たのは、ちょうど廊下に差し掛かった時である。
「あのっ! これからどちらに?」
「決まってるでしょう? 誰にも話を聞かれないところよ」
「あ、あの! し、仕事はよろしいのですか?」
「あぁ、心配しないで。人手は十分足りてるから。貴女ならあれを見てすぐに思ったんじゃない? あんなの魔術じゃないって。この国では、魔術は悪も使うからって特定の人物以外が、魔術を勝手に使うことを禁止しているのよ。他の国じゃ魔術を使って、国の財政を支えたりしてるっていうのにね。だから、魔術とは違うことを私たちにさせて、そこの所を補わせているの。それを発展させて生活の役に立つものを作るのがあたしの仕事なんだけど、あたしはあの手のことは嫌いなのよね。れっきとした魔術師だし。さて、着いたわよ」
ベルゼブブが、儀式のことを口に出したことで、彼女が悪魔であるということまではわからないが、少なくともこの国で禁じられている魔術に精通していると存在であることを悟ったようである凛音。
気分が昂ぶっているのか、ベルゼブブの問いに一言二言簡単に答えると、別段聞かれていないことまで喋り出す。
そんな彼女が連れてきた場所。
そこは、かなり使い古された倉庫だった。埃が舞っていることから普段、人の出入りが少ないことが見受けられる。
その中に入ると凛音は扉を閉め、暗がりとなったその中で、短く詠唱を唱えると、天井に魔術で光を灯す。薄明かりの所為で、顔に影が差し、不気味さを増した凛音を前に不安になったベルゼブブは、堪らず声を上げた。
「ヘクト様は来られるのでしょうか?」
「えぇ、ちゃんと来るわよ? 部下に言ってあるわ。古い方の倉庫に荷物を取りに行くからヘクトが来たら手伝いに来るように言っとけてね。うふふ、まずは自己紹介をしてくれるかしら? ちゃんとしたやつをね」
ベルゼブブが、ヘクトにした様に自己紹介をすると、凛音はますます口元を歪ませる。
「先代魔王の子ども! そう。うふふ、素敵よ」
「は、はい。それで儀式についてなのですが」
「それなら大丈夫よ。知ってるから。協力だってしてあげるわ。あぁ、そうそう。一つだけ確認なんだけど、最後まで勝ち抜いた番はどんな願いも叶えて貰えるのよね?」
「……どんな願いも叶います」
「そう、ありがとう。それだけよ」
そんな時、不意に倉庫の扉にノックがされる。そして、「入るぞ」と倉庫内に響く声。
その声は、凛音もベルゼブブもよく知っている声であった。
ベルゼブブは、よほど不安であったのか。
「ヘクト様ぁ!!」
と、叫びながら扉を開けると、扉に手を掛けようとしていたヘクトに勢いよく抱きついた。
凛音より背が低く、胸もあまり実ってはいないとはいえ抱きついてきたのは少女。ヘクトは思わず頬を染めた。しかし、次に何かを悟ったようで、呆れたような表情で凛音を見つめた。
「凛音? 何女の子を怖がらせてるんだよ」
「……怖がらせた覚えはないんだけど。でも、もしそうならごめんね。ベルちゃん? あたし、少し興奮しちゃって」
「い、いえ。大丈夫です」
涙目で鼻をすするベルゼブブ。柔らかな表情に戻った凛音を視認すると、そこでようやく自分がヘクトに抱きついていることを意識したようで、謝辞を述べた。
そして、ヘクトから離れ近くに置いてあった木箱に「よいしょ」と掛け声をかけて座る。そこで、ようやく一息つけたようで、表情も安堵のものとなっていた。
しかし、その安堵の表情も束の間。ベルゼブブが、次に見せたのは真剣な表情そのものであった。
「それでは、凛音様も合流されたのでお話の続きをさせていただきますね、ヘクト様」
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