第4話:築き上げられた惨劇
今回は少し短めです。
……ヘクト達が教会へ向かう数十分前。
厳しいパイプオルガンの音が鳴り響く教会。そこは、悪を毛嫌いするレセンタルの市民にとって、他の何処よりも心を休めることのできる場所であった。
それは、ここに聖術と呼ばれる特異な魔術に長けた神父が居り、常に神に見守られている教会こそが、あらゆる悪を拒絶する場所であるのだと彼らが信じていたからである。
そこで祈りの言葉を捧げていた信徒たちであったが、その祈りは『彼女』によって遮られた。
全身傷だらけ、それでいて血塗れな赤髪の少女が勢いよくドアを開け飛び込んできたのだ。
その様子を見た教会の神父は一瞬訝りはしたものの、直ぐに少女に対する捉え方を改め、その面持ちを少女を気遣うものへと変えた。
神父は、結界により並大抵の悪魔は教会に入ることすら出来ないことを知っていたので、少女が悪魔の類ではなく、また悪の類から逃げ込んできていたにしても、聖術によって対処できると確信したのだろう。
笑顔でその少女を迎え入れると、礼拝堂の椅子に座らせ優しく温かな声音で語りかける。
「迷える子羊よ。一体どうしたというのだ? そのように傷だらけになって。どれ、まずはそれを癒して進ぜよう」
「もしかして、ここは教会……ですか?」
「よもやそうとは知らずに入ってきたのか? ならば運が良い。知っての通り、ここには結界が張ってある。並大抵の悪の類ではこの教会に入ることは敵わん。安心するといい。……はて、聖術の手順を間違えたか? 傷が治らんな」
神父が今度は詠唱を唱え、もう一度聖術を使おうと息を吸った刹那……。
轟音が轟き、教会の石造りの壁が吹き飛んだ。
そして、おおよそ人間の二倍の大きさはあろう体格をしている悪魔が何の躊躇もなく教会に入ってくる。
何があっても教会だけは安息の地であると信じ込んでいた信徒達は、突然のことに何の理解もできなかった。
「教会であったとは。……迂闊でした。ここに逃げ込まなければ被害を出すこともなかったでしょうに」
少女は、静かにそう呟くと立ち上がり悪魔の方を向いた。すると、それを確認した悪魔はニタァと笑うと、ゆっくりと少女に向け歩を進める。
「神父様。失礼ながら貴方の魔術では、あれに太刀打ちできるとは到底思えないのです。このような時の為の対応策のようなものはありますか? あるのでしたら、それで対処の程をお願いしたいのですが」
「ま、まさか教会に悪魔が入ってくるなど……。それほどの力を持つと言うのか。いや、我らを守る結界であればあの程度の者の進入は拒むはず……。おぉ! 神よ! どうか我らの命を救……」
「……やはり、ありませんでしたか」
悪魔が、魔術を使ったことにより狼狽えていた神父の首が飛ぶと血飛沫が上がり、近くにいた少女の顔に掛かり、赤黒い血が少女の赤髪をより一層際立たせた。
信徒達の思考はようやく正常に働き始め目の前の惨状を理解すると、各々が悲鳴を上げ始めた。
しかし、悪魔はそれを気に留めることなく少女に一歩、また一歩と歩を進め続ける。
「ヨウヤク、追イ詰メタ。コレデ、オ前、殺セル」
「ろくに話すことすらできない下の上級悪魔如きには、この私を殺すことなど出来ません……と言いたいところですが、この傷とこの魔力の残量じゃ流石に……ですね。……私も覚悟を決めるべきでしょうか」
悪魔は、じわりじわりと少女に近づき、遂には壁際にまで追い詰めた。そして、少女に手を翳し今にも少女に攻撃を仕掛けようとする。
しかしながら、一本の矢が悪魔に刺さりそれは制止された。
矢を放ったのは、近くを巡回していた数十人のレセンタルの兵士達だった。轟いだ轟音が辺りに響いたのだろう。
兵士達は、信徒達とは対極的に自分たちの為すべきは何かを瞬時に理解すると、雄叫びを上げ互いを鼓舞し合い悪魔に立ち向かう。
けれど悲しきかな、それは無駄であった。彼らは、あくまで巡回の兵士達である。
そう、いつも平穏なレセンタルの巡回の兵士なのである。
彼らは悪魔に立ち向かう程の武装を持ち合わせておらず、伝令を出すのがやっとであった。
一つ、また一つと兵士達の命が奪われるのに比例して、そこにはさらなる惨状が作り上げられていく。
悪魔による殺戮は瞬く間に兵士の半数を減らすと、悪魔は残りの兵士は相手にせず、視線を少女の方へと向けた。そして、その大きな手で少女の首を掴むとゆっくりと持ち上げる。
そんな時であった。馬の嗎が響き渡ったのは。