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NAITO falls 物語   作者: R.S.Δ
一章:knight falls
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第3話:謎の人物と回り出す運命の歯車

 八百屋の看板娘に案内された件の空き家は、ヘクトの抱いていた先入観とその大きさを除けば、比較的普通の家であった。



 ヘクトが、ゆっくりとドアノブに手を掛けてみると、鍵は開いており、手には違和感が伝わってきた。



 恐らくは、開錠の際に使われた魔術に込められた魔力が過剰であり、その過剰分の魔力がドアノブに残留していたのだろう。



 白手袋越しにもこの違和感が伝わる程の魔力が残留していることから、ヘクトは看板娘の証言は真実であり、かなりの力を持ち合わせた魔術師が侵入したのだと確信する。



 ヘクトは、看板娘に家から離れているよう伝えると出来る限り気配を殺しながら、ゆっくりと家の中へ入ると、件の怪しい人物の捜索を開始する。



……。



 家の中は、照明器具が無いことと、窓が極端に少ないこともあって、陽は昇っている時間帯にも関わらず、薄暗くなっており、なんとも言えない寂寥感が醸し出されていた。



 扉を開ける度に、思わず咳き込んでしまう程の埃が舞い上がる。それは、長年この家に人の出入りがなかったことを物語っていた。



 ある部屋の壁には、以前住んでいた住民の子供が描いたものと見受けられる二人の少女が仲良く手を繋いでいる絵が貼られていたが、そこにも埃が積もっており、一層の寂寥感が増していく。



 ヘクトは、何となくその絵が目に留まり手に取った。薄暗さと埃で、絵の中の二人の姿をはっきりと見えなかったが、埃を払うと片方の少女は、薄っすらと見ることができた。その少女の髪の部分に、色が塗られておらず際立っていたからである。



 ヘクトは、それを少し不思議に思ったが、今はそれどころでは無いと思い直し、絵を元の場所に戻すと件の怪しい人物の捜索を再開する。



 この家は、玄関から真っ直ぐ伸びる廊下の左右に、各部屋に繋がる扉がつけられていた。



 だからこそ、ヘクトは捜索の中で、一つの部屋の存在が際立って感じられた。



 廊下の突き当たりにあり、玄関から直線上に位置する、禍々しい雰囲気を醸し出す扉を。



 ヘクトは、静かに背中の剣を、()()()()()()()()()、手に取り構えると勢いよく扉を開ける。



……。



 その部屋は書庫であるようで、無数の本が本棚に収納されていた。しかし、それらは魔道書の類であり、レセンタルでは一般市民が所持するのは禁じられているものばかりである。



 そして其処には、看板娘の証言通りローブのフードを目深に被っていたため容姿を拝見することはできなかったが、確かに一人の人間の存在を確認できた。



 ヘクトは剣先をその人物に向けると、鋭い眼差しで視界に捉えると問答を試みる。



「市民の通報にて参上した。お前、何者だ? ここで何をしている?」



「ん? おぉ、騎士殿か。ようこそ、いらっしゃった。何をしているも何も、あっしは己が家に入ったのみよ。この家の家主ゆえな」



「その割には、この薄暗い中ローブを深々と被っているじゃないか。万が一の時に備えて顔を隠すためか? それに、家主ならば何故鍵を使って家に入らない? ドアノブに残留魔力があったぜ?」



「このローブは癖でしてな。魔術を使ったのは、鍵をなくしてしまったので致し方なくのこと……でなっ!」



 重圧的な低い声から、年配の男であるとわかったその人物は、言葉を最後まで言い切ると同時にヘクトに魔術を展開した。



 それは、魔力弾と言われる純粋な魔力の塊を放つというもの。単純な魔術ではあったものの、無詠唱で魔術を展開したことから、やはり熟練の魔術師であったのだと、ヘクトは改めて確信した。



……。



 魔術における詠唱とは、魔術の完成度や威力に関わるものである。



 そのため、それらを気にしないのであれば、詠唱がなくとも魔術を展開することはできる。



 しかし、展開する魔術を真髄まで理解しているのであれば、無詠唱でも完成度が高く、その上高威力の魔術を展開することが出来る。



 それをやってのけたこの男は、熟練の、あるいは魔術に対し非常に勉強熱心な魔術師であるということである。


……。



 唐突に展開された魔術であったが、ヘクトは冷静に剣で魔力弾を斬る。



 いや、実際は、鞘に収まったままであったので、斬るという表現は正しくないかもしれない。



 ヘクトによって振るわれたその剣は、魔力弾を消したのである。



 すると、そのことに驚いたのか、はたまた癪に触ったのか、男はローブから垣間見える口元に、歯を噛み締めている様子を覗かせる。



 しかし、男は何かを悟ったようで、口元の様子を変え、今度は薄っすらと笑みを浮かべると、先ほどまでとは打って変わって上機嫌となった。



「その剣! そうか、君はゼーゲブレヒト君のせがれだったか! 大きくなったなぁ」



「俺を知っている? 誰だ貴様? 名を名乗れ」



「申し訳ないが、それは控えさせていただく。あっしも、これで忙しい身。いちいち君に感けている時間も惜しいのでな」



「どういう意味だ?」



「それは、教えられんよ。あっしは、秘密主義でね。それでは、失礼するよ」



 男は、それだけ言うと何かを早口で小さく呟く。



 ヘクトは距離を詰め、男に剣を振りかぶる。しかし、男は一瞬のうちに姿を消し、それは空振となってしまった。



 男の突然の消失が、何かしらの魔術を使用したものと理解できたものの、ヘクトはどうにも腑に落ちなかった。しかし、或いはまだ近くにいるのではないかと考え、急ぎ外へと向かった。



……。



 慌てて外に出るも、そこに広がるのは、先程までと同じいつもと変わらない平穏な光景。



 その証拠に、必死の形相で出てきたヘクトを見た八百屋の看板娘は、きょとんとした表情でヘクトを見つめている。



「ヘクト卿、どうなさいましたか? 何かあったのでしょうか?」



「今、君の見た怪しい人物が出てこなかったか?」



「い、いえ、出てきませんでしたよ」



「ちっ、逃げられたか。ってことは、報告書を書かなきゃなんねぇのか。 はぁ、面倒くせぇなぁ」



 悔しがり、面倒くさがるヘクトを見るも、何があったのか、てんでわからない八百屋の看板娘は、変わらずきょとんとした表情をしている。



 八百屋の看板娘が、中で何があったのかを尋ねようとした、その刹那。



 遠くでヘクトを呼ぶ声が響いた。アーサーの声だった。パトロールの終了を知らせるものとは思えない荒らげた声。



 ヘクトがそんなアーサーの声を聞くのは、久方ぶりであった。



 声のする方向を見ると、馬に乗り、王宮に仕える馬に乗った兵士を一人引き連れるアーサーの姿があった。



 アーサーは手綱を操り、ヘクトの前に馬を制止させる。



「ようやく見つけたぜぇ、ヘクト。王直々のご命令だ。レセンタル領地の東の山にある教会が悪魔に襲撃されたんだとよ」



「王のご指名ってことは、強いのか? その悪魔」



「さぁてな。実際に闘ってみねぇことには分かんねぇが、応戦している兵士達は、かなり苦戦してるみたいだ」



 アーサーは分からないと答えたが、一般の兵士に太刀打ち出来ず、『卿』という敬称を付けて名を呼ばれる二人に直々に命令が下されることは、すでに強大な力を持つ悪魔であることを物語っていた。



 アーサーの引き連れていた兵士が馬から降りると、その手綱をヘクトに手渡した。



「どうも。あっ、そうだ。結果を先に言うと逃げられた。何の結果なのかは、急な環境の変化に耐えられずにきょとんとしている、そこのお嬢さんの話を元に推理してくれ」



 感謝の言葉と共に、何かの結果を告げられた兵士は、不思議そうな顔をしたが、律儀に敬礼をし、馬に乗るヘクトに返事をする。



「逃げられたぁ? 何のことだ?」



「ん、聞かれちまったか。教会に向かいながら話すぜ。急がなきゃだからな」



「そうだな。んじゃあ、行くかぁ、ヘクトっ! 蒸気機関に慣れて、馬の乗り方を忘れてるなんてこたぁねぇだろうなぁ?」



「普段から、馬術も一緒に特訓してるだろうが」



 ヘクト達が手綱を操ると、二匹の馬は馬蹄を響かせ、急ぎ教会にへと向かうのであった。


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