第0話:魔女の啓示
それは不思議な夢だった。いつもと少し違う夢。
……。
暖かな風が吹くも、それ以外は何もなく寂寥感すら覚える夕暮れ時の草原。
そこには、この夢の看客たる青年が佇んでいた。自由に動き回ることができたので、これは明晰夢というものなのだろう。
ただ、ここまではいつもと同じ見慣れた夢であった。
そう、いつからか見始めた一人きりで限りない草原を歩き回り、気がつくと目が覚めているいつもの夢。
しかし、今回の夢には青年以外の登場人物がいた。
銀に輝く髪をたなびかせる、たわわに胸を実らせた赤眼の女性が。
その銀髪の女性は、青年が自分の存在を認識したことに気がついたようで、青年に近づき和かな顔付きで語りかけた。
「や〜〜っと、私を認識出来るようになったみたいね。『日進月歩』なんて言葉があるけれど、日に日に進むには遅過ぎよ。まぁ、魔力をここまで生成出来るようになって私を認識出来るようになる程 成長したのは認めるけどね。……愚痴っててもしょうがないか。じゃあ、本題に」
「えっと、あんたは?」
突然のマシンガントークには驚きはしたが、「これはいつもと少し違うとはいえ俺の夢だ。それも明晰夢。俺のやりたいようにさせてもらうさ」そんな風に思い、青年は女性の話を遮った。
すると、それが不服だったのか女性の和やかだった表情はムッとしたものに変わった。
「答える必要はないわ。貴方とは出会うことはないし、こうして直接干渉するのも、たぶんこれが最初で最後だろうしね。まぁ、気になり過ぎて話が聞けないと言うのであれば『伝説の魔女』とでもしときなさいな。それと、これ以降私の話を途中で遮らないこと。大事な話をするんだから。いいわね?」
やはり、いつもと違う今回の夢。
明晰夢であるはずの夢を自分のペースに持ち込めなかった青年は、きょとんとした表情になると、とりあえず黙り込み話を聞くことにした。
その様子を見た『伝説の魔女』と名乗った女性は、至極上機嫌な様子であった。
「うんうん。それでいいのよ、それで。まぁ、簡潔に話してあげるし質問はその後になさいな。じゃあ、本題に入るわよ」
魔女は、すぅっと息を吸うと真剣な表情になり語りだす。その赤眼に星彩にも似た僅かな光を宿しながら。
「貴方の世界に危機が迫っている。もう時期、神々や悪魔達による儀式が執り行われ、それに世界は巻き込まれるの。そして、その儀式でとある悪魔が望みを叶えた時、世界は闇に包まれてしまうわ。その先にあるのは、地上の生命の消失。皆死んでしまうでしょうね。嫌でしょう? だったら、救いなさい。生命を、この世界を。私の愛したその全てを」
これまでの人間臭い口調と違う、妙に説明くさい口調でそこまで語ると、魔女の目は元に戻る。
そして、ふぅっと息をつくと、「話は終わったわよ」と言わんばかりに青年に視線を送る。
それまで明晰夢であるのに、目の前の魔女に発言を制限されていた青年は、ようやく話せる、といったどこか呆れたような様子で、質疑に要する酸素を大きく吸った。
「何故俺なんだ? 何故そんなことがわかる? そもそも」
「おっと、そう慌てないの。それに、質問は一つずつって相場は決まっているでしょう?」
多く語るのはこの魔女の特権なのか、それとも魔女というものはこのようなものなのか。青年の会話を遮った魔女は、再び語り出すことを容易に想像させるように大きく息を吸った。それを見た青年は、また呆れ返ったが、抗議することの無力さを悟っているようで、すでに諦めているようであった。
「そうね。取り敢えずは、貴方が口に出した二つについて答えるとしましょう。何故、私が貴方に頼むのか。それは、貴方が選ばれてしまうから。そして、貴方の方が話が通じそうだからよ。何に選ばれてしまうのか、何故選ばれてしまうのか。それを語るのは億劫だし語らないわ。時期に分かるだろうしね。次は、『何故儀式が起こり世界が巻き込まれることがわかるのか』だったわね? そんなの、私が『伝説の魔女』だからに決まってるわ。だって伝説よ、『で・ん・せ・つ』。未来だの異なる世界だの、そんなもの見るのは朝飯前よ。ていうか、以前からこのことは分かっていたのよ? だから貴方をこの草原に呼んで話そうとしたのに、私を認識出来ずに歩き回ってしまうんだもの。まったく、楽しい明晰夢だとでも思ってたのかしら? 残念、魔女からの啓示でした!」
魔女が青年を指差し小馬鹿にした刹那のこと。
夕暮れ時の草原が徐々に白くなり始める。いつもとは異なる今回の夢であったが、こればかりは青年の見慣れた現象であった。目覚める直前の光景である。
すると、魔女は一瞬焦燥を窺わせる表情を見せるも、すぐに冷静さを取り戻し、再び語りだした。
「あら、少し話し過ぎてしまったわね。その前に、最後の質問に答えなきゃね。おそらく、質問は『どうやってやればいいのか』でしょう。その答えは、う〜ん、そうね……。流れる運命に身を任せなさい。『行雲流水』ってやつよ。後は貴方の殉ずる騎士道に正しく従うこと。いいわね? よしっ! それじゃあ、話は終わりよ」
これまで、話すことを許されず不服そうな表情をしていた青年を尻目に、魔女は強引に話を終わらせる。
そんな魔女の表情はというと、青年とは対照的なもので目を閉じ「ふんす」と鼻息を立てる満足気な表情であった。『恍惚的な表情』と言い換えても間違いではないだろう。
しかし、最後に何かを思い出した様子で閉じていた目をパチリと開け、再びその赤色の明眸を覗かせた。
「あっ、そうそう。それと、最後にもう一つだけ。これは私からの個人的なお願いなんだけれど、殊更救ってほしいのが一人いて……。ううん、やっぱり私情を持ち込むのは無粋というものね。ごめんね。気にしないで。……じゃあ、さようなら。選ばれし者。力になってあげられないけれど、頑張ってね。幸運を祈っているわ」
魔女は、歯切れの悪い台詞を残すとどこか寂しそうで悲しそうな表情をし、白い光に包まれる草原と共に消えていってしまった。