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オルクス  作者: 和達譲
Side:S
99/326

Episode12:お前は誰だ



西暦2024年。10月3日。AM1:02。


ジュリアン・ホワイトフィールド。

ジャクリーン・マルククセラ。

マナ・レインウォーター。

シャオライ・オスカリウス。


バルド・デ・ルカ。

東間羊一。

ウルガノ・ロマネンコ。

トリスタン・ルエーガー。


そしてアンリ・F・キングスコートと、その弟ミレイシャ・コールマン。


満を持しての初対面を果たした両一行は、貸し切りのバーの一室で静かに語り合った。


まず、各々の今日に至るまでの経緯。

一人一人が語り手となって自らの生い立ちを語り、一行に加わった訳と旅の目的を明らかにした。

その内容は実にシンプルなもので、誰も余計なエピソードを足して語ることはなかった。


ここに居合わせる者らは皆、大なり小なり秘密を抱えてここにいる。

だからこそ必要以上の無駄口は利かず、己の厳しい過去を語る際にも口ぶりは事務的だった。


しかし、本人がつまびらかにせずとも、部屋に流れる空気がより鮮明な背景を物語っているようだった。

声のトーンや表情、無意識に表れた仕草、微かに闇を孕んだ雰囲気。

それらを見れば、その人がこれまでにどれほどの苦難を乗り越えてきたか、過酷を経てきたかが容易に想像できた。

むしろ、はっきりと言葉にしてしまわない方が、より聞き手側に重く伝わった。



これまでの旅で、仲間の素性を知らないまま行動を共にしてきたメンバーも少なくなかった。

だが、この機会に全員の人となりが判明し、互いにそれぞれの認識を深めたのだ。


年齢も性別も、国籍も関係ない。

ここに尋常な人間は一人もいない。

まともな生き方をしてきたやつは、この中には一人もいないのだと。




「───ハイ。

これでオレの話は、……というか、オレとアンリの話は、大体は終わり。

あの後にオレ達は別れて、別行動を開始した。

そして、それぞれ行った先で、オレはトーリと、アンリはそこの、シャオライと出会った。

正直、こんなに協力者が増えるとは思ってなかったから、今更ながら驚いてるよ。本当に」



やがて全員の順番が巡ると、長らく秘め事を抱えていたミリィの正体もようやく明らかになった。

それは一行に大きな衝撃を与えたが、酷く疚しい事情ではなかったため、何故黙っていたと苦言を呈する者はなかった。


終始怪訝な表情を浮かべていたトーリを除いては。



「驚いてるのはこっちの方だよ。

君がなにか、大きな隠し玉を秘めているような気配は、薄々感じていたけど。まさかキングスコートの一族だったなんて。

……どうして話してくれなかったんだ。そんな重要なこと」



ミリィの仲間の中で、最も古株なのがトーリである。


他より付き合いが長い分、ミリィは特にトーリのことを信頼しているし、トーリもミリィに対しては徐々に心を開き始めていた。


にも関わらず、ミリィはずっと事実を秘匿にしてきた。

実は自分がキングスコートの一族であることを、頑なに明かしてこなかったのだ。


トーリが真っ先に不満に思ったのは、そこだった。

なにか事情があったのかもしれないが、それにしても他人行儀が過ぎる。

せめて自分くらいには、本当のことを話してくれても良かったのにと。


そう視線だけで訴えてくるトーリに、ミリィは困った顔で返した。



「ごめん。隠そうとしてたわけじゃないんだ。お前らのことを信用してなかったわけでもない。ただ……」


「俺が口止めしておいたんだ。一人一人の素性が明らかになるこの日まで、自分の正体については尋ねられても出来るだけはぐらかしておけと。

だから、どうか弟を責めないでやってくれ。ルエーガー君」



すかさずアンリがフォローに入った。

おかげで口論には発展しなかったが、両者の間に流れる気まずい空気はすぐにはなくならなかった。



半年程前まで、アンリとミリィには互いしかいなかった。

今となってはこうして頼もしい味方を得たわけだが、今日に至るまでの道程は双方長いものだった。


アンリは、国内で最も癖の強いと言われる情報屋のもとを訪ね、そこでシャオとマナと出会った。

一方ミリィは、過去最高額で取引されたというシリアルキラーについて調査するべく、知り合ったばかりのトーリと共にフェイゼンドを出た。


互いにどこでなにをするのか、事前に相談していたわけではない。

後からこうしてほしいと指示を出していたわけでもない。


ただ、いずれは何らかの土産物を持参し、再び相まみえようと。

別れる前に交わした一つの約束のみを頼りに、二人は別行動を続けてきたのだ。

自分がこうしている間にも、兄弟は必ずどこかで前進しているはずだと信じて。



そして今。

当初予定された兄弟の再会は、予定になかった顔ぶれを伴って、無事ここに果たされている。




「オレとトーリが知り合ったのはマジで偶然だったけど、それから二人でイタリアへ飛んだのは、例のシリアルキラーについて話を聞くためだ。

皆もう知っていると思うが、罪人島の裏サイト。ネットオークション式の人身売買が行われているあそこで、過去最高額で落札された人物。それがグエルリーノ・カンビアニカだった。

イタリア全土を恐怖に陥れた連続殺人鬼(シリアルキラー)

そこにいる、バルドの仇敵でもある男だ」



ふとミリィの口から出た憎き仇の名前に、当事者であるバルドは思わず顔を顰めた。

その様子を側で見ていたトーリは、少しタイミングを待ってから続きを話した。



「……その後、グエルリーノは入念な検査の末に罪人島まで護送され、例に漏れず競売に掛けられた。

落札価格は47万ドル。

そして、奴を引き取った組織というのが、ブラックモアに拠点を置いているというブローカーだった」



グエルリーノ・カンビアニカ。

彼の男は地元イタリアにて逮捕された後、罪人島を介して競売に掛けられたという。


落札価格は史上最高。

後に身柄はブラックモアに拠点を構えているという人物の元に渡ったとされ、そこから先の消息は途絶えている。




「こちらで調べたところ、グエルリーノを買い取ったブローカーの名前がようやく判明した。


男の名は、マックス・リシャベール。国籍、年齢共に不明。

わかっていることといえば、今言った通りの名前……、と。これも恐らくは偽名だろうがな。

それと、これまでにも何度か重罪人を収集している、巷では知られたコレクターであるらしい、ということだ」



途中で一旦区切ると、アンリはウルガノの方に視線を移した。



「そこの彼女。ロマネンコさんにアプローチを掛けてきたという実業家と、奇しくも同じ名前」



ミリィとアンリが別行動を始めた当初には判明していなかった事だが、後にブローカーの正体が少しだけ明らかとなった。


調査したのは、ここにいるシャオと、シャオの友人で同業のバレンシア。

シグリムで三強と言われる、手練れの情報屋の内の二人だ。


しかし、そんな二人が力を合わせても尚、探り当てられたことといえばターゲットの通り名くらいのものだった。

とどのつまり、それ程に男は手強い防具に身を固めて潜んでいる、ということである。



「偶然、にしては材料が揃い過ぎているが、逆を言うと出来過ぎな気もするところだ。

果たしてこの一致を、手掛かりが増えたと喜んでいいものか」



難しい表情を浮かべながら、アンリは右手の人差し指を顎に添えた。



マックス・リシャベール。

数ヶ月前、ウルガノをボディーガードとして雇いたいと誘い出し、自らの思惑に抱き込もうとしていた謎の男。


当時、ウルガノには実業家を名乗っていたリシャベールだが、彼女をスカウトした本当の目的はわかっていない。

ただ、こうしてグエルリーノの件とも照らし合わせてみると、ウルガノを実際に雇いたかっただけである可能性は極めて低くなる。



「わからないことが多すぎて、流石にフラストレーションが溜まってきてるよ。ここにいる全員ね」



シャオが溜め息混じりにぼやくと、アンリはミリィ達のいるテーブルに自分の椅子を寄せ、懐からメモ帳とペンを取り出した。




「───ロマネンコさん。

君はオファーの話を検討していた当初、一度だけリシャベール本人ともコンタクトを取ったんだよね?

そいつが影武者だった可能性も否定できないが、それでも重要な手掛かりだ。

思い出せる範囲で構わないから、当時のリシャベールの外見的特徴を、俺に教えてくれるかい?」



シャオとバレンシアの力を以てしても、リシャベールに関して得られた情報は少なかった。


だが、ここにいるウルガノは、リシャベール本人に一度会ったことがある。

モニター越しの短い対面ではあったものの、この中で唯一、ウルガノだけがリシャベールの顔を知っているのだ。


そいつがリシャベールの名を語った代理人という可能性もゼロではないが、いずれにせよ核心に近い人物であることは間違いない。



「分かりました。隅々まで的確に、とはいかないかもしれませんが……。やってみます」



アンリの言葉に頷いたウルガノは、テーブルの上で両手を組むと、やや俯いた姿勢で目を閉じた。


一介の傭兵であった彼女に、個人の護衛という珍しい依頼をしてきたリシャベール。

その姿はとても印象に強く、未だウルガノの脳裏に色濃く焼き付いていた。



「髪型はブルネットの短髪で……。大きな鼻に、厚い唇をしていました。白人ですが、顔立ちはアジア系にも近かったように思います。

目元には淡いブラウンのサングラスをかけていて、……服装は確か、フォレストグリーンのシャツ、をラフに着崩していたはずです。

体型は、一見恰幅の良い感じでしたが、肩幅がしっかりしていてたので、元々は筋肉質であったことが窺えました」



まるで、たった今その人を目の前にしているかのように的確に、記憶に残るリシャベールの姿をウルガノは表現してみせた。

アンリはウルガノの言葉に耳を傾けながら、教えられたイメージを元にペンを走らせた。


やがてアンリの私物のメモ帳には、マックス・リシャベールの想像図が描き上げられた。

一同は肩を寄せ合ってテーブルに集まり、アンリの描いた想像図に視線を注いだ。




「ヘエー。実物はこんな(ツラ)してやがんだ、噂のろくでなし。

思ったよりは品のある感じだねぇ。もっと成金っぽいの想像してたのに。

まあデブだけど」


「ただの一般人、ってわけではなさそうだけど……。悪の手先って感じにも見えないね。

というか、こんなに目立つ見た目の人が堂々と悪いことしてたら、もっと騒がれててもおかしくないんじゃないかな」



シャオとマナがそれぞれ感想を述べると、ウルガノが二人の言葉に付け足して答えた。



「そうですね。私自身、彼の風体を見て警戒心が薄れた、というのもあります。

実業家としての実績も、教えられたホームページや資料で確認しましたし、一応話を聞く分には値する相手だと。

……まあ、それらの証拠も、今となっては綺麗に消されてしまった訳ですが…」




今の時世、人の上に立つ有力者ともなれば、インターネットで検索に掛ければそれなりに情報が出てくるものである。


そしてそれはリシャベールも例外じゃなく、彼は前もってウルガノに身分を証明していた。

自身の経歴等を掲載したホームページのURLを、証拠として提示していたのだ。

自分には確かな実績があるから、ほら吹きの戯言と門前払いにはしないで欲しいと。


しかし、それらは全てでっち上げられた偽物。

ウルガノを信用させるために、一から用意された作り物だった。


現に、彼女が迎えの船から飛び降りた後には、証拠は一つも残っていなかった。

例のホームページとやらは全て綺麗に削除されていたのだ。


やり方は少々雑だが、その手際の早さにはミリィ達も驚かされた。

恐らくリシャベールは、最初からこのような事態になることも想定していたものと思われる。



「自分がもっとインターネット関連に明るければ、それがダミーであることに気付けたかもしれないのに……。

こんな単純なトリックにすっかり騙されるなんて、お恥ずかしい限りですよ」



そう言うとウルガノは、悔しそうに眉を寄せた。



「けどま、これで一つだけ確信を得たね」


「というと?」



ミリィが聞き返すと、シャオはコートのポケットから数枚の紙を取り出した。



「話に聞くリシャベールと、今彼女の言ったリシャベールの特徴が一致してない。

人によっては、痩せ型のアジア系だったり、大柄の黒人だったりと、イメージが全く異なるんだ。

マックス・リシャベールってどんな奴?って、訳ありの何人かに話を聞いて回ったけど、一人として同じことを言わなかったよ。回答はみんなバラバラ。

つまり、彼らの言うリシャベールも、お嬢さんの言うリシャベールも、全員同じ名前を語っていただけの別人、と考えるのが妥当だろうね」



テーブルに並べられた紙には、それぞれ別の男の姿が描かれていた。


これらは全て、シャオとバレンシアが手分けして情報をかき集めた賜物。

リシャベールと面識があるという数少ない人物達の話を元に、アンリが直筆で再現したリシャベールの想像図である。


しかし、計四枚の想像図は全て外見が異なっており、共通点は一つとして見当たらなかった。

というのも、四名の情報通が語ったリシャベールの姿は、ただ名前が同じだけの別人だったのである。



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