Episode-4:トリスタン・ルエーガーの悲壮
大学を卒業後、本格的に調査に乗り出した僕は、単身シグリムへ向かった。
なんでもシグリムには、世界を股にかけた情報屋が三人もいるらしく、その三人が三人とも例の神隠し事件を扱った過去を持つというのだ。
そうとくれば、貴重な参考人をわざわざ避けて通る理由もない。
とはいえ、情報は所詮ただの口コミに過ぎないもの。
三名の彼らは、あくまで事件に焦点を当てた経歴があるだけで、神隠しの謎を解き明かしたわけではなかった。
それでも、全く手掛かりのない僕にできることといえば、とにかく顔の広い人物を当たって、話を聞くことくらいだったから。
信憑性に欠けていようが、この際四の五の言っていられなかった。
そして、無事に姉さんを取り返した暁には、今度こそ彼女の汚名を濯いでやると心に決めた。
セレン・ルエーガーの謎多き飛び降り自殺に、一切の疑問も関心も抱かなかった奴らに。
彼女ならそういう道を選んでも不思議じゃないと、適当なことをほざいていた奴らに。
僕の姉さんは、お前らの思っていたような女じゃないんだと。
いつか必ず、彼らの前で、大きな声で、そう主張してやると、決めた。
「───レパード、ピアソン、アリス…。
……ふーん。最初に当たるなら、この人がいいかな」
昔、姉さんが僕をいじめっ子達から庇ってくれたように、次は、僕が。
僕より随分小さくなった手を引いて、共に明るい未来を歩いていくんだ。
大切な人を、二度も失ってたまるか。
何としても、何に替えてでも、絶対に、取り戻してみせる。
ーーーーー
「───ああ、来たネ。
ほら、ルエーガー。彼がこの間話したコールマンだよ。ご挨拶」
シグリムの入国審査は学歴のおかげで簡単にパス出来たし、目的の人物の所在も難無く割り出せた。
残るは、情報屋の男に直接会って話を聞くだけ。
そうして全ての準備を整えた僕は、地図を片手にプリムローズ州のとあるバーまで向かった。
狭い路地の中にある、住所を把握していなければ自力で辿り着くことは難しそうなその店に、僕の探し求めている人がいると耳にして。
そこで僕は、例の三人の情報屋の中で、最も神隠しと因縁が深いという男との接触を果たした。
通称、アリス。
彼は無口な黒人で、昼は一人でバーを切り盛りし、夜になってから情報屋としての営業を開始しているのだという。
ただし、本人曰く相談に乗る相手は選ぶとのことで、最低でも三日は昼の客としてバーに通うようにと条件を出された。
でも、僕は大人しく引き返すことはしなかった。
アリスさんに信用してもらうため、条件通り三日連続でせっせとバーに通い、昼間から酒を頼んで彼と他愛のない話をし続けた。
僕は貴方の敵ではないということを、全身を使って証明するために。
「───初めまして。君のことはアリスから聞いてるよ」
アリスさんと打ち解けるのには、そう時間はかからなかった。
お互いに偏屈で気難しい性格であったからか、僕がバーを訪れて二日後には、僕もアリスさんも軽口を叩けるほど気を許せるようになっていた。
あまり相性が良いとは言えないが、似た者同士という親近感が一気に距離を縮めてくれたのかもしれない。
僕自身、こんなに思ったことを言い合える相手は姉さん以外にいなかったから、アリスさんとのやり取りは存外心地好いものだった。
姉さんの没後は気落ちしていたから、余計に。
「オレの名前はコールマン。ミレイシャ・コールマンだ。遠路遥々よく来たね。
我がプリムローズへようこそ。スーツの似合う異邦人さん」
やがて、迎えた三日後の夜。
約束通り、アリスさんの信用に値する人物と認めてもらえた僕は、本題に入る前に、アリスさんを介してある青年と会うことになった。
僕との三日のお試し期間中に、度々アリスさんが話題にしていた若い男。
曰く、付き合いの長い友人だというその青年は、僕と同じで神隠し現象に深い関心を持っているとのことだった。
そこで、せっかくだから会って話をしてみるのもいいだろうと、アリスさんが機会を設けてくれたのだ。
その日に限り、バーは僕らの貸し切りにしてもらい、真夜中の静かな店内で僕とアリスさんは約束の時を待った。
今度は酒ではなく、温かいコーヒーで一杯やりながら。
すると間もなく、予定の時刻丁度に、軽い靴音を響かせて噂の青年は現れたのだった。
「僕の名前は、ルエーガーです。トリスタン・ルエーガー。
こちらこそ、貴方の話はアリスさんから伺っています。
……本当に、奇遇ですね。同じ年頃で、同じタイミングで、同じものに着目している人がすぐ側にいたなんて。
こういう巡り会わせは初めてなもので、少々驚いていますよ」
鮮やかな深紅の髪に、端正な顔。
薄手の黒のジャケットを着崩した細身の彼は、口角を上げて僕に手を差し出した。
ミレイシャ・コールマン。
歳の程は共通の知人であるアリスさんから聞いていたが、それにしても彼は想像していたよりずっと若く見えた。
僕が年齢の割に老けているのかもしれないが、そのことを差し引いても、彼が僕より一歳しか違わないようには見えなかった。
本当に、こんな奴が?
彼に対する僕の第一印象は、正直あまり良いものではなかった。
外見で人は判断できないとはいえ、なんだか彼は軽そうな雰囲気だったから。
互いに同じものに焦点を当てていても、僕と彼とじゃ神隠しの見方に差があるような気がしたのだ。
僕は本気で事件の謎を解明したいと思っているけど、彼はただの興味本位なのではないか、と。
「悪いね。イメージと違うチャラチャラした奴が来て、がっかりしただろ?」
「え……。ああ、いや。別にそんなことは…」
「いいよ。そういうの慣れてるし。こんな若造を一目で信用しろって方が無理だよな。
……けど、見るからに正反対なオレとキミ。
なにもかも違うようでいて、一つだけ共通している部分もあると、オレは思っているよ」
「……言葉遊びが好きな方なんですね。
それで、僕と貴方の共通点とは、一体なんですか?」
カウンターで控えるアリスさんに見守られながら、僕らは二人席で向かい合って話をした。
途中、コールマンの意味深な言葉に僕が問い返すと、彼はテーブルに両肘を着いて、大きな瞳でギロリと僕を睨み上げながらこう言った。
"執念だよ"と。
その時の彼の顔を見て、声を聞いて、僕は一瞬にして彼に対する印象を改めようと思った。
彼は、コールマンは、決して興味本位からここにいるのではないのだと。
口角は上がっているのに、目が笑っていない。
一見人の良さそうな雰囲気をしているのに、いざ近付いてみるととても冷たい空気を感じる。
この感じには、些か覚えがあった。
この独特なオーラは、深い闇と怨みを持った人間のそれであると。
「───と、まあざっくり言うとこんなところかな。
正直に言わせてもらうと、オレ自身まだ自分の出自については不明な点が多くて、把握できてないんだ。だから、確かでないことはまだ話せない。
今のオレは透明人間みたいなもので、これから自分のルーツを捕まえに行く予定だ」
唯一の肉親であった母が先日急逝し、途方に暮れていたコールマン。
その後彼は、母の遺品を整理していた時に、彼女直筆の遺言書を発見することとなった。
遺言書に綴られていたのは、息子に対する愛の言葉と、遺産についての説明。
それから、覚えのない神隠しというキーワードだった。
経緯は不明だが、どうやら彼の母親は神隠しとなんらかの繋がりがあったようだった。
このことから、自分達親子がずっと何者かから隠れ潜むような暮らしをしていたのも、これが関係しているのではと彼は思ったらしい。
彼の母親は、最期まで彼に健やかに生きてほしいと願っていたという。
いくつか腑に落ちないことがあっても、時には謎を謎のままにしておいた方が、自身のためになることもあると。
「なるほど。大まかな経緯は理解しました。
ですが、これだけでは信憑性に欠くというか、説明不十分ですよ、コールマンさん。不明な点が多すぎる。
その上で信用しろというのは、少々難しい話です」
「それはオレもよく解ってるよ。だが、まだ確信が持てない以上、他人にペラペラと話せる内容ではないんだ。
……どうしても君がオレを信用できないというなら、仕方ないけど」
コールマンの話は言葉足らずだった。
敢えてお茶を濁すような言い方をしていて、妙だった。
彼は、僕になにかを隠している。
こんな正体不明の奴と協力関係を結んで、本当にいいのだろうかと途中何度も思った。
だが、彼は僕に約束をしてくれた。
近い内に、必ず全てを打ち明けると。
僕の行く手を阻むような真似は決してしないと。
その言葉を、完全に信用したわけではなかった。
はっきり言って、彼のような軽薄なタイプは、僕とは反りが合わないとも感じた。
ただ、彼はあのアリスさんの古い友人だそうだから。
誰よりうたぐり深く、人嫌いで偏屈なアリスさんが親しくしている相手なら、一応は大丈夫じゃないかという気もした。
「どうだい?お二人さン。そろそろ折り合いはついたかナ?」
それに、コールマンには僕にはない人脈がある。
シグリムで生まれ育った人間と手を組めば、なにかしらのメリットは期待できるはずだ。
アリスさん曰く、神隠しの謎の中核はここシグリムにあるという。
となれば、現地のことをよく知る人間は、無知な僕にとって貴重な情報源となりうるだろう。
それでも万一、彼が裏切るような真似をすれば、その時は僕も彼を利用してやればいいんだ。
我々はあくまで期間限定の同士。
僕はここまで友達を作りにきたわけではないし、彼だってきっと、最初からそのつもりで僕に会うことを了承したに違いない。
じゃあ、おあいこだろう?これって。
「そうか!その言葉を聞けて良かった!
正直自分一人で行動するのは心細くてさ。連れがほしいと思っていたんだ。
これからよろしくな、……あ。えーと。
君のこと名前で、呼んでもいいかな?オレのこともミリィでいいし。
……うん。じゃあ、よし。
改めて、よろしく。トリスタン。いや、トーリ君」
今までだってずっと、一人だったんだ。
僕には揺るがない目的があって、それを達成するためなら人目なんて気にしない。
誰に嫌われようが疎まれようが、別に構わない。
そうさ。これからもそのつもりなんだよ。
仲間だとか友達だとか、そんなものは僕にとって枷にしかならないから、必要ない。
今の時代、僕みたいな頭でっかちは、ずる賢くならなきゃ生きていけないんだ。
「なに、それ。初対面でいきなりあだ名とかつけちゃうの?図々しい人だな。
……フッ。まあいいけどさ」
だから、再び差し出された手につい安心してしまったのも、ただの気の迷いだと、その時は思ったんだ。
『Everyone is waiting for you to come.』




