Episode02-2:迷い子よ、私の声が聴こえるか
9月4日。PM2:15。
昨日の内にブラックモアに到着したミリィ一行は、最初の拠点としてまずダリモアという地区に身を寄せた。
今は滞在するホテルの一室で、予定の時が来るのを待っている。
次に行動を起こすのは、明日の正午。
それまではどうしても暇を持て余してしまうので、ミリィとヴァンは荷物のチェックをしながら、何となくベッドの上で駄弁っていた。
一人ソファーに座るトーリはというと、ホットコーヒーを片手に新聞を読んでいる。
「───それにしても、なんというか変わったところだな。ここは」
ふとヴァンが改まると、ミリィは退屈そうに体を揺らして答えた。
「まあ、そうだな。
ブラックモアの名に因んで街並みは黒で統一されてるから、最初はちょっとビビるよな」
「入国審査もやけにあっさりだったし」
「だろ?それもこれも、日頃の行いが良いからだぜ。オレの」
ミリィが得意げに鼻を鳴らすと、実は二人の会話を聞いていたトーリが横から突っ込んだ。
「ギリギリ法に引っ掛からないってだけでしょ」
ミリィはトーリの言葉を敢えて否定せず、開き直った態度で肩を竦めてみせた。
「いーんだよそれで。ヤンチャはしても悪さはしねーもん。堂々とお天道様の下歩けるぜ」
前科持ちのヴァンがこうして入国を許可してもらえたのは、ミリィとトーリが同伴者として付き添っていたから。
この国に相応しい優秀な人材と認められている二人がいたからこそ、連れのヴァンも怪しまれることなく歓迎されたのだ。
もし二人のどちらかでも汚点を抱えていたなら、こうもスムーズにはいかなかっただろう。
冗談めかした口ぶりではあるが、ミリィの言葉は的を射ているのである。
そして当のヴァンが珍しく感心した様子でいるのは、現在地であるブラックモアがとても風変わりな街であるから。
ここは初代主席サリヴァン・ブラックモアが統治した州で、国内で最も人口が少ないエリアとされている。
建造物の全てが黒一色という風変わりな街並みが特徴で、それを目当てに訪れる観光客も多いという。
位置はフィグリムニクス最東端に当たる、右翼部の一端。
隣接する州はプリムローズとユイで、そちらに比べると面積はやや小さい程度だ。
政については、初代の倅であるサリヴァン・ブラックモアJr.が主席の座を引き継ぎ、現在のブラックモアの治世を行っている。
「シグリムって、14人の大富豪が寄り集まって生まれた国なんだろ?
はじめにここの主席だったって奴は、今も生きてるのか?」
「いや、彼はもう既に亡くなってるよ。
今は彼の一人息子が玉座に座ってる。確か50代前半くらいだったか?」
曖昧な言い方をするミリィに対し、すかさずトーリが正しい情報に訂正する。
「55歳。あと二月で56」
「前半じゃないじゃないか」
ヴァンが呆れた目を向けると、ミリィは大体合ってるじゃんと笑った。
サリヴァン・ブラックモア。アメリカ合衆国出身。男性。
一代で現在に至るまでの富裕を為し得たとされる彼は、後年病にて没するまで、世界でも指折りの建築デザイナーとして活躍していた。
性格は自分にも他人にも厳しい鉄のような男だったそうで、現主席のJr.(ジュニア)は怖面だった父と瓜二つと言われている。
ちなみに。
フィグリムニクスと罪人島との間を仲介している管轄が、ここブラックモアのどこかにあるらしいという話は、あくまで噂。
これを知る者は極少数で、真偽の程は定かでない。
「初代が芸術家だったこともあって、ブラックモアの在住者はそっち関係の人が多いみたいだよ」
トーリの補足に、ミリィはそういえばと目線を上げた。
「永住試験も確かそんなんだったよな。芸術に秀でた者は贔屓するって」
「そうそう」
二人のやり取りを聞いたヴァンは、関心とも無関心ともとれる顔でぼそっと呟いた。
「本当に、この国は何もかもリーダーが決めてしまうんだな。
誰を国民として迎え入れるかも、政治も。大統領みたいだ」
ミリィは浅く笑ってベッドに膝を立てた。
「はは。大統領ってよりは、単純に王様かな。
ブラックモアだけじゃなく、他のところも大体は同じだよ。
主席の14人は、自らの統治する州を自由に出来る権限がある。言ってしまえば領地だな。
だから招き入れる客は選ぶ。自分好みの奴を率先して引き入れて、より自分の理想に近い王国をつくる。つっても、好きに出来んのは自分の領域だけだけどな。
登録する時に誓約させられてる以上、国民はそれに従うしかない。郷に入っては郷に従えだ。
嫌なら出て行きゃいいんだし、みんな納得して暮らしてんだよ。
なんだかんだ良い国だしな、表向きは」
対価を支払っている分、ちゃんと見返りはある。
路頭に迷うなんてことはまずないし、税金が高い反面、保証も手厚い。
少なくとも主席の眼鏡に適っている内は、なに不自由ない生活を送れるのだ。
自ら退去を申し出る者は滅多にいない。
そう饒舌に語るミリィだったが、その目付きはどこか虚ろで、所々含みのある言い方をした。
「───さて。おしゃべりも楽しいけど、ヴァン。先にお前の新しい友達を紹介するよ」
ミリィが話題を切り替えると、ヴァンは不思議そうに首を傾げた。
「友達?」
「そ。この先、万が一ってこともあるかもしれないしな。
オレ達のボディーガードとして働いてもらうからには、必要だろ?」
そう言うとミリィは、自前のスーツケースをベッドに上げて、手際よく蓋を開けた。
中に仕舞われていたのは、たくさんの弾倉と二丁の拳銃だった。
鈍色の光を放つその銃の名は、デザートイーグル。
ヴァンが現役当時に愛用していたそれと同じものを、ミリィは前もって発注していたというのだ。
「とりあえず今はハンドガンだけね。
必要になればマシンガンとかショットガンも───」
当たり前のように続けるミリィに、ヴァンは驚いてストップをかけた。
「待て。これは護身用じゃないのか?マシンガンとかって、俺達は戦場にでも行くのか」
「さあ?戦場になるかもしれないし、ならないかもしれない」
ミリィの不可解な返答に、益々ヴァンの疑問は深まった。
「なるかもしれない…?
そもそも、治安に厳しいこの国で銃なんか持ち歩いていいのか」
「ああ、それは────」
肝心なことが明かされる前に、二人の会話は途切れてしまった。
ふと背後から近付いてきたトーリが、ミリィの肩を叩いたのだ。
新聞を読んでいたはずの彼の手には、代わりに携帯電話が握られている。
携帯は既に通話中で、相手はミリィと電話を代わるように要求しているらしい。
受け取った携帯を耳に当てたミリィは、しばらく受話器の向こうと会話をした。
その後なにやら渋い顔で相槌を入れ、はっとした様子で急に立ち上がると、上擦った声で叫んだ。
「脱走!!?」
突如入った一報は、例のお姫様がどこかに行方を暗ました、という残念な知らせだった。




