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オルクス  作者: 和達譲
Side:THE PAST
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Episode-2:東間羊一の選択



「───おかげさまで、妻と不倫相手の男もようやく認めてくれました。

来月辺りには決着する予定ですので、その時改めてお礼に伺います」



自由に動けるようになったからといって、すぐにやりたいことが見付かるわけはなく。


桂一郎さんの助言通り、今後は自分なりに模索していくつもりではあったが、その時はまだ地に足がついていないような心許ない感じがあった。

なので、具体的なプランが思い付くまでは、習慣だけは疎かにしないようにと始めに思い立った。


それが、おれが独学で進めていた人工知能の開発だった。



小学生の頃からロボットに興味があったおれは、歳を重ねる毎にテクノロジーの世界へと傾倒していった。

今じゃすっかりオタクの仲間入りだ。


この時代、ロボットはとても身近な存在だ。

人の代わりに雑事をこなしたり、限りなく対人に近いコミュニケーションが取れたり。

種類は様々で、性能はピンからキリまで豊富にある。

特に近代化が進んでいる都市国家では、なくてはならないものとして根付いているところも多いだろう。


だが、未だに人工知能、ロボットに感情を持たせるという面ではあまり進歩していないのも現状だ。


おれが特に関心を持ったのは、そこだった。

まだ誰も成し遂げていないものを、おれが最初に完成させたいと思ったのだ。


根源にあったのは寂しさだった。

人と接したいと思う反面、深く関わっていくのが怖くて、いつも腰が引けてしまうから。

だから、限りなく人に近い無機物を作れば、対話の練習相手になるし、その人が寂しい時には寄り添ってくれる癒しの存在になればと思って。


おれ自身、ロボットでもいいから友達が欲しいという考えから始めたこと。

これだけは、昔から一貫して変わらないおれの趣味で、課題だった。



「───最近、そっち方面のお客さんが随分増えたそうだね?依頼も順番待ちになるくらい、繁盛しているらしいじゃないか。

……君がやり甲斐を感じてやっていることなら、それでもいいさ。

けど、くれぐれも無茶はしないでね。君の身になにかあれば、私はご両親に合わせる顔がないよ」



そして、人工知能の開発と並行して、新たに始めたことがもう一つあった。

それが、"なんちゃって探偵業"だ。


あまり大きな声では言えないが、元々クラッキングはおれの十八番だった。

パソコンと向き合っている時だけは素の自分でいられたし、なにより画面越しの単調な文字でのやり取りなら、人と話すのも怖くなかった。


だから、なにかそれを活かせることがしたいと思って、そんなことを始めたんだ。

あくまで趣味の延長、という軽い気持ちで。



しかし、それが思っていた以上に評判になってしまって。

いつしか、探偵業だけで十分食っていけるレベルにまで達してしまった。


予想外の展開に、おれはとても驚いた。

赤の他人のプライバシーを覗き見るのも、当初は気が引けていた。


ただ、依頼してきた人達に、ありがとうと言ってもらえるのが嬉しくて。

次第に、負い目よりもやり甲斐の方が勝るようになっていった。



人の秘密を暴くというのは、決してみんなが幸せになれることじゃない。

でも、結果として、誰かの不幸や苦悩が和らいだり、諦めることで前に進む力を得ることもある。


依頼人のほとんどは、過去になにかに裏切られた人間だ。

連れ合いが他所で浮気しているかもしれないとか、信用していた人が自分を陥れようと画策しているとか。

改めて真実と向き合うのは怖くても、みんな、本当のことが知りたいんだ。


だから、悪い奴が困って、可哀相な人がこれ以上苦しまずに済むなら、それが一番だとおれは思った。




「───巷で噂になってる神隠しって、東間さん、ご存知です?」




久々に耳にしたフレーズは、おれを更なる深みへと引きずり込んだ。


神隠し。知らないはずはない。

だって、その現象に名前を付けたのは、他でもないおれなんだから。




「ここに来る前にもあらゆる手を使いましたし、今後とも諦めずに調査は続けていくつもりです。

ただ、……自分一人でやるには、段々体が追い付かなくなってきて。誰かネットワークに明るい人に手伝ってもらえないかと、長らく協力者を探していたんです。

解決してくれなんて贅沢は言いません。ただ、なにか一つ、どんな些細なことでもいいから、手がかりを見付けてほしいんです。

どうか、お願いします。貴方の手腕を見込んで、どうか」



探偵業の方が軌道に乗り、仕事量と収入が安定してきた頃。

口コミをもとに、ある人物がおれにコンタクトをとってきた。



痩せこけた頬と使い込まれたキャスケットが印象的な、当時30代半ばの白人男性。

彼には歳の離れた妹がおり、生来仲良く付き合ってきたそうだが、その妹が数年前に突如失踪してしまったという。


動機は不明。手掛かりもなし。

警察の捜索も一年前に打ち切られ、事件を取り扱ってくれるメディアも次第になくなり、最早発見は絶望的な状況まで追い込まれていた。


それでも、彼は諦めなかった。

警察が助けてくれないなら自分一人でどうにかしてやろうと立ち上がり、今もたった一人で妹の行方を探し続けているという。



そんな彼が、知る人ぞ知るおれの連絡先を入手し、密かに頼ってきた理由は一つ。

例え亡きがらとなっていても構わないから、消えた妹をどうか見付け出してほしいと協力を請うためだった。


本人曰く、おれが神隠し現象に造詣が深いと人伝に聞いたのが、一番の駄目押しとなったそうだ。



だが、自分で名付けておいてなんだけど、神隠しなんてものは所詮ただの噂話だ。


数年前まではネット上でも色々と囁かれていたし、おれも関心を持っていた。

けど、結局は全て作り話だろうという線が濃厚になって、次第に話題に上がることの方が少なくなった。

悲しいかな、若者の失踪も誘拐事件も、今の時代別段珍しいことじゃないから。


だから、最初は断ろうと思ったんだ。

仮に、彼の妹が本当に神隠しに巻き込まれたのだとすれば尚更発見は難しいし、世の中にはクラッキングだけじゃ辿り着けない領域もある。

申し訳ないが、実体のまるで見えてこない不透明な案件は、自分は扱わないことにしているんだと。



でも、その時の彼の表情がとても真剣で。

貴方はただ噂話に惑わされているだけ、なんて、とても言える雰囲気じゃなかった。



「はっきり言って、おれが手を貸したところで、結果は今までと変わらないと思います。

万策尽きておれを頼ってきたのかもしれませんが、おれだって、やれることには限界がある。

だから、承諾はできません。

一応、調べてはみます。ただ、成果は期待しないでください」




あの不確かな現象に名前を与え、肉付けして広めたのはこのおれだ。

だから、おれにも責任があると思った。

直接の関係はなくとも、一応は名付け親として無視できない。しちゃいけない気がした。



以来おれは、前にも増してモニターに張り付くようになった。

日課の合間を見付けては、神隠しについて調べるようになった。


そうして掘り進めていく内に、おれ達が踏み込もうとしている領域が、恐ろしいレッドゾーンであることに、気付いた。



深く潜れば潜るほど、次々に出てくる黒い疑惑。

もしかしてと感じたものはほぼ一本の線で繋がっていたし、芋づる式にヤバそうな情報がみるみる持ち上がってきて、なんていうか、本気でヤバかった。


その瞬間おれは、今までの認識がいかに甘かったかを思い知った。

これは、ただの失踪事件なんかじゃない。派生して生まれた都市伝説などでもないのだと。



近年、世の中には恐ろしい陰謀が数多く潜んでいる。


アメリカは宇宙人と交信する術を隠し持っているだとか、ロシアが生物兵器の開発に成功したとかしないとか、中国には隕石並の破壊力を持つ核爆弾があるとか。

どれも本当かよって感じだけど、絶対に有り得ない話でもない。


けど、これは。

一見すると嘘みたいだけど、まことしやかに囁かれている噂話の中では一番現実味がある。

医療機関が、それに付属する研究機関が、人材を集める理由で最も考えられる可能性といえば。



フィグリムニクスに、おれの生まれ育った国に、神隠しの首謀者が、いる。




「───最近全然外に出てないみたいだし、あんなに評判が良かった探偵業の方もお休みしてるって、神坂くんから聞いたよ。

もしかして、なにかあったのかい?私で良ければ相談に乗るよ、羊一君」




その後。

彼からの連絡が、前触れなしにぷっつりと途絶えた。

毎日欠かさず、決まった時間にメールを寄越してくれていたのに、それが急に来なくなったのだ。


"ミイラ取りがミイラになる"。

以前、神隠しについて討論していたスレッドでたまたま目にしたその書き込みが、この時ふっと思い浮かんだ。


この言葉は、厳密には少し意味が違うのだけど。でも、これは。

直感して、おれは頭が真っ白になった。

恐らく、彼はもう。


確認しようにも、こちらから連絡をとればおれも足がついてしまう。

どこに悪党が潜んでいるか分からない以上、下手に動けない。


依頼人とのコンタクトに使用していたアドレスは捨てアドだった。

運営していたサイトも、ロシアと日本のサーバーを経由していた。

だから多分、大丈夫だとは思うけど。


それでもおれは怖くなって、仕事で使っていたものはすべて捨てた。

サイトも、アドレスも、依頼人の連絡先も。



自分でも無責任極まりないことをしていると思ったし、まだ決まってもいないのに彼を見捨てるような真似をしていいのかと、何度も葛藤した。


でもあの人は、自力でどんどん先に進んでいったんだ。

例え、おれの協力が得られなかったとしても、いつかは自分一人で真相に辿り着いたかもしれない。


なまじその行動力が、悪の本拠であるかもしれないこの国でも、変わらず働いていたのだとすれば。

相当に目立っていたはずだ。


危険区域でおおっぴらに秘密を嗅ぎ回っていたら、関係者に目を付けられるのは当然だ。



こわい。

おれも、いつかは見付けられてしまうのだろうか。

おれも、彼同様にミイラになってしまうのか。

口封じのため、ひっそりと葬られてしまうのか。


いつも背伸びをして、一人前の大人として扱ってほしがるくせに。

こんな時だけは、子供がやったことだからと猶予を求めてしまいたくなる。



ここまで来て。あともう一歩のところだというのに。クソッ。


底無し沼の中にいるのが何者なのか、確かめる勇気がない。

真相は目と鼻の先にあるはずなのに、腰が引けてしまって、これ以上近付けない。



だって、目が合ってしまったら、向こうも、おれのことを。



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