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オルクス  作者: 和達譲
Side:THE PAST
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Episode-3:シャオライ・オスカリウスの根源



「なあピアソン。一ついい儲け話があるんだが、お前も一枚噛んでみないか?」



思えば、あれが俺にとって三度目の転機だったんだろう。



近年、巷で都市伝説のように囁かれている"神隠し"現象。

そいつを裏で操っている"神様"の一人が、今目の前にいるこいつだというのだ。


健康で才ある若者を拐かし、表向きには死亡したものと見せ掛けて、実際は秘密のルートで悪趣味な金持ち共に売り捌く。

要は、生身の人間に商品としての値を付ける、ということだ。



「────昔はこの足で、直に商品の調達に出ていたんだがよ。近頃はそこらの輩でも結構使えるようになってきてな?

今じゃ、下請けの実行犯から仲介役にランクアップして、自分の手を汚さずとも大金が手に入るようになったってわけだ。

お前はそっちの方ではド素人だが、俺の口添えで始めから仲介役を任せてやることもできる。

慣れるまではもっぱら子供がメインだし、リスクもそう高くない。

どうだ?お前金貯めてんだったし、いい話だろ?」



その話を聞いて、俺は何故こいつが急に出世したのか分かった。


こんな、見るからに頭の悪そうなチンピラが、チャイニーズマフィアの中でも五本の指に入るデカい組織で幹部を任されているなんて。

ずっと身分不相応だろうと思っていたんだが、なるほどな。


そういう意味では、中国は人材の宝庫といえるだろう。

まさにより取り見取りだ。


次から次へと湧いて出る、人間という名の金の種。

コストもかからず、食い潰して滅ぶということもない。

確かにこれなら、一生金には困らないかもしれないな。

少なくとも、務所にブチ込まれるまでは。


だが、残念だったな。

生憎と俺は、お前と違って子供が好きなんだ。


それから、もう一つ言わせてもらうと。

お前のような、罪のない子供を食い物にする人間が。

無垢な少年少女の未来を好き勝手に決めて、振り回す大人が、俺は。

世界で一番、嫌いなんだよ。




「へえ。なかなか面白そうな話じゃないか。

ここは一つ、まずはアンタのお手本を見せて、俺をその気にさせてくれよ」




アンタの汚ぇ金髪も、どぎついコロンの臭いとも。ようやくオサラバだ。


いいかいクソ野郎。

その濁った三白眼でよく見てな。


俺の逆鱗に触れるとどうなるか。自分の軽率な行いを精々悔いるといいさ。

お前のくだらない命にどれほどの価値があるか、その身を以って思い知れ。




「───目が覚めたら、お前の上司に俺がこう言ってたって伝えろ。

"前からずっとムカついてたんだが、いつもてめえの全身から、糞を塗りたくったような酷ぇ匂いがしてたぜ"、ってな」




奴がウチのお得意様になってから、五年後の夏。

俺は、命懸けの嫌がらせに出た。


奴が所有していた商品回収リストという名の次のターゲット名簿を、オリジナルから控えのデータ分まで全て破壊。

ギャングがここら一帯で人さらいを企んでいるという旨を匿名で警察にリークし、パトロールを強化させることでクソ共の行動範囲も制限。


ついでに、奴の指示で拉致の実行役を任されていた下っ端達を全員病院送りにし、組織に囲われていた囚われの女共もこっそり解放してやった。


どうせもう二度と関わることはないんだからと、最後にやりたい放題やってやった。

金髪豚野郎への個人的な報復も兼ねて。


今後のことがなければ、いっそこの手で仕留めてやってもよかったんだが。

そうなると俺は完全なお尋ね者になってしまう。


本格的に目を付けられないためには、あまり派手に暴れ回らないこと。

あくまで、あの男の管轄内で出来る限りを、ということだ。



結果。

奴は俺の想定以上に怒り爆発。

組織ぐるみで追われることはなかったものの、自分の部下を総動員して俺の確保に当たらせた。

見つけ次第、必ず自分のもとへ連れて来るようにと。


だが、逃げ足の早さで俺の右に出る者はない。

こちらから一方的に組織との縁を断ち切った後は、独自のコミュニティーを活かして各地を点々とし、奴らの追跡から逃れ続けた。



「───あ、バレンシア?そう私だ。うん、久しぶりだね。

……あー、うん。そう。先日のメールの件でね。

急な話で申し訳ないんだが、君のコネでなんとかならないかな。今ちょっと身動きが取りづらい状況でね。

……そうか。助かるよ。やっぱり持つべきものは友達だねえ」



その後。

このままではただ鼬ごっこが続くだけだと理解したのか、追っ手の勢いは徐々に衰えていった。


しかし、これで全てが終わったわけではない。

幼稚で学のない男ではあるが、悪知恵が豊富でぬかりのないあいつのことだ。

きっと、油断した俺が尻尾を出すのを、息を潜めて狙っているに違いない。


いつどこで、関係者が目を光らせているかわからない。

しばらく潜伏を続けるにせよ、新しい手に打って出るにせよ、タイミングと相談相手には十分に気を付ける必要があった。



「───ハーイ、ピアソン。私の新しい根城へようこそ。

アナタのアジトについては、大体良さげなところに目星を付けておいたんだけど……。ここなんてどうかしら?

国内で一番規制が緩いから、薬物の流通も平然と続いてるし、なにより主席の坊っちゃんがアナタの嫌いなタイプなの!

傾向としても、腹に一物抱えた人達の溜まり場みたいな地域だから、きっと相談事も多いはずよ。

情報屋にとって、これほどの良物件はなかなかないわ。私は綺麗好きだから遠慮するけどね」



そこで俺は、新しい潜伏先として、あのシグリムを選んだ。


理由は二つ。

一つは、あの国はそんじょそこらの輩を寄せ付けないから。


よほどのコネクションがない限り、奴のようなギャングの成りそこないは、国内の土を踏むことすら難しい。

たとえ、そこに俺がいると確信していても、迂闊に手は出せないはずだ。


加えてもう一つが、例の神隠しとフェイゼンドに深い関係があるらしいとの情報。

奴曰く、さらわれた者達のほとんどが、最終的にはあの国に吸収されているのだという。

これが事実であるなら、実際にこの目で確めてみたいという好奇心もある。

前々からどうも胡散臭い国家だと気になっていたし、この際世界の陰謀とやらを突き止めてやるのも面白そうだと思った。


なにより、消えた子供達がその後、どのような末路を辿っていったのか。

俺はそれが知りたかったのだ。




「───あなたが、情報屋のピアソン?シグリムで三本の指に入るっていう」




そして、俺にとって四度目の転機を運んできた君達と、邂逅した。


恋人の行方を探している少女と、謎多き父の正体を訝る青年。

余計なことに片足を突っ込んで、すっかり追われる身となった俺。

三人の利害が一致した時、俺達は運命共同体となった。


盟友。仲間。共犯者。

我々の関係に明確な名はないが、なにしろ俺は、ずっと一人で生きてきた人間だ。

誰かと連れ合って行動したことなどなく、まして目的を共有する仲の相手なんて、今まで一人もいなかった。


仲間なんて、いても自分の足を引っ張るだけ。

誰かがミスを犯せば、全体に影響が出る。一人で好きに行動できない。

そいつの生い立ちを知ってしまえば、いくら割り切っているといえど、少なからず情も芽生えてしまう。


いいことなんてない。

だから、こいつらと一緒にいるのは、あくまで期間限定。

煩わしくなったらいつでも切り捨ててしまえばいいのだと。

当初はそう思っていた。



「───お前の生き方にとやかく言うつもりはない。

だが、少なくとも今は、お前の問題は俺達の問題でもあるんだ。

俺達は友人じゃなく、運命共同体だと言っただろ。

隠し事は極力するな。いざとなったら自分一人でどうにかしようなんて考えるな。

進むのも転ぶのも、これからは全員で共有していくんだ。

俺もマナも、お前を信用すると決めた。

だから、お前も俺達を信じろよ、シャオ」



気付けば、鬱陶しいと感じながらも、存外こういうのも悪くない、なんて思い始めている自分がいた。


俺達の関係は、所詮仮初めのもの。

目的が達成されれば終わる。

先には別離が待っていて、永遠に続くものじゃない。

性格も趣味嗜好も異なり、意見が食い違うことも少なくない。

正直どいつも俺の好みのタイプじゃない。


なのに、どうして惹かれる。

面倒なのに、不快じゃない。


いつしか、俺達は出会うべくして出会ったんじゃないかと。

柄にもなく、そんな人臭いことを考えたりするようになって、焦った。


固く封じたはずのものが、またじわじわと芽を出し始めているのを感じる。

綻び出しているのがわかる。


このまま彼らと共にいたら、俺はきっと、また。




"そう。お利口ね、シャオライ。あなたならきっとそう言ってくれると思ったわ"。




思い出せよ、シャオライ。

今の俺はなにでできているのか。

忘れるなよ。あの日の恨みを。決意を。懺悔を。


後悔の度、連なっていった黒の螺旋。

確かな痛みと共に、この身に刻んできた軌跡の証。

このタトゥーが両腕一杯になった頃には、完璧に心を沈められたはずだった。



お前はもう人間じゃないんだ。わかっているだろ。

心を許せば、後で自分が傷付くだけなんだと。

愛してしまったところで、愛されるはずがないと。

わかっているのに。



"あれが、あなたにとっての"素"なんでしょ?"。

"こいつはいつもこんな調子で変わり者だが、実力は確かだ。俺が保証する"。




いつか来る彼らとの別れが、時折怖いなどと思ってしまうのだ。






『Can I trust her?』



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