Episode-4:マナ・レインウォーターの離愁
「そうか。君にもとうとう、好きな人ができたんだね。子供の成長というのは、本当にあっという間だ。
勿論、僕はいつでも二人の味方だから。
なにか困ったことがあれば、遠慮なく頼ってくれていいからね」
ニコにチェルシーを紹介した時、彼は最初だけ驚いた顔をしていたけれど、すぐにボクらのことを応援すると言ってくれた。
チェルシーもニコのことを、お兄さんができたみたいで嬉しいと気に入ったようで、それからは三人で食事をする機会も増えた。
ボクは幸せだった。
優しい家族と素敵な恋人に囲まれて、果報者だと思った。
かつて自分が親に捨てられた孤児だったことなんて、今じゃ全く気にならないほど、周りの人に恵まれていることを日々実感した。
「最近はね、キャンパスにいる間も滅多に絡まれなくなったの。
マナが私のボディーガードみたいに側にいてくれるおかげで、みんな迂闊に近寄れなくなったみたい」
あれ以来、ボクが頻繁にキャンパスへ顔を出すようになったからか、チェルシーをいじめていた連中も少し大人しくなったという。
もしかしたら、常にボクと繋がっているようになった彼女へ、下手に手を出せなくなったのかもしれない。
なにかあればすぐに飛んで行けるよう、離れている間もこまめに電話やメールでやり取りを続けてきたから。
当初は、ボクという存在を周囲に認識させることで、多少牽制になるかもと考えていたんだけど。
どうやら期待以上に効果があったようだ。
それでも、わざと本人にも聞こえる大声で悪口を言われたり、靴を隠されたりなどの嫌がらせはしばらく続いたという。
けれどチェルシーは、暴力を振るわれなくなっただけで大助かりだと喜んでいた。
今のボクには、こんな些細な手助けしかできないけれど。
少しずつ本来の明るさを取り戻していくチェルシーを見て、ボクは、少しでも彼女の役に立てたなら良かったと心から思った。
ーーーーー
「わ!本当に思い切ったわね。随分短くなった。
首のあたり、ちょっと寒そうに見えるけど、どう?」
「平気。最近はなかなか美容院に行く時間がとれなくて、伸ばしっぱなしだったからね。
中途半端に長くてずっと邪魔だったし、この際ばっさりいくことにしたんだ」
そして、チェルシーとの出会いから一年後。
高校三年に進級したボクは、区切りをつける意味で、思い切って散髪をした。
肩につくほどだった髪はすっかり短くなり、よりユニセックスな見た目になったボクを、チェルシーは一段とかっこよくなったと褒めてくれた。
だが、ボクが髪を切った理由は、単に気分転換のためだけではなかった。
以前からボクは、チェルシーにも度々髪を切ってみてはどうかと提案していた。
今の髪型も決して悪くないけど、たまには印象を変えてみれば、周りの見る目も変わるかもしれないと思って。
でもチェルシーは、自分は不美人だから、こういう地味な格好が似合いなんだと言って、イメージチェンジというものにずっと消極的だった。
だから、先にボクが手本を見せることにしたんだ。
一緒に変われば怖くないと思って。
勿論、それでもチェルシーが嫌だと言うなら、無理強いするつもりはなかった。
ただボクは、ボク以外の人にも知ってもらいたかったんだ。
チェルシーは不美人なんかじゃない。
笑うととても可愛くて、素敵な女の子なんだってことを。
チェルシーを一目見ただけで、地味なオタクだとか、冴えないとかって勝手に決め付けて、馬鹿にしてくる奴らに、教えてやりたかったんだ。
「……へ、変?やっぱりちょっと、切りすぎた、かな?
…もう、ニコニコしてないでなんとか言ってよ!」
何故ボクがこうしたのか訳を話すと、チェルシーもようやく決心が付いたのか、一週間後大胆に髪をカットした姿でボクの前に現れた。
胸下まであったロングヘアーは爽やかなショートボブになり、真ん中で分けていた前髪も短くして、以前より顔立ちがよくわかる髪型になった。
加えて、寒色系のものばかり選びがちな本人に代わり、ボクが控えめでも可愛いらしい色の服を何着かプレゼントした。
同年代の子達と比べるとそれでも地味な方だったけど、おかげで印象はぐっと明るくなったように思った。
「こんな可愛い服を着たのは小学生以来ね。
ありがとう、マナ。なんだか別人になった気分。自分ではこんな格好、したくてもなかなか勇気が出なくて…」
「気に入ってもらえたなら良かったよ。よく似合ってる。
……怪我の跡も目立たなくなってきたみたいだし、この際思い切って、ミニスカートとかノースリーブとかにチャレンジしてみるのもありだと思うよ?」
「それは無理だよー!露出の多い服はハードルが高いから、私にはむりむり!」
「そうかな?せっかく綺麗な足してるのに、勿体ない」
外見を変えたことで気持ちも明るくなってきたのか、チェルシーは日に日に機嫌が良くなっていった。
背筋は伸び、視線はしっかりと前を見据え、出会った頃のようなおどおどとした態度も幾分落ち着いた。
内気で謙虚な性格は変わらなかったが、前より少しは自分のことを認められるようになったのかもしれない。
イメージチェンジをきっかけに大学でも友達ができたというし、チェルシーが徐々に生きるということに前向きになっていくのが分かる。
ボクとしては、彼女を独り占めできる時間が減って寂しくもあったけれど、彼女の良さを分かってくれる人が増えるのはいつでも大歓迎だった。
「嫌がらせも減ったし、新しい友達もできて…。マナとも頻繁に会えるようになった。
こんなに毎日が楽しいと思えるのは初めてだわ。
それもこれも、全部マナのおかげ」
「そんなことないよ。全部君の努力の賜物。
これでようやく、みんなもチェルシーの良さがわかってきたってことだ。気付くのが遅いけどね。
ボクとしては、その間ずっと君を独り占めできて嬉しかったけど」
「うふふ、マナったら可愛い。
他に何人友達ができたとしても、私の一番があなただってことは、いつまでも変わらないわ」
その日チェルシーは、改めてボクにお礼がしたいと言ってきた。
いつもお世話になってばかりだから、たまには自分がリードして、ボクの喜ぶことをしてあげたいと。
ボクはただ一緒にいられるだけで十分だと言ったけど、チェルシーは是非やらせて欲しいと譲らなかった。
だからボクも、せっかくなので彼女の話に乗らせてもらうことにした。
具体的になにをどうするかは当日まで秘密ということで、ボクは彼女の考えたプラン通りに、手放しでサプライズを楽しめばいいとのことだった。
時期は夏。8月の13日。
この日を好きな人と過ごすのは初めてのことだったので、なんだか妙にそわそわとした不思議な感覚だった。
"細かい出生記録は残っていないようですので、レインウォーターさんがこの子を発見された当日の日付が、この子の新しい誕生日ということになります。
以後、公式の手続き等で生年月日の開示を求められた際には、そのようにご記入ください"
誕生日なんて、誰からも存在を望まれていなかったボクにとっては、喜ばしいというより忌ま忌ましい日だった。
この世に生を受けたことを、心の底から喜んだことはなかったし、その日を純粋に楽しむことも、今まではできなかった。
でも、これからはニコとチェルシーと一緒にお祝いできるんだと思うと、来たる8月の13日が、とても待ち遠しいものに感じられた。
「いい?いつもの場所で11時に集合だからね。約束よ!」
そして迎えた、誕生日当日。
ボクの幸せな気持ちをよそに、チェルシーはなんの前触れもなく、突然ボクの世界から姿を消した。




