Episode01-5:王子より咎人に告ぐ
「世に広まってる恐ろし~い噂話は、すべて尤もらしいデマ。フィクションなんだよ。
あそこの実態はな、人身売買の温床なんだ。買い手がつくまでの間、商品を新鮮なまま管理しておくための場所。
5日に一遍もメディカルチェックなんてやってんのは、そのせいさ」
「じゃあ、俺も売り物として島に送られたってことか?ただの殺人犯なのに?」
「問題はそこだ。
アメリカで身柄を拘束されたお前が、なぜ現地で裁かれずに、島へ護送されることになったのか」
敢えて自分からは明言せず、ミリィはヴァンの意見を待った。
ヴァンは今一度当時のことを思い返し、まだ腑に落ちない顔で切り出した。
「もしかして、そのための検査だったのか」
期待通りの返答に、ミリィは人差し指を立ててニタリと笑った。
「ご名答!」
事前に行われた身体検査。
あれは単に体の状態を調べるだけでなく、罪人を選別するテストも兼ねられていたのだ。
その内の凡そ8割は見込みなしと振り落とされ、平常通り現地の拘留所に収容されるのだが、ヴァンの場合は違っていた。
「皮肉な話、常軌を逸した犯罪を起こす奴って、平均してスペックの高いのが多いんだよ。
飛び抜けてIQが高かったり、人間離れした身体能力を持っていたり。お前の場合は後者だな」
「なら、警察に捕まった奴はみんな例のテストを受けさせられるのか?」
「いや、それはないな。
そこらのチンピラはむしろ並以下の奴のが多いし、次から次へ沸いて出る犯罪者共を全員チェックするのは時間の無駄だ。割に合わない。
ターゲットとなり得るのは、世間を震撼させるようなデカい事件を起こした奴限定だ。裁判にかけられる前から、極刑は確実だろうと目されてる奴が、狙い撃ちにされてる。
パクりに行く前から、しっかり目星をつけられてるってことだよ」
ミリィはヴァンの顔に向かって遠慮なく指を差した。
トーリはミリィの言葉に補足の説明を始める。
「君の場合、おおっぴらには騒がれていなかったけど、界隈で知らない者はなかった。だから狙われたんだろうね。
殺し屋なんて、客との信頼関係あってこそ成り立つ仕事だろうし。ひとたび内輪で歪みが生じてしまえば、あとは時間の問題だ」
島へ護送された罪人達が、収容所に残留できるのは一月が規定。
買い取り側の希望で都合するなどの例外を除き、誰からも見初められずに一月を過ぎてしまった罪人は、島で殺処分され島で埋葬される。
主な処刑方法は、電気ショックか毒殺の二択。
収容所が大まかに上下三つのエリアで区分されていたのは、居住スペースと処理場を分かつため。
処理場のある地下一階へと連行されていった者達は、即日処分が確定した者達だったというわけである。
「看守と一緒に階段を下っていったお仲間が、それっきり姿を消した……。
なんてことが、お前のいた間にも一度くらいはあったんじゃないか?」
ミリィに促され、ヴァンはそういえば、と顔を顰めた。
「フフ。お前は死なずに済んで良かったな、ヴァン。
そもそもは、お前の腕利きとしての知名度が却って仇となったわけだが?こうしてオレがお前を救い出せたのも、その知名度のおかげ。
不運なのか強運なのか。まあ結果オーライってことで」
徐々に声のトーンが上がっていくミリィとは逆に、ヴァンの表情は曇っていくばかりだった。
「さっき、罪人の中から気に入った奴を予約できるって言ってたよな。
予約が可能ってことは、俺達の情報がどこかで公開されてるのか?」
「所謂ビップ専用コミュニティーってやつだね。
傷むほど私腹を肥やしてる物狂い共が、アンダーグラウンドで互いの情報を交換し合ってる。
仮に指名がダブった場合には、より高い額を明示した方に優先権がある。競売ってやつだよ。いかにも前時代的だ」
トーリの表現に引っ掛かる部分のあったミリィは、してやったりとでも言いたげに唇を尖らせた。
「お前だって口悪いじゃん」
トーリは指先で眼鏡のブリッジを持ち上げると、呆れた溜め息を吐いた。
「君のが伝染しちゃったのかも」
こうして何気無い会話を続ける二人からは、動揺や困惑の類が全く見受けられない。
むしろ人の殺生を口にするには軽率というか、双方共に夕食のメニューでも相談しているかのような口ぶりだ。
「どうしてそんなに冷静でいられるんだ」
思わずヴァンが尋ねると、トーリとミリィは割り切った顔で順に答えた。
「今のご時世、有り得ない話じゃないからね」
「どんなに文明が発達しても、人間の根っこは変わらないってことさ」
傍から見れば、確かに今の二人は落ち着き払っているように見えるだろう。
だが彼らも初めて真実を知った時には、ヴァン以上のショックを受けていたのだ。
表社会の裏側で、まさかこんなことが罷り通っていたなんて。
それを知らずに、自分達は今まで生きていたなんて、と。
想像もしなかった地下社会の現実を目の当たりにして、今時の若者が平気でいられるはずもない。
それでも、こうしてポーカーフェースを装えるようになったのは、恐怖に打ち勝つほどの確固な信念があったからだ。
この先にはきっと、もっと恐ろしいものが潜んでいる。
だからこれからは、なにを聞いてなにを知っても、怯まずに立ち向かい、受け入れていこうと。
一人では足が竦んでしまう道程でも、二人なら支え合って進んでいける。
どちらかが逃げ腰になった時には、どちらかが尻を叩いて立ち上がらせればいい。
そうやって互いを鼓舞し、互いを巻き添えにすることで、二人は強引に自らを鍛えてきたのだ。
でないと今にも恐怖に縮み上がって、平和な日常が恋しくなってしまうから。
「───そして、次に拾いにいく鍵が、彼女だ」
話題を切り替えたミリィは、冒頭にあったファイルをヴァンに手渡した。
ヴァンはファイルから数枚の書類を取り出すと、ミリィとトーリにも見えるようにベッドに広げた。
そこには一人の女性の全身写真と、彼女に関するものと思われるプロフィールが事細かに記載されていた。
「ウルガノ・ロマネンコ。
オレと同じ22歳のベラルーシ人だ。なかなか美人だろ」
自然な調子のミリィに対し、ヴァンは少し困った様子で怖ず怖ずと頷いた。
「そう、だな。
傭兵と書いてあるが、この女がどうしたんだ?」
「彼女が次の被害者と目されている、我々にとっての新たな鍵だよ。
厳密には少し違うけど、結末は君と同じ運命だ」
トーリの言葉に矛盾を感じたヴァンは、もう一度女性のプロフィールを見直した。
「でも、傭兵なんだろ?罪人島に送られてくるのは、大罪を犯した奴だけだ」
ミリィは国民証を入れていた場所から別の物を取り出すと、ヴァンに向かって差し出した。
「そう。彼女は犯罪者じゃない。純粋な被害者だ」
ミリィがヴァンに確認させたのは、一枚のバストアップ写真だった。
写っているのは書類にある彼女、ウルガノ・ロマネンコの姿で相違ない。
きっちり正面から撮られているそれは、盗撮というよりは証明写真のようだった。
「神隠しだよ、ヴァン。
お姫様が闇に捕われてしまう前に、オレ達が彼女を迎えに行く」
神隠し。
聞いたことのないフレーズに、ヴァンはまた眉を寄せた。
『Did you call me? 』




