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オルクス  作者: 和達譲
Side:A
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Episode10-3:悪魔にしては情があり、小悪魔と呼ぶには凶悪だ



「実は私、四人目の被害者とはちょっとした仲でね。彼がどういう立場の人間なのか、元から知っていたのよ。

殺されたと聞いた時には、とても驚いたわ」



台詞とは裏腹に、バレンシアは大して驚いても悲しそうでもなかった。

アンリは前以てシャオから聞いていた被害者達の名前を記憶に起こした。



「四人目といえば───、ラザフォードか。ラザフォード・ティッチマーシュ。

俺達がアメリカに飛んでいた時分に消された男」



バレンシアは垂れた髪を耳にかけた。



「そう。彼とはここじゃない、別のカジノで知り合ってね。

連休にはよくガオを訪ねて、日頃のストレスを解消するんだと言っていたわ」




ラザフォードとバレンシアが知り合ったのは、今より一年以上前のこと。


ガオ州・某カジノ内に設置されたバーの一角にて、当時のラザフォードは静かに酒を(あお)っていた。

一人飲みが好きなのか、連れの姿はなかった。格好もポロシャツにチノパンツとラフで、どうやらプライベートで遊びに来ているだけのようだった。

しかしながら、一見やさぐれた風の佇まいには気品が感じられた。ブランド物の腕時計や靴も嫌みなく着こなしていた。


バレンシアは一目でラザフォードの素性に確信を持った。

鳴りを潜めているが、豊かな暮らしを送っているのは明らか。

さぞ名のある大企業にお勤めか、ないしは生まれ持っての資産家に違いない、と。


そこでバレンシアは、新たな人脈を広げるべくラザフォードに接近することにした。

黒髪のウィッグを被り、知性的な眼鏡を掛け、自分では絶対に選ばない清楚系の服を着て変装。

いかにも頭のおカタいエリートが好みそうな気位の高い女を演じ、お友達になりましょうと声をかけた。


だがラザフォードは、プライベートとビジネスはきっちり分けるタイプのようで、バレンシアの前ではなかなか仕事の話をしてくれなかった。

その警戒心の強さは、珍しくバレンシアが苦心させられたほどだった。



数日後。

バレンシアが粘りに粘って口説き続けた末に、ある転機が訪れた。

この日のラザフォードはいつにも増して酔いが回り、バレンシアが引き出すまでもなく上機嫌に身の上話をした。

好機を感じたバレンシアは、どんなにつまらない冗談にも愚痴にも笑顔で応えた。

気を良くしたラザフォードは、ずっと避けていた仕事の話題にまで言及し、やがてボロを出した。


"自分は()のフェリックス・キングスコート直属の部下だった。

現在は(かれ)の率いていた特別なチームに身を置いている"と。



当初バレンシアは、休暇でフェイゼンドに滞在している外国人なのだと自己紹介した。

身近な存在でなければ、うたぐり深いラザフォードの緊張も少しは和らぐのではないかと考えたからだ。

もちろん、説明した経歴は全て嘘。一時凌ぎの作り話に過ぎなかったが、当のラザフォードには想定以上のダメ押しとなったようだった。


実のところ、バレンシアの色香と話術に落ちる寸前だったのだ。

冷淡を思わせるポーカーフェイスは、精一杯の強がり。本当は喉から手が出そうなほどバレンシアに惹かれていて、理性とプライドで圧し殺していたに過ぎなかった。


彼女とは所詮、期間限定の短い付き合い。

残り数日で国へ帰ってしまう相手とならば、たまの失態も許されるだろう。

最後の最後でアバンチュールの誘惑に負け、油断したラザフォードは、とうとう重い口を開いてしまったわけだ。



フィグリムニクスの創立者───、の隷下だった男。

確かに金の匂いはするが、権力を盾にした時点でラザフォード自身の底は見えた。

この程度の器量なら、こちらが試行錯誤してまで近付く対象ではなかったかもしれない。


思ったより見込み薄だったラザフォードにバレンシアは落胆したが、一度結んだ縁は後生大事に取っておいたという。

それがまさか、一年越しの重大なヒントに繋がるなどとは、夢にも思わずに。




「───ほじくり出せたのは精々そのくらい。それ以上のことは、残念ながら。

この私をあそこまで手こずらせた男は、彼が初めてよ」


「守秘義務が課せられるほどの役職に就いていたということだろう。

腐ってもフェリックスの側近であったなら、ラザフォード自身も医療従事者、ないし研究者をしていたはずだ」


「そうね。それも全員キングスコートに登録されてた」


「全員───……。特別なチームがってやつか。詳しく吐いたんですか?」


「いいえ。目的も活動内容も不明。実態については何一つ教えてもらえなかったわ」


「当然か……」


「ただし、チームを構成するお友達のことはペラペラ喋ってくれたわよ」



してやったりな顔で言うバレンシアに、アンリは驚いて目を丸めた。



「まさか、他の被害者は────」


「今のところ全員、みたいね」




自らの職務については明かすことのなかったラザフォードだが、親しい同僚とのエピソードは冗談も交えて話してくれたという。

新しく入った部下が使えない奴だとか、このあいだ初めて上司の誰と食事をしただとか。

大半は当たり障りない世間話だったため覚えるまでもなかったが、出てきた名前だけはずっとバレンシアの記憶に残っていた。


"ヘンドリック・クラウゼヴィッツ"。

"ヴァーノン・ヴォジニャック"。


接点の問題か、最初の被害者であるレイニールの名前は上がらなかったが、上記二名は確かに彼の口から聞いたという。




「最初はキングスコートの医療関係者が無差別に殺されているのかと思ったけど、そうじゃないことが分かった。

ラザフォードの言っていた"なんとか"ってチームの人間が、犯人のターゲットみたいね」


「メンバーはラザフォードで最後だったんですか?」


「いいえ。構成員は全部で(しち)人いると言っていたわ」


「つまり、残り三人……」




犯人が捕まるのが先か、七人全員が死ぬのが先か。

いずれかの決着がつかない限り、事態は収束しないだろう。


この殺人事件は恐らく、ただの怨恨によるものではない。

フェリックスの筋に深い恨みを持つということは、彼らが極秘に行っていたという研究とも密接に繋がっている可能性が高い。

つまり本件を探れば、自ずと神隠しの謎も絡んでくる。


きっと犯人は、なにか重大な秘密を握っている。

接触できれば、それが分かる。




「レイニールが殺害されたのが今年の4月で、ヘンドリックが6月の終わり。

ヴァーノンは7月の中旬で、ラザフォードは今月の始め」


「どんどん間隔が狭くなってるね。

この調子だと、次のターゲットがヤられるのは───。向こう半月以内ってところかな?」


「時間がないな。せめて残りの名前だけでも判れば助かるんだが……」



バレンシア、シャオの順に近況を整理し、手掛かりの少なさにアンリが眉を寄せる。

シャオはバレンシアと一つ目配せをすると、組んでいた足を降ろした。



「そうだな。その点は私とバレンシアでなんとかしよう。

次の犯行までに間に合うかどうかは保証できないけどね」


「チームーの一員ではないかもしれないけど……。

別に一人、匂いの強い子がいるから、そっちを当たってみるのも悪くないと思うわ」




バレンシアによると、2年程前に突如としてキングスコートの研究機関から退いた学者がいるという。

その学者は大変に有能な男で、若くして部署を任されるほどのホープだったそうだが、辞職の背景は分かっていない。

現在はキルシュネライト州に移り、主席の庇護下で暮らしているとのこと。


フェリックスが存命だった当時は、彼の後ろ盾を受けていたとの噂もある。

となれば、機関の中で男は相当な地位にあったはずだ。

にも拘らず男は、築き上げた全てを投げ捨てて隠遁の道を選んだ。

是が非でもキングスコートを離れたい理由があったのだろう。


まだ事件との関連性は認められないが、三年前まで機関にいたなら当事者だ。

犯人同様、秘密を握っている可能性は十二分にある。




「分かった。俺達はキルシュネライトへ向かおう。そちらは頼んだぞ」


「あいよ。しばらく別行動になっちゃうけど、寂しくないかい?」


「たまには良い」


「あれっ。これって喜んでいいとこ?」


「まともに答えるのが面倒なだけでしょ」


「ボクは寂しいよ」


「おれも」


「ありがと~。優しいのは二人だけだよぉ」




今後の方針が、おおよそ決まってきた。

バレンシアは引き続き、残りの構成員の割り出しを行う。シャオも彼女と連携して調査に出る。

その間アンリ達は、例の学者とコンタクトをとるべく、キルシュネライトへ向かうことに。

まずは彼を匿っているという主席に会う必要があるが、許可が下りれば本人と直に話をできるかもしれない。




「再合流できるのは……。早くても10日前後といったところか。

もしトラブルが起きた場合には────」



目下のスケジュールが纏まり、今日のところはお開きかと誰もが思案した時。



「ちょっと待って。最後にもう一つ、重要なのが」



アンリの言葉を遮ったバレンシアが、バッグから新たに三通の封筒を取り出した。



「それは?」


「一連の事件が全て同一犯によるものと裏付ける証拠よ。

たぶん、犯人からのメッセージ」




レイニールの殺害現場には無かったものの、以降の三件からは一通ずつ、謎の封筒が発見されている。

今まさにバレンシアが手にしている白い封筒だ。


メーカーも種類も同じ。中に綴られたメッセージの筆跡も同じ。

なにより、全文が血文字で出来ている。

被害者の血を使ったのなら、犯行直後に作成されたことになる。

三件に渡って繰り返している辺り、発作的な行動ではなさそうだ。メッセージを残していくことも犯人の目的に含まれていたと思われる。


しかし、引き出しの奥や額縁の裏など、いずれも人目に付きにくい場所に仕舞い込まれていた。

隠蔽工作が施される際に、一緒に処分されてしまわないようにと配慮してだろう。

でなければ、せっかくの意思表示を敢えて隠す必要がない。


つまり犯人は、隠蔽工作を行う協力者もとい代行者ではない誰かに向けて、なにかを伝えたがっている。

もしかしたら、犯人と代行者は結託していないのかもしれない。




「レイニールの時にも何らかのメッセージが残されていたかもしれないけど、彼は一番目だから。代行者に見付かって処分されてしまったのかも」


「犯人と代行者が必ずしも協力関係にないのなら、有り得るな」


「よっく見付けられたねー、そんなもん。

お片付けのプロですら見逃したわけでしょ?」



バレンシアの見解にアンリは頷き、シャオは首を傾げた。



「まあね。確かに苦労もしたけど、私のペット達はみんなお利口だから」


「いいなー」


「アナタも飼ってみたら?犬でも猫でも」


「躾んのメンドいからパス」



バレンシアの言う"ペット"とは、先述した部下達のこと。

バレンシアのためならば、彼らは身の破滅すら厭わない。たとえ火の中水の中、どこへでも馳せ参じる。


シャオにも幾人かの手下はいるが、バレンシアと彼らのように強い絆はない。

動物に例えるなら、バレンシアの使役する彼らは犬や猫。シャオの使役する手下達は鼠か蜥蜴である。




「中にはなんと書いてあるんです?」




アンリに促され、バレンシアは三つの内から最も新しい封筒を差し出した。

これはラザフォードの殺害現場から押収されたものである。


バレンシアが中身を確認済みなので、アンリは既に口の開けられている封筒を覗いた。

出てきたのは便箋ではなく、一枚の白い紙。

そこには血文字で、ある単語が記されていた。







『He will come soon.』



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