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オルクス  作者: 和達譲
Side:A
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Episode10-2:悪魔にしては情があり、小悪魔と呼ぶには凶悪だ



挨拶もそこそこにカジノ内へと場所を移した一行は、慣れたバレンシアに連れられて奥のVIPルームへと足を延ばした。



「───ここよ」



天井にはシャンデリア付きのシーリングライト、壁際には天然皮革のコーナーソファー、中央にはガラスのテーブル。

シーリングライトの輝度は意図的に抑えられており、手動で弄らない限りは薄暗く設定されたまま。

間接照明の紫が部屋全体を色付けていることもあって、見るからに健全でない雰囲気が漂う。


しかし、印象はともあれ、VIPルームと呼ぶにはシンプルが過ぎる内装。

広さも15坪程度しかなく、ゆっくり一時を過ごすには物足りない空間な気もする。



「カラオケルームみたいだ」


「ちょっと良いラブホテルの方がしっくりこない?それか女郎屋」


「これこれ、下品な例えはやめなさい」


「ちょっと良いって言ってるでしょ」


「ランクの問題じゃないの」



それぞれ別の形容をするマナとジャックを、シャオが珍しく嗜める。

バレンシアは尤もだと笑いつつ、先導して部屋に入った。



「残念ながら、カラオケはここじゃ出来ないけど。彼女の言うように、ラブホテル代わりに利用することは出来るわよ。この部屋は他と違って特別だから」


「特別というのは、絢爛豪華の意味ではなく?」



バレンシアの後に続くアンリが問う。

バレンシアは頷き、このVIPルームの所以について改めて説明した。



「ここがVIPルームたる最大の所以は、完全なプライベート空間として貸し切れることにある。

内側から施錠してしまえばマスターキー以外では立ち入れないし、監視カメラもここだけは設置されてない。あるのはこのソファーと、テーブルだけ。

ルームサービスが使えない不便さはあるけど、持ち込みは自由だから。入り用なら前以て注文しておけば良いのだし、慣れれば案外快適なのよ」


「もっぱら密談のための部屋ってわけか」



全員が入室したのを確認して、バレンシアはドアを施錠した。

シャオは指の間接で壁を叩き、バレンシアの説明とアンリの感想に付け足した。



「おまけに遮音加工まで施してあると来た。こりゃあ一発と言わず二発でも三発でもよろしくどーぞって促されてるようなもんだよね」


「人に注意した傍からこれよ」


「実際問題、カジノで知り合った男女が急遽ここでワンナイトラブを楽しむってことも少なくないそうだよ?

近くにちゃんとしたホテルがあるってのに、せっかちな奴もいたもんさ」



白々しそうに鼻を鳴らすジャックと、惚けたふりで喉を鳴らすシャオ。

バレンシアはまたくすくすと笑い、自前のバッグをソファーに置いた。



「……盛り上がっているところをすまないが、楽しいお喋りはそこまでにしてくれるか。一刻も早く状況が知りたい」



これ以上の私語は控えるよう、アンリは怖ず怖ずと歓談の流れを切った。



「あらま。せっかちさんは此処にも居たみたいね」



バレンシアは可笑しそうに眉を上げ、お口にチャックの動作をするシャオと目配せした。


バレンシア曰く、このカジノを統べる経営陣には漏れなく彼女の息がかかっているとのこと。

彼女自身、日々の接客でよく利用しているらしい。

ホールからは距離があるため静かだし、人通りも滅多にない。

お得意様のバレンシアが同行すれば、連れのアンリ達も怪しまれる心配はない。

彼女が側にいてくれる限り、この部屋の中は完璧なセーフティーゾーンとなるわけだ。




「───各自、一旦席に着こう。ミスバレンシアとシャオは中央に」



アンリが手を叩くと、全員速やかに着席してテーブルを囲んだ。

ソファーの中央に座るのは、本日の主役であるバレンシア。

その右隣にシャオ、左隣にアンリ。他三人は出来るだけ間隔を詰め、右一左二に別れて座った。



「いいかしら?じゃ早速」



タイミングを見計らったバレンシアは、今までの軽い調子からビジネスのそれへとスイッチを切り替えた。



「最近、国内で謎の惨殺事件が相次いでるって話は、既にオスカーから聞いてるわよね?

胡散臭いのは、それが一切公にされてないってことなの」



言いながらバレンシアは、バッグから数枚の写真を取り出してテーブルに並べていった。

これらは全て、例の殺人事件があった場所を撮影したもの。

事件発生から程なくして、それぞれの現場をバレンシアの部下達が探りに行ったそうだ。



「過去にも何度か、死傷者ありの事故や殺人事件は起きていたみたいだけれど……。ここまで徹底的に秘匿にされるのは例がないわ」



しかし、どこをどう調べてみても、現場には特異な点が見当たらなかったという。

少し前にそこで拷問殺人が行われたとは、想像もつかないほどに。



「シグリムは治安に厳しい国だ。僅かでも事件性があると看做されれば、当日の内に全国民へ向けた注意喚起のニュースが流される。安全が確認されるまで、州警察が各地域を巡警するのも規則だ。

罪を犯した当人が罰せられるのは勿論のこと、場合によっては、その家族も国外追放処分を言い渡される」


「いいね~。いかにも独り善がりで排他的な感じ。反吐が出るね」



アンリが気難しい表情を浮かべる一方で、シャオは皮肉っぽく語尾を上げた。



「確かに、一時はやり過ぎじゃないかと批判の声も上がった。

だが、その排他的とも言える保安基準のおかげで、シグリムは数々の脅威から守られてきた。

皆それを理解しているからこそ、疑問視することはあれ、デモンストレーションには発展しない」


「なのに今度のは摘発されるどころか、自治体が動いている様子すらない。

シグリム始まって以来の凶悪事件が野放しだなんて、そりゃあ何らかの陰謀が絡んでるとかって色々想像しちゃうよねえ」




程度には個人差が見られたものの、被害者は全員、殺害される前に拷問を受けていた。中には拷問の末にショック死しただろう者も含まれる。

となれば、痛め付けられる段階で彼らは相当に暴れたはずだ。部屋の床や壁などに形跡が残っていても不思議ではない。


しかし、事件発生から十日と経たない内に、現場はすっかり元通りに修繕されていた。何事もなかったように。

犯人自ら片付けていった可能性も一応は考えられるが、現実的にほぼ有り得ないと言っていい。

過度の拷問を行った直後で、その処理も自分だけで済ませるとなると、膨大な体力と手間を要する。最低でも一時間以上は作業に取られるに違いない。


にも関わらず犯人は、近隣住民に一切目撃されることなく逃げ果せている。

これは犯人が逃走のための猶予と余力を残していたことを意味している。

何もかもを放置していったからこそ、人が集まってくる前に姿を消せたのだ。


単独による完全犯罪も不可能ではないが、やはり協力者の存在を前提にした方が辻褄は合う。

さっさと離脱した犯人の代わりに、協力者が後始末を引き受ける。

目撃者が現れたとしても、協力者が根回しをすれば秘密は守られる。


問題は、誰が何のために、そんなことをするのか。




「最初の被害者、レイニール・ヴェルスバッハの遺体は一般人が発見したらしいんだけど、それが誰なのかは突き止められなかったわ。

口止めされているのか、死人に口がないだけか……」



バレンシアは腕を組み、シャオは足を組んだ。



「どちらにせよ、我々が今こんな話をしている時点で、綻びが生じたのは確かだろうさ」


「どんなに綺麗に拭ったつもりでも、隅を突けば埃が出る」


「人の口に戸は立てられないってね。

一部で事件の噂が広まっているのは、関係者の誰かが"うっかり"を働いたからだ。

悪意が伴うかは別として、堰を切ったからには二度と元には戻らない」


「でも洪水にはなっていない。

広まっているのは、あくまで"国内"の"一部"。」


「犯人が国外へとんずらしたか、そもそも外国人だったなら、こうはいかないだろうね」



シャオとバレンシアから答えを促されたアンリは、自らの予想が外れていたら良かったのにと残念に思った。



「つまり犯人はシグリムの人間で、今も国内のどこかに身を潜めていると」



シャオとバレンシアは声を揃えた。



「そういうこと」




徹底した隠蔽工作が施されたはずなのに、バレンシアら情報通の耳には"ネタ"が届いてしまっている。

シャオ曰く"うっかり"、どこかで誰かが漏らしたからだ。

秘密の重さに耐え切れなくなると、人間は共有を、共感を望むようになる。

たとえ堅く口止めされていても、いけないことだと頭では解っていても。


"ここだけの話にしてくれ"。


最初に枝を延ばしたのは恐らく、遺体の発見者だったのだろう。

血みどろを目の当たりにしてしまった恐怖心や、大切なことを黙っている罪悪感から、つい誰かに話を聞いてもらいたくなった。

その誰かも別の誰かに話し、また別の誰かに話し、水面下にてじわじわと噂は広がっていった。


現場住所、発生時刻、被害者がどんな風に拷問されたか……。

核心には至らないまでも、バレンシアは事件の背景を概ね把握していた。

それほど彼女が情報屋として優秀、だけではない。

それ以上に人とは弱い生き物、ということなのだ。


バレンシアはマインドコントロールに長けている。

0から1に距離を詰めるのは難儀でも、1から10に迫るのは朝飯前。

心に傷を負った者に対してなら尚更。寄り添って癒すフリをして、囁きを呪いに変える。

そうして彼女の術中に嵌まった彼らは、息をするより容易くヒントを吐き出した。

彼女の求めるがまま、虚勢も責任感も脱ぎ捨てて丸裸になった。彼女に目を付けられた皆そうだ。


対人コミュニケーションに特化したバレンシアだからこそ、ここまでの情報を得られた。

同業にして同等の力を持つシャオであっても、今回ばかりは彼女の先に立てなかった。


手広さが売りのアリス、先手必勝がモットーのシャオ、量より質を重んじるバレンシア。

それぞれに強みがあるが、もし得意分野で勝負させたなら、信憑性が高いという意味でバレンシア優勢かもしれない。



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