Episode01-3:王子より咎人に告ぐ
「それにしても、相変わらずクサい言い回しするよね。
僕だったらあんな恥ずかしい台詞、酔ってても無理」
気恥ずかしそうに肩を竦めたトーリは、立ち上がってお尻の砂埃を払い落とした。
「そっかぁ?ま、オレはロマンチストだからね。
恥ずかしいからって腰が引けてるようじゃあ、意中の人は口説けないよ」
「さすが不良」
「不良って言うな」
和気藹々と歩き出した二人の後を、ヴァンは無言で付いていった。
ミリィとトーリの関係をヴァンは知らないが、二人はそれなりに打ち解けた雰囲気だった。
「ちなみに、いくらだったわけ?」
「なにが?」
「彼の値段。相当な額だって、来る前頭抱えてたじゃん。厳密にはいくらだったんだよ」
「あー………」
トーリが尋ねると、ミリィは言葉を濁しながら一瞬だけヴァンの方を見遣った。
当事者にはあまり聞かせたくない内容であるらしい。
そこでミリィは、ヴァンには聞こえないようトーリにこっそり耳打ちした。
するとトーリはみるみる内に顔を顰め、思わず驚きの声を上げた。
「………ッハア!?はチ───っ」
「しっ!シーッ!」
慌てて宥めたミリィは、内緒だぞと小声でトーリに注意した。
しかし気遣いも虚しく、ヴァンは頗る耳が良いので、二人の内緒話は全て筒抜けであった。
その額、ドルにしてジャスト80万。
たかが一介の殺し屋にそれほどの値がつくのも妙な話だが、なによりそんな大金をキャッシュで支払ったミリィは一体何者なのか。
ヴァンの疑問は深まるばかりだった。
「これから、どこへ向かうんだ」
根が面倒臭がりな性分のヴァンは敢えて詮索をせず、いま必要な情報だけを尋ねることにした。
ミリィとトーリは同時に振り返ると、声を揃えてヴァンの問いに答えた。
「フィグリムニクス」
"フィグリムニクス"。
現代の理想郷とまで謳われた彼の国の名を、俗事に疎いヴァンですら知っていた。
もっとも、人が噂しているのを偶然耳にした程度で、実際にヴァンが現地に足を踏み入れたことはない。
「フィグリムニクスって、あのシグリムか。ここから一番近い」
ヴァンの視線が西北の方角に向けられる。
よく目を凝らすと、その先にフィグリムニクスの一部が霞んで見えることがあるのだ。
「イエース。今後我々の拠点となるところなので、粗相のないようにねヴァンくん」
「粗相というか……。そもそも俺は入れるのか?
入国審査はかなり厳しいと聞くし、なにより俺は犯罪者だ」
石畳の道を渡りきると、小さな港が見えてきた。
そこに待ち構えている一隻の旅客船は、これから三人が乗船する予定の船だ。
「それは大丈夫。僕達あそこに永住するわけじゃないし、あくまで滞在・観光目的って扱いだから」
「滞在だけなら俺でも平気なのか」
「そう。通行証か国民証を持ってる人間が二人以上同伴すれば、たとえ前科があっても一応は通してもらえるよ。
この場合は、僕とミリィが君のお目付け役ってわけ」
ミリィに代わって入国の説明をするトーリは、自分とミリィとを交互に指差してヴァンに伝えた。
ミリィはトーリの言葉にうんうんと頷くと、右手の親指を自分の顔に向けて誇らしげに鼻を鳴らした。
「ちなみにオレは永住権あり。れっきとした国民です」
「え、あんたがか?ルエーガーじゃなくて?」
「見た目で判断するんじゃないよ!」
ヴァンが意外そうに反応すると、ミリィは不満げに頬を膨らませた。
そんな二人のやり取りを見て、トーリは浅く吹き出した。
「ああ、確かにミリィはそんな風には見えないよね。僕は最近申請通ったばかりの新参だよ」
犯罪歴のある者は、犯した罪の内容にもよるが、本来ならば島へ出航する船にすら乗せてもらえない。
ただし必要条件を満たしていれば、その限りではない。
既にフィグリムニクスの国民として登録済みのミリィと、無期限通行証を所有しているトーリが付いている限りは、ヴァンもまた特別待遇で国内を行き来することが可能となるのだ。
フィグリムニクスは、秀でた人間のみが歓迎される楽園。
トーリの持つ通行証を取得するだけでも、事前にいくつかの厳しいテストをクリアしなければならない。
国民に該当する永住権を得るには、更に狭き門を通過する必要がある。
即ちミリィは、トーリ以上に選ばれた人間ということなのだ。
よほどのエリートなのか、親の代から住み着く二世三世なのか。
二つに一つしかないならば、彼は恐らく後者である。
ミリィの謎の権力がどこに起因しているのか、おおよそは察したヴァンだった。
「普通だったら、パスポートさえあれば普通に観光くらい出来るんだけどね。普通だったら」
「仕方ないよ。おかげで治安が保たれてるんだから、セキュリティが厳しいのは当たり前」
「そういや、パスポート……」
ヴァンが小声で呟くと、ミリィは首だけを後ろに向けて答えた。
「心配すんな。お前の分も、ちゃんと新しいの発行してある」
ヴァンがフィグリムニクスに入国するために必要な書類諸々は、ミリィが事前に全て手配していた。
自分を金で買い取ったことも含め、ミリィには国の永住権だけでなく何らかのコネクションがあるもの、とヴァンは推察した。
港に到着した三人は、トーリ、ミリィ、ヴァンの順に船に乗り込んだ。
「最初の目的地はどこの州になるんだ」
地上から続く舷梯を上る途中、先を行くミリィの背中に向かってヴァンは尋ねた。
小さく振り返ったミリィは、潮風に靡く髪を手で抑えながら、掻き消されないよう大きめに声を張った。
「ブラックモア。ここから船で2時間のところだよ」
海鳥が鳴いている。
あの高い塀の向こうでは、今も罪人達が隔離されている。
ここで過ごした五日間が嘘のようで、ヴァンはまた夢を見ている気分になった。
フィグリムニクス、ブラックモア州。
島の右翼部に位置する小さな州で、ここ罪人島との中継役も担っていると囁かれるエリア。
ヴァンを仲間に加えて、一行が最初に目指すステージ。
そこに次の鍵があるはずだと、ミリィは目を細めて遠く水平線を眺めた。




