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オルクス  作者: 和達譲
Side:A
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Episode07-5:心優しい怪物



「ちょっとちょっと。こんな狭いとこでお通夜モードになんないでよー。私だっているんだからねー」



車内の空気が重くなりかけたところで、シャオが軽快に手を叩いた。



「一応は何事もなく済んだんだから、ここは結果オーライで納めようよ。

私としてはヒジョーに不本意な展開だけど、新しい連れだって増えたわけだし?まずは無難に、お互いの自己紹介からといこうじゃないか」



"君のせいでややこしいことになったんだから、トップバッターよろしく"

そう言ってシャオは、ルームミラー越しに指を差した。

目が合った女は舌打ちをして、しぶしぶ挨拶した。



「名前はジャクリーン。歳は20歳(ハタチ)だったかしら。

今は何となくアメリカにいるけど、生まれは別。特に帰る場所もないし、家族もいないわ。

……ホラ、これでいいの?」


「アハハそっけないなあ。もしかして私嫌われちゃった?」


「好かれたいとも思ってないくせに」



終始うすら笑いのシャオと、シャオと接する時だけ目付きが険しくなるジャクリーン。

一見にこやかに応じているシャオも、よく見ると目の奥が笑っていない。

まさに一触即発。ここが車内でなければ、揉み合いになってもおかしくない雰囲気だ。



「まあまあ。まだボクら会って間もないんだし。これからゆっくり、時間をかけて仲良くしよう。

君のことは、なんて呼べばいいかな?ジャクリーン───、あ、ファミリーネームは言いたくない……?」



すかさずマナがフォローに入ると、ジャクリーンは少し考えてから答えた。



「ファミリーネームは、マルククセラ。呼び方は好きにしていいわ」


「じゃあセーラはどうだい?マルククセラだから、響き的にセーラ。どう?可愛くない?」


「ウザイ。いい加減その二枚舌引っ込めないとちぎるわよ」



子供のように絡むシャオに、逐一ジャクリーンが噛み付き、まるで漫才のような歯切れのいい会話が続く。

ある意味では、この二人が一番早く打ち解け始めているのかもしれない。



「"ジャック"、はどうだ?」



マナがどうどうとシャオ達を宥める一方で、アンリが徐に口を開いた。



「言いやすいし、君の凛々しい雰囲気にも合うと思う」



"どうかな?"とミラー越しにアンリは尋ねた。

ジャックは一瞬黙ってから、小声で了承した。


アンリに対しては、少なからず恩義のようなものを感じているらしい。

当初の鋭さは鳴りを潜め、受け答えの態度は丸く、提案や意見にも肯定的になった。

シャオが相手の時と比べると、別人に思えるほど。



「出来ればどこかで休憩して、シャワーくらい浴びさせてあげたいんだけど……。

ごめんね。あんまり時間ないから、このまま行くことになるよ」


「別にいいわ。いつものことだもの。

ただ、ホワイトフィールドさんの新居はかなり見付けにくい場所にあるらしいから、今日中に辿り着くのは厳しいと思うわよ」


「君は彼のことも詳しいのか?」


「詳しいわけじゃないわ。

あの人、地元じゃ結構有名人だから。みんなが知ってる分を、あたしも知ってるってだけ。

……ほとんどは悪い噂、だけどね」




この町に居着いて長くないジャックでさえ、ジュリアンの噂は耳にしていた。

それはイメージの悪い内容ばかりで、彼が周囲から疎まれているだろうことは想像に難くなかった。



ジュリアンには、先天的に軽い知的障害があった。

程度は然ほど重くなく、日常生活を営むに当たっては支障のないものとされていた。

ただ、言動がたまに挙動不審になったり、想定外の事態が起きると思考停止してしまったり。

ジュリアン自身が自らに抱くコンプレックスはとても強かった。


そんな彼に対して、周囲もまた腫れ物のように扱った。

あんなに立派な体格で、いつも怪訝な表情をして、実は凶暴なやつに違いない。

やけに態度が大人しいのだって、腹の底で何か企んでいるからじゃないのか。


ジュリアンの個性的な風貌が災いして、誰しもが彼を悪い風に誤解した。

彼の姿を一目見ただけで人間性まで決め付け、本当はどういう人物なのか知ろうともしなかったのだ。


いつしかジュリアンは、自身が浮いた存在であることを認め、他者との接触を避けて過ごすようになった。

雇われ土建作業員として、ひたすらに職務を全うするだけの日々を。




「でも、彼は一人ぼっちじゃなかったわ。

大半の輩は遠巻きにしていたけど、彼と交流を持つ人達もいたみたいだから」


「それってどんな人達?」


「彼の住まいの───、……前の、彼の住まいから程近いところに、町で唯一の児童施設があったのよ。そこのスタッフや子供達とは仲良くやってたって聞いたわ」



偏見を持つ大人と違い、子供達はジュリアンを対等に扱った。

やがてジュリアンも子供達に心を開き、一緒に駆けっこをしたりして遊ぶ仲になった。


ジュリアンは幸せだった。

職場と施設とを行き来して、子供達の笑顔に、温もりに触れて。

また今度と今日を惜しみながら、次会える日を指折り数え待ち望む。

仕事一筋だった彼の人生に於いて、ようやく見付かった生き甲斐こそが、子供達の存在だった。



「そして、あの事件が起こった。

拉致された女の子は、施設で一番発育が良くて、とても絵の上手な子だったらしいわ」



少女の失踪をいち早く察したジュリアンは、警察が動くよりも先に行動に出た。

しかし結果は、地元新聞が伝える通り。

少女を救えなかった罪の意識から町を去った彼は、たった一人で外れの森に引き篭り、世捨て人のような暮らしを始めたという。



「施設と繋がりがあったって話は聞いたけど……。疎まれてたなんて、町の人はそんなこと全然……」


「当然でしょ。差別する側の人間が、私達差別してますなんて正直に言うわけない。

あんたらみたいな余所者が相手なら、聞こえの良い話しかしなかったはずよ」



自らも迫害されて生きてきた人間だからか、ジャックはジュリアンに対して親近感に近い感情を持っている様子だった。



「彼の心の傷は、きっと私達が想像するより深いわ。

話を聞くどころか、行っても顔すら合わせてもらえないかもしれない。覚悟しておいた方がいいわ」



空は夕暮れ。直に日は落ちるだろう。

これから一行が会いに行くのは、一人の人間。

されど、世界には彼のような悲しい人がたくさんいる。

自分達が関与しようとしているのは、所詮そのうちの一部に過ぎない。


あまりシグリムから出た経験のなかったアンリは、ジャックの言葉にカルチャーショックのような苦い感覚を覚えていた。



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