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オルクス  作者: 和達譲
Side:A
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Episode07-4:心優しい怪物



アンリの思い付きで女を伴うこととなった一行は、人目を避けながら最寄りのレンタカーショップへと赴いた。

事務所跡地も都心部からはかなり外れているが、ジュリアンの住まいはそこから更に離れたところにある。

警察が巡回に出ている以上、女を大っぴらに歩かせるわけにもいかない。

どちらにしても、車で目的地へ向かう方が適切となったのだ。


レンタルした車は、比較的目立たない外観の国産車。

助手席にはシャオ、後部席にはマナと女が乗り、運転席にはアンリが座った。




「───なんというか……。君って結構大胆っていうか、意外と見切り発車なとこあるよね。今に始まったことじゃないけど」


「悪い。勝手に決めたことは謝る。

でも、彼女はきっと俺達にとってプラスになる存在と思ったんだよ」


「フットワークが軽そうだから、とか?」


「それもあるが、さっきの俊敏さからして、ここらは彼女の縄張りだろう。

だったら地元民しか知らない情報も得ているはずと踏んだんだ」



シャオとマナに返事をしつつ、アンリはルームミラー越しに女を見遣った。



「潰されたマフィアのアジトも、君は委細を知ってるんじゃないか?」



女は頷いて肯定し、事件の顛末をおおまかに説明した。


ジュリアン・ホワイトフィールドの介入により壊滅したアジトは、構成員が一掃された後に建物ごと取り壊された。

表向きは、これにて一件落着。しかしその裏側では、少しだけ続きがあった。


影でマフィアに協力していたとされる、町の不良達。

先程に女も言っていた、その他大勢のゴロツキのことだ。


彼女自身は単独行動を好んでいたため関わる機会は少なかったようだが、彼らは悪の組織に尻尾を振り、指示されたことは何でもやっていたという。

多額の報奨金と引き換えに、どんな悪事にも手を染めた。たとえ、売り物にされると分かった上で、幼い少年少女を誘拐してくることであっても。


つまりは彼らも、芋づる式に神隠しと繋がっていたのだ。

ジュリアンが追っていた少女を攫ったのも、下請けの彼らだったのだろうと女は語る。



事件後、組織が生業としていた人身売買の実態は、広く世間に報じられた。

これにより、前述の彼らはお尋ね者に。彼らとコミュニティーを共にする少年少女達にも捜査の手が及んだ。


皮肉にも、事件発生が教訓となり、町の治安は僅かばかり改善されたのだ。

今までの無法地帯は打ち止め、後を絶たない不良達も派手な悪さはしなくなった。

ジュリアンを英雄視する流れは、そういう意味も含めて生まれたものだったそうだ。



「当時幅を利かせてたグループは、全員この町からいなくなった。

けど、ゴロツキっていうのは幾らでも湧くものだし、なくならない。

今その辺でウロウロしてるのなんて、事件とは無関係の奴ばかりよ。事件があったことさえ知らないかもしれない。

なのに人数は、あの時と然して変わってない。そいつらがいなくなっても、また新しいのがどこからともなく出てきて、延々と繰り返し。面子が入れ替わるだけで根絶はされない。

だからみんな本気で相手にはしないの。キリがないから」



この世から貧困が、格差が、差別がなくならない限り、彼らの出現が途絶えることはない。


現代社会が生み出した負の産物。

彼女もそのうちの一人であり、今は安全圏にいるアンリ達だって決して人事ではない。


一通りを語り終えた女は、窓から流れる景色を眺めながら、約一年と半年過ごした町に無言で別れを告げた。




「なるほどね。奴らそうやって勢力を拡げていったわけだ。そこらのゴロツキを顎で使うなんて、品のないやり方をする。

いくら後で揉み消せるからって、あまり大っぴらにやれば困るのは自分達だろうに」


「近頃の神隠しが右肩上がりに増えているのも頷けるな」


「君は大丈夫だったの?

そんな危ない町で暮らしてて、酷い目に遭ってきたんじゃない?」



アンリとシャオが難しい顔をする後ろで、マナが女に心配そうに声をかける。

女はアンリ達と接する時より幾分優しい声で答えた。



「そうね。ろくでもない暮らしだったのは確かね。けど平気よ。慣れてるもの。

それにあたしは、そこらの男には負けない自負があるから。

腕っ節さえあれば、どんな場所でも死なない程度には生きていけるわ」


「へーえ。その割に、うちの黒猫ちゃんにはあっさり降参していたようだけど?」



ふとシャオが後ろに振り返り、マナ達の会話に割って入った。



「こんなに体格差のある少年に負けてしまうようじゃあ、苦労も多かったんじゃないのかな?」



品定めでもするような目をした彼の前には、並んで座る二人の若者の姿がある。


片や、小柄で非力そうな容姿をしたマナ。

片や、まともに栄養を摂れていない割には、筋肉質で逞しい体つきをした名も知れぬ女。


こうして見比べてみると体格差は歴然だし、身長もマナより女の方が高い。

人種や年齢的な優劣も多少はあるだろうが、この違いは何より女のフィジカルが勝っている証拠だ。



「見た目的には、どう見ても君の方が強そうだけどねぇ」



最後にシャオが皮肉っぽく女の方を見ると、すかさずマナが"そんなんじゃないよ"と反論した。


マナ曰く、女に追い付いた当初は取っ組み合いになったものの、マナの様子に気付くなり彼女は抵抗をやめて大人しくなったという。

おかげで、二人とも余計な怪我をせずに済んだと。



「なんだ、てっきり拳を交えて勝負を決したかと思ったのに。相手が子供だからって手加減してやったのかい?

けど彼、幼い見た目の割に実年齢は意外と────」


「ちょっと。アンタさっきから何言ってんのよ。

子供以前に、この子は女の子じゃない。年下の女を相手に本気出すわけにはいかないわ」




沈黙。

女の発言にシャオが固まり、車内は静けさに包まれた。

思わず放心してしまったアンリも、車道を外れそうになったところで慌ててハンドルを切った。



「えっと……、マナ。君はその……。女性なのか」


「そうだね。女として生まれたね」


「……なぜ黙っていた?」


「聞かれなかったから……。

男だと思われてるなら別にそれでもいいし、十代の女だって訂正したら、シャオに門前払いされるかもしれないって、思って……。

だから、自分からは女だって、言わなかった」



"ごめん"と小さく呟き、マナは申し訳なさそうに俯いた。


十代の女が相手では、情報屋の彼に客として見てもらえないかもと懸念したらしい。

だから敢えて性別については言及せず、二人に少年と誤解されたままで通したようだ。



「いや、俺は───。……俺の方こそ、すまなかった。

勝手に早とちりしたのはこっちだ。君が謝る必要はない」



アンリは心苦しそうに謝罪を返し、シャオは口元に拳を宛がってくつくつと笑った。



「ッハ~、そーかそーか。君女の子だったのか。それは失礼をした。

近頃は女みたいな男や、逆もまた然りで、見た目だけじゃ判別しにくい人が少なくないからね。どうか怒らないでくれ」


「いいよ。ボクもいつ切り出そうか迷ってたし。二人とも、黙っててごめんね」



動揺するアンリ達とは対照的に、至って平然としたマナ。

本人は男性として扱われることに何ら抵抗がないようだ。



「しかしマナ、いいのか?

俺達が進もうとしているのは、君も言う通り、十代の女の子にとっては過酷な道のりだ。

さっきだって、相手が彼女でなければ命を落とし兼ねない状況だった。そんなことが、これから二度三度と増えて行くだろう。

なのに俺は、考えなしに君を一人で行かせたりして……」



"悪かった"と改めて謝罪をしたアンリは、罪悪感からハンドルを握る手に力が入った。

マナは首を横に振ると、座席越しにアンリに近付いた。



「あれはボクが勝手に飛び出して行ったんだもん。アンリのせいじゃないよ。

それに、結果としてボクが動いて正解だったじゃない」


「"今回は"正解だったかもしれない。結果としてな。

だが、今後とも運が味方に付いてくれるとは限らない。出来るだけ守ってやりたいが、この先なにがあるか俺にも分からないんだ。

時と場合によっては、フォローしてやれないこともあるだろう」



あの時、アンリがマナを先に行かせた理由は、自分達三人の中でマナが最も機敏だから。

加えて、人目につかない容姿をしているからだった。


女がどの方角に向かったか、行き先を確認してもらうだけで良かった。

そのつもりでアンリはマナを送り出したし、マナも最初はそうしようと思っていたのだ。

予想以上に早く追尾が追い付き、女と接触してしまうまでは。




「アンリの言いたいことは分かるよ。確かに、相手が悪かったら今頃大変な事態になってたかもしれない。

けど、ボクのことは心配しなくていいんだ。言ったでしょ、自分の身くらい守れるって」


「マナ……」


「それに、ボク達がこれから戦っていく相手は、きっともっと強くて、恐ろしいもののはずだ」


「………。」


「ボクは、チェルシーを探すって決めた時、たとえ命を落とすことになっても構わないって覚悟したんだ。

町の引ったくり犯に怯えているようじゃ、いくつ命があっても足りないよ」



冷静だが強い意志を秘めた声で、マナは言い切った。

アンリは彼女に返す言葉が見付からず、シャオも茶々を入れなかった。


アンリと、シャオと、マナ。

今は成り行きで行動を共にしているが、三人は友人同士というわけではない。ましてや血を分けた家族でもない。

他にはない特別な繋がりがあっても、所詮は個々人が一時的に寄り集まっただけの集団。

その人が持つ信念にとやかく口を出せるほど、まだ関係は深くないのである。



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