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オルクス  作者: 和達譲
Side:A
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Episode06-3:物知りな蛇と、物静かな猫



突如として姿を消す、健康な若者達。

彼らの失踪の訳と、謎の死と、数々の陰謀説。

全てを照らし合わせた時、導き出された答えは一つだった。


研究のため、多くの被験体を必要としていたフェリックス。

だが、その内容は命を落とす危険性のあるものだった。

いくら見返りが弾もうとも、死の恐れを承知してまで名乗り出る有志は、きっと少なかったはず。

なれば彼は、どうやって人材を確保していたのか。


奪う神隠しと、欲するフェリックス。

いつしかアンリは、彼の風説と父との間に、浅からぬ因果があっただろうことを確信したのである。




「もしこれが事実であるなら、フェリックスは死ぬかもしれないというリスクを踏まえた上で、罪のない人々を犠牲にしていたことになる。

……だったら俺は、この件を放っておけない」



アンリは前屈みの姿勢をとると、両膝に肘を置いて、組んだ手を祈るように口元に添えた。



「結果として世のためになろうとも、殺戮を伴う行いを黙って見過ごすわけにはいかない。

彼の息子として俺には知る義務があるし、いざという時には、俺が代表してピリオドを打つべきとも思う」




フェリックスは死んだ。

しかし彼の発起したものは未だ続いている。

仮定した無慈悲な人体実験が、発起人亡くした今もなお続行されているのだとすれば、神隠し現象が右肩上がりに増加しているのも頷ける。


となると、研究の指揮を踏襲したのも、やはり彼なのだろうか。

フェリックスの一番弟子だった男。息子のアンリの代わりに玉座を引き継ぎ、首都の新たな標となった人物。




「───話は解った。君の言うことも一理ある。筋は通ってると思うよ」



アンリの話に一段落ついたところで、シャオライは二本目の煙草も灰皿に押し付けた。

アンリはシャオライの深い意見、建前でない本音を求めた。



「含みのある言い様だな。はっきり物申してくれて構わないが?」


「そうかい?じゃあ遠慮なく」



シャオライは足を組んで続けた。



「結局のところは、全て君の推測なわけだろう?相手が違えば妄言と呆れられてもおかしくない。

確証もない内からああだこうだと囀っても、所詮は机上の空論に過ぎないからね」



"その行動力には感心するけど、はっきり言って君達のやっていることは無謀だよ"。

ここにきてシャオライは淡々と苦言を呈した。

アンリは耳が痛いなと苦笑し、マナは俯いて目を逸らした。


口ぶりは辛辣だが、シャオライの言い分は尤もだと二人は理解している。

だから何も反論できないのだ。


大した力もないのに、信念だけでここまで来た。

下手に首を突っ込めばどうなるか、この事象がどれほど危ういものか、感じていないわけじゃなかった。


それでも、ただじっとはしていられなかった。

一度知ってしまったものを無かったことに出来るほど、アンリもマナも大人じゃなかった。




「───と、まあ意地悪を言うのはここまでにして。

正直、私は驚いているんだよ。君達の目の付け所は間違いじゃない。

むしろ、二人ともよくここまで辿り着いたものさ。情報屋も形無しだね」


「なにが言いたい?」


「私も一枚噛ませてもらいたいってことさ」



いつもの飄々とした態度に戻ったシャオライは、明るい声で改めた。

急に主張を一変させたシャオライに、今度はマナとアンリが目を丸くした。


実はシャオライは、訳あって神隠しにはあまり関わりたくなかったらしい。

今までどんな内容の仕事も断らないをモットーとしてきたけれど、例の件にだけは触れたくなかった。

ただでさえ不安定な生活に、これ以上の厄介事を招きたくなかったから。




「けど、今のアンリ君の話を聞いて気が変わった。

君達の無謀に付き合ってやるのも悪くなさそうだ」


「協力してくれるのか」


「ああ。ただし、私は君達に"協力"をしてやるんじゃあない」


「どういう意味?結局あなたはボク達の味方なの?それとも敵?」


「どちらでもないよクロネコちゃん。私は誰の味方でもない。

単に利害の一致ってやつさ。情報屋として君達のアシストをするのではなく、これからは共に行動させてもらう。

共犯者になってやろうってことだよ」



どういう風の吹きまわしか、今まで協力に難色を示していたはずのシャオライは、二人と結託したいと言いだした。

また顔を見合わせたアンリとマナは、反応に困って眉を寄せた。



「悪いが、今の俺達には言葉遊びに興じている暇はない。

なにか訳があるなら、回りくどい論調はやめてくれないか」



自分達のことを無謀と嘲ったかと思えば、今度は自らも同じ道を行こうと言う。

シャオライの考えが全く読めないアンリは、痺れを切らして率直に尋ねた。



「じゃあ単刀直入に言ってやろうか」



シャオライは一層笑みを深くすると、組んだ足を戻して背筋を伸ばした。



「私がこの国へやって来たのは、割と最近のことなんだ。

いわゆる亡命のため。私を付け狙う連中から身を隠すため、遥々シグリムまで逃げてきた。

ここなら奴らも手を出し辛いし、もし怪しい気配が迫った時には、すぐ先手を打てるからね」




以前から情報屋として危ない橋を渡ってきたシャオライ。

持ち前の口八丁とフットワークで、身を滅ぼすほどのトラブルは回避できていた彼だが、つい先日に取り返しのつかない失態を犯してしまった。

重要な取引先と最悪の揉め事を起こし、今やすっかりお尋ね者扱いだというのだ。


半ば追いやられる形で古巣を離れたシャオライは、暫し単独で世界各国を放浪。執拗な追跡から逃亡する日々を送った。

ついにはここ、シグリムに暮らす友人に手引きしてもらい、現地に移り住むことを決めた。


とどのつまり、亡命先でも情報屋を続けている理由は、単に生活を営んでいくためだけに非ず。

自分を付け狙う輩が接近していないかを索敵するためでもあった、というわけだ。



「その揉め事というのは?」


「それが、神隠しに纏わることなんだよ。

あれはただの失踪事件なんかじゃないし、単なる人さらいでもない。各国のマフィアやギャングも一枚噛んでる、大規模な人身取引なんだ」




職業柄、裏社会にも精通していたシャオライは、阿漕な商売に手を染める組織とも手を組むことが多かった。

有り体に言うとマフィアだ。


そんなある日。

某チャイニーズマフィアの幹部から、いい儲け話があるのだと、シャオライは提携を持ち掛けられた。

これまでのシャオライの功績と、互いの信頼関係あってこその誘いだった。


"報酬を分けてやる代わりに、俺の仕事を手伝ってほしいんだよ"。

そう言って擦り寄ってきた幹部の男は、どこか人目を憚った様子でいたという。




「特定の人物を誘拐して、ある場所まで内密に運ぶこと。ある場所とは、この国のこと。

神隠しを裏で操っていたのは、決して神なぞではなかったのさ」



男に紹介された仕事の内容は、俗にいう運び屋だった。

指名された人物を指定された方法で拉致し、運び、フィグリムニクス・ブラックモア州まで送り届けること。

やり方や手順は問わない。ただし手荒な真似は極力控え、決してターゲットに傷を付けてはならない。

何故なら彼らは、大切な商品だから。




「奴らがどんな目的で人材を漁っていたのかは知らないが、シグリムにはそういった悪趣味な手合いが多いようでね。

聞けば彼の罪人島を管理しているのもこの国だというし?ここで暮らす人々は、私達よりずっと恐ろしいことを考えているのかもしれないな」




巷ではこれが、神の気まぐれによるものと例えられているという。


男は笑っていた。

我々ほど神より遠い存在もなかろうが、神とは元来理不尽なもの。

故に我々の引き起こしている不条理を、どこぞの神の仕業と考えるのも、あながち的外れとは言えないと。




「今や力のあるマフィアだけじゃない。自分達にも甘い汁を吸わせろと、ストリートの不良グループやアウトカーストなんかも加担するようになったと聞く。

このままいけば、神隠しの被害者は増えていく一方だろうね」


「つまりお前は、例の幹部から持ち掛けられた仕事を断ったってことか?そのせいで軋轢が生じた?」


「そうさ。

私は人としては最低だが、それでも人には違いないからね。人間が人間を、人間に売るだなんて気色の悪い。

そんなイカれた計画には関わりたくなかったんだよ。だから縁を切った」




今まではビジネスの内と割り切っていたが、彼らに対するシャオライの感情は決して良いものではなかった。

そこでシャオライは、男の申し出を断るついでに、"ある悪戯"を仕掛けてから蒸発してやろうと思い立った。

どうせもう二度と会うことはないのだし、この際やりたい放題やってやろうと。


結果、シャオライの予想以上に彼らは怒り心頭。

これまでの良好な関係は一瞬にして崩壊した。


神隠しの秘密を知られた上に協力も望めず、まして自分達の商いの邪魔をするとなれば、もはや生かしておく価値はない。

彼らは早急にシャオライ抹殺を計画し、上役の許可を得るまでもなく断行に入った。


その日から彼らとシャオライの鼬ごっこが始まり、今もシャオライは命を狙われる立場に置かれているのである。




「なら、さらわれた人達はまだ生きてる可能性があるんだね?それも、この国で」


「断言はできないが、可能性はあるね」


「僅かに希望が見えてきたな、少年」



ずっと黙っていたマナが、初めて明るい表情を見せた。


まだ愛しのガールフレンドが生きていると決まったわけではない。

それでも、生きているかもしれない可能性は浮上したのだ。

もう手遅れではと不安を抱えて過ごしてきた今までと比べれば、十分な希望的観測である。




「───今後の方針は、おおよそ決まったかな」



シャオライが自分のアイスコーヒーを飲み干すと、溶けかけの氷がカランと音を立てた。



「さて。まだ話は済んでないが……。

二人とも、今日のところは帰った方がいい」


「なんだ、この後なにかあるのか?時間ならまだ───」


「時間ならあるが、念には念をってやつさ」



急に急かすような態度を取るシャオライに、アンリは視線だけで説明を求めた。



「この街には良くも悪くも噂好きが多い。君達がここへ来たってことも、既に彼らの肴にされてるかもしれないんだよ。特にお兄さんは、人目を引く容姿をしてるからね。

なんで、鬱陶しい蠅が寄ってくる前に一度お開きにしようってこと。

これからは集まらなくても一緒なんだし、続きは日を改めてでも間に合うだろう?」


「……そういうことなら」



"都合がつき次第、連絡させてもらうから"。

"順当にいけば、たぶん二日後の朝に"。


お尋ね者となって以来、シャオライは以前にも増して周囲の目を警戒しなければならなくなった。

アンリのような物珍しい客が訪れた時なんかは、殊更にだ。


どこで誰が敵に回るか分からない以上、どんな些細な変化あれ油断はならない。

いつもと違う出来事があったなら、いつもより気を引き締めなければならない。

そういう意味での、念には念なのだ。




「分かった。ではまた後日、この場所で」



各々込み入った事情のある身。

アンリとマナはシャオライの言葉に頷き、日を改めて再びここに集まることを約束した。







『I'll see you through.』


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