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オルクス  作者: 和達譲
幕間
319/326

Episode52-7:再会



数分後。

必要分をトレーに積んだ朔が二階へ戻ってきた。

目印となるため部屋の前で立っていたユーガスは、息を潜めて迎えた。



「おかえり~。火傷とかしてない?」


「平気です。───どうかしたんですか?」



朔もつられて小声になる。



「ちょっとね。ドア開けるから、中まで運んでくれる?」


「あ、はい」



気遣う割に、ユーガスは朔のトレーを代わりに持ってやろうとはしなかった。

朔に一つ目配せをしてから、ユーガスがドアを開ける。

部屋に向かって一歩踏み出した朔と、中にいたウォレスが振り返ったのは同時だった。

二人の目が合った瞬間、ウォレスは先程以上に驚いた反応を見せた。



「おまたせ~。荷解き終わったぁ?」



朔の背後からユーガスがひょっこりと顔を出す。

ユーガスの言う通り、ウォレスは荷解きを済ませて一息ついていたところだった。



「おま───、なんのつもりだ」


「なにって、お茶煎れてもらったんだよ。ウェルカムドリンクに丁度いいっしょ?」


「だからって何で────」


「さあさあ入って入って~」


「えっ?あ、はい……」



ウォレスからの文句には聞く耳を持たず、ユーガスは朔の背を優しくも強引に押しやった。

朔は歓迎ムードでないことを感じつつも、ユーガスに抗えず入室した。



「で、なんだっけ?お茶が何味でお菓子がどこ産だっけ?」



ユーガスは右手でドアを閉め、左手で壁際のサイドテーブルを指差した。

朔はサイドテーブルの上にトレーを置き、持ってきたものの説明をした。



「えっと……。これがパイフェ、マドレーヌ、ダックワーズ。お茶はダージリンです」



朔の隣に並んだユーガスは、ふんふんと頷きながらトレーを覗き込んだ。



「は~ん。マドレーヌとかってフランスだっけ?」


「起源はフランスですけど、これを作ったのはクロカワの、日系の人がやってるお店だそうです」


「へー。日本って寿司と天ぷらだけじゃないんだねえ」



早くも打ち解けた雰囲気のユーガス達を、ウォレスは視界に入れようとすらしなかった。

我関せずの佇まいで、事が済むのを冷やかに待っている。



「どれが良いですか?余ったやつをわたしが、もう一人の方のところに持って行きますから」



今すぐここを立ち去る理由がほしい。お役御免になりたい。

いよいよ居た堪れなくなった朔は、二人分のお茶をテーブルにとりあえず下ろした。



「もう一つは朔ちゃんの分だよ」


「わたしの……?」



ユーガスは笑みを携えたまま、さりげなく朔の背後へ回った。

朔が勝手に逃げられないよう、退路を塞ぐために。



「せっかくだし一緒にお茶してこうよ」


「え?」


「は?」



朔とウォレスの疑問符が重なる。

ウォレスの方は疑問符に加えて苛立ちも混じっている。



「一緒にって、ここでですか?」


「そ」


「で、でも、ウルガノさんを置いてきてますし、わたしだけ一抜けしちゃうのは────」


「そうだぞユーガス。彼女にだって彼女の都合があるだろう。無理を言って困らせるな」



遠慮する朔にウォレスも加勢する。

ユーガスはウォレスに一瞥だけくれて、尚も朔に迫った。



「そのウルガノさんがオッケー出してんだから、急いで戻る必要はないのよーん?」


「ウルガノさんが良いって言ったんですか?」


「うん。さっき擦れ違ってね。もう人数少ないから自分だけで足りるって」


「そう、なんですか」



他に言い訳を思い付かなかった朔は黙り込んだ。

ウォレスはユーガスをきつく睨んだが、ユーガスは素知らぬふりをした。



「野郎二人でお紅茶におクッキーなんてぞっとしねーからさ、付き合ってよ。ね?そんなに時間とらせないし」


「……少しだけ、なら」


「やったー決まり~」



ユーガスの強引なアプローチに屈した朔は、とうとう首を縦に振った。

ウォレスは朔に聞こえないよう溜め息をついたが、今更追い出すことも出来なかった。



「朔ちゃんはどのお菓子がいーい?」


「わたしは残ったやつで……」


「はら~、謙虚だね~。

んじゃー、おれコレにすんね。朔ちゃんはコレで良い?」


「はい」



ユーガスはダックワーズとパイフェを手に取り、余ったマドレーヌを朔に渡した。



「おらよ」


「!」



ユーガスが乱暴に放り投げたパイフェを、ウォレスは反射的にキャッチした。

どの菓子が良いか選ばせなかったことも含め、ウォレスに諸々の決定権はないらしい。



「朔ちゃんはそっち座んなよ。おれらはこっち座るから」


「俺は────」


「いいから言うこと聞けって。お茶が冷めちゃうだろ」



朔に対する時とは雲泥なほど、ユーガスはウォレスに手厳しく当たった。

平素はむしろユーガスの方が軽んじられているのに、今日ばかりは立場が逆のようだ。

ユーガスを怒らせると厄介だと知っているウォレスは、不服ながらも従わざるを得なかった。



「失礼、します」



朔はユーガスに促されたベッドに腰かけ、トレーごと膝に乗せた。

ユーガスとウォレスはそれぞれお茶とお菓子を持ち、もう一方のベッドに間隔を空けて座った。



「いただくね~」


「……頂きます」


「どうぞ。わたしも頂きます」



ユーガスはダックワーズに、ウォレスと朔は紅茶に口を付けた。



「ん、おいしー。ダックワーズ?だっけこれ?」


「そうですね」


「こんなん食うの何年ぶりだろー。紅茶なんて飲むのも初めてだぁ」


「お嫌いなんですか?」


「機会がなかっただけだよ。仕事柄、優雅にティータイムなんてこいてる余裕なかったしねー」



意外にも綺麗にダックワーズを頬張るユーガスの横で、ウォレスは静々と紅茶を啜った。


ユーガス自身は覚えていないようだが、本当は少年時代にダージリンもアールグレイも嗜んだことがある。

毎日のティータイムを欠かさないほど、フレイレの一族は地元で知られた名家だからだ。


とどのつまりユーガスとウォレスは、所謂やんごとないお坊ちゃま。

指摘するのが面倒臭いだけで、ウォレスの方は当時を鮮明に記憶している。

お茶会と称しては一族が集まり、テーブルマナーを仕込まれていたこと。

自らはピアノを、弟はヴァイオリンを嫌々習わされていたこと。

その反動もあって、弟は傭兵などという危険な職に就いたことを。




「こっちの人のは?なんだっけ?」



こっちの、とユーガスはウォレス用のパイフェを顎で示した。

朔はウォレス本人に絡めてしまわないよう割り切って答えた。



「パイフェ、ですね」


「パイフェ~イ。聞いたこと有るよーな無いよーなだなぁ。

ど?うまい?」


「まだ食べてない」


「なんだよー。お茶は?」


「ダージリンの味だ」


「つれないなぁ。せっかく用意してくれたのにぃ。ねえ朔ちゃん?」


「いえ……」



なんとか間を執り成そうとするユーガスの気遣いも虚しく、ばつの悪い空気が部屋に流れる。



「………。」



他者の人間関係など今まで意に介してこなかったユーガスは、段々と苛立ちを覚え始めた。

頑なに歩み寄ろうとしない従兄と、賢いやり方が思い付かない自分自身に。




「───あ。そーいやおれ王子くんにお呼ばれしてたんだった」



ふとユーガスは棒読み窮まりない独り言を上げた。

"王子くん"とはユーガスが名付けたアンリの愛称である。



「そーゆーわけだから、おれ行かなくちゃ」


「ハア!?」



ユーガスは紅茶を一息に飲み干すと、ダックワーズの包みを空になったカップの底に落とした。

あまりの奔放さに、ウォレスはつい大きく反応してしまった。



「おま、ふざけんなよお前。元はと言えばお前が────」


「しょーがねーじゃん忘れてたんだもん」


「守衛は。途中だつってたのはどうした」


「他に二人も三人もいんだから、ちょっとくらい外しても平気っしょ」



ウォレスが来るまで守衛をしていたのは事実で、アンリから呼び付けられたというのは嘘。

要するにユーガスは、この微妙な空気が煩わしくなったのだ。

一言で言うならば"とんずら"、"戦線離脱"。あるいは"丸投げ"である。



「朔ちゃんは全然ゆっくりしてっていいからね。お茶まだ熱っついし」


「えっ?えっ?」


「おいユーガス────」


「ほなまた」



語尾にハートマークが付きそうなほど朗らかに、かつ一方的に言いたいことだけ言ってユーガスは退室した。

残されたのはユーガスの微かな体温と気配。そして猛烈な嵐に見舞われ茫然自失となった、朔とウォレスの二人だけ。



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