Episode52-6:再会
PM4:30。
ウルガノより一足先に、朔の持つトレーが空になった。
隙間なく積んでいたカップも菓子の包みもすっかり無くなり、本来の木目が露になっている。
「わたし、二回目いってきます」
朔はおかわりを足しに一度キッチンへ戻ることに。
まだ二人分を残したウルガノは心配そうに引き留めた。
「一人で大丈夫?私も一緒の方が────」
「ううん、大丈夫。やり方も覚えました。ウルガノさんは先に行ってください」
「そう?ポットの中はまだ熱いはずだから、気を付けてくださいね」
「はーい」
明るく返事をした朔は、トレーを脇に挟んで踵を返した。
朔の後ろ姿を見送ったウルガノは、まだお茶の当たっていないメンバーの元へ向かった。
こんなことでは気休めにもならないかもしれないし、気休めをしている場合ですらないのかもしれない。
それでも、明日を迎えたら二度と止まれないから。全員が五体満足で居られるのは、きっと今日が最後だから。
せめてもの一時が、あって良かった思い出になるように。みんなを守る力になるように。
ささやかながら自分の役目を見出だした朔は張り切り、廊下を駆ける足には羽根が生えたようだった。
「───どーせなら大砲の一つでも借りてくりゃあ良かったのにぃ」
「無茶言うな」
「だーってスラクシンでしょ?軍事力の要ってんなら最新の武器とかも充実してんじゃないのぉ?マフィア映画で観るようなさぁ」
「借りたとしてどうやって運ぶんだ」
「戦車とか?」
「話にならんな」
一階ロビーからは、成人男性二人組の会話が聞こえてきた。
緊張感のない間延びした声と、前者に対して呆れたニュアンスを孕む声。
軽妙な口振りからして、気心の知れた仲であるようだ。
一階を目指す朔と、二階を目指す二人組の距離とが縮まっていく。
やがて二人組が階段の中腹まで至り、朔が最初の一段目を踏み出そうとしたところで、双方は鉢合わせた。
「あ……」
朔は驚いて足を止めた。
眼下で死角となっていたため、二人組が突然湧いて出たように見えたのだ。
「お」
二人組の一方も、朔と同じ理由で同じ反応をした。
遅れてもう一方も反応したが、こちらの驚きは少し意味が異なるようだった。
目の前に突然"人"が現れたからではなく、現れたのが"朔"だったから余計に驚いたのだ。
「朔ちゃん。そんな急いでどしたの」
真っ先に口を開いたのは、普通に驚いた方の男。
間延びした声のユーガスだった。
「朔……?」
もう一方の男は朔の名前を聞くなり、ユーガスと本人とを順に見遣った。
どうやら姿だけでなく、朔の名前にも覚えがあるようだ。
「えと、今、みんなさんにお茶とお菓子を配ってて……」
「へー。差し入れしてやってんの」
「はい。わたしだけじゃなくて、ウルガノさんもで、お菓子は東間くんのお知り合いさんが、お土産に持ってきてくれたものなんですけど……」
和やかに言葉を交わす朔とユーガス。
型破りなキャラクターとは裏腹に、ユーガスは子供のあしらい方が上手かったりする。
「先行ってる」
「え?」
もう一方の男は独り言のように告げると、ユーガスと朔の横を通り過ぎて二階へ上がっていった。
初対面の相手に挨拶も無しなんて、さすがに感じ悪いんじゃないのか。
いつもの彼なら、たとえ幼い女の子に対してでも最低限の礼儀を弁えるのに。
ぼんやりと疑問を覚えたユーガスだったが、すぐに事情を察した。
「ね、朔ちゃん」
「はい?」
「そのお茶とお菓子ってまだ有るの?」
「ありますよ。持ってきましょうか?」
「ほんとー?じゃあお願いしちゃおっかなぁ」
目論見は秘めたまま、ユーガスは追加のお茶とお菓子を朔に頼んだ。
「わかりました。ユーガスさんと、……さっきの方と、二人分で良かったですか?」
さっきの方、と朔は後ろを一瞥した。
連れのユーガスを置いて先に行ってしまった、もう一人の男のことだ。
「できれば三人分ほしいんだけど、いいかな?」
ユーガスは笑顔で訂正した。
「……?はい。どこへ持って行けばいいですか?」
朔は"三人分"のワードに引っ掛かりながらも了承した。
「んっとねー、二階の隅っこのー、あっこ。あれがオレらの部屋ってことになってるから、そこまで来てくれる?」
「はい。すぐ用意します」
ユーガスは二階西側にある部屋のドアを指差した。
二階は全室ツインルームのため、ユーガスと先程の男は一日限りのルームメイトとなる。
「手伝おっか?」
「いいえ。お部屋で待っててください」
「わかった~。ゆっくりでいいからね~」
今度こそ朔は一階へ、ユーガスは二階へ、それぞれ移動した。
すると朔と入れ違いで、ウルガノが二階廊下からやって来た。
「あ、女神~。さっきぶり~」
「……どうも」
今朝の作戦会議ぶりの再会にユーガスはテンションが上がり、ウルガノは下がった。
第一印象が強烈すぎたせいで、ウルガノはユーガスに対して若干の苦手意識があるのだ。
"女神"や"天使"などと大仰な呼び方をするのも、ウルガノの不信感を助長させている。
「ほんとだ。おんなじやつ持ってる」
「は?……ああ、これ」
ウルガノの持つトレーも既に空の状態。
たった今残りを片付け、朔に続いておかわりを足しに行くところだった。
「朔に会ったんですか?」
「うん。おれの分も用意してくれるって。
ちなみにあとどんくらい残ってんの?」
「お茶がですか?」
「いんや。人数が」
「まだ何人かは配っていませんが……。茶葉のストックは十分ですし、一杯じゃ足りないようなら、その都度お煎れしますよ?」
「あー、おれがどうとかってことではなくてぇ」
ユーガスの言い方では要領を得ず、ウルガノは怪訝に眉を寄せた。
「その差し入れなんたらって、女神と嬢ちゃんで回してんでしょ?何人分も必要なら、女神だけじゃ大変かなって」
「朔に用事があるということですか?」
「そう。しばらく借りたいんだけど、いい?」
特に接点のなかった少女を貸してくれとは、また突拍子もない。
本人に手を出す気はなさそうだが、良からぬことに巻き込むつもりではあるまいな。
ウルガノは眉間の皴を深くした。
「私は構いませんが、なぜ?」
「たぶんなんだけど────」
ユーガスは目論見の内容を手短に明かした。
するとウルガノは打って変わって協力的な態度になった。
「なるほど。そういうことでしたら」
「話が早くて助かるよ」
「あまり困らせないでやってくださいね」
「どっちを?」
「どちらともです」
こうしてユーガスはウルガノ承認のもと、一時的に朔の身柄と時間を拘束する権利を得た。
「それは"オニイチャン"次第かな」
自分の知らないところで、従兄弟が何を企てているのか。
ユーガスの"オニイチャン"ことウォレスは知る由もなく、不意打ちのフラッシュバックにひっそりと頭を抱えているのだった。




