Episode52-2:狼煙
「───終わった。今んとこは異常ナシ。
本当助かったよ。二人とも、色々ありがとね」
「恐れ入ります」
動作チェックを終えた東間は立ち上がり、例の紙袋を覗きにいった。
「うーわー、めっちゃくちゃあんじゃん。時間内によくこれだけ集めたね」
付いてきた青木は目を細めて頷いた。
「店頭に並んでいた既製品も含めて、あるだけ横長ししてもらいました」
「よく断られなかったね……」
「なに、主の"おねだり"を袖に出来るのなんて、世界で羊一様くらいのものですよ」
「(やくざ……)」
さらりと脅迫紛いの発言をする青木に、東間は改めて黒川一族の威光を感じた。
決して圧政の類ではないが、クロカワ人で桂一郎の思し召しに背く者はいない。
逆らうのが恐ろしいからではなく、純粋に桂一郎を敬っているから。彼の役に立てることを誉とするからだ。
クロカワ人の多くは他州で居場所を持たず、桂一郎の仁徳ありきで平和に暮らせる身。
恩人である桂一郎のためならば、彼らは家族も同然に骨身を惜しまない所存なのである。
「みんなで分けても十分余裕あるね」
「お配り致しましょうか?」
「そうだね。みんなも根詰めっぱなしだと思うし、一息つくには丁度いい」
「では、皆様の分も合わせてお茶を煎れてきましょうか」
「あ、それならおれが────」
"おれが自分でやるよ"。
そう東間が言いかけた瞬間、青木は東間を鋭く睨み、神坂はぬっと東間の背後に立った。
二人の有無を言わせない雰囲気に、東間はやっぱり神妙にしているしかなかった。
「アー……、と。キッチンの場所、わかる?」
「さっき通りましたので」
「お茶の煎れ方は」
「慣れておりますので」
「………うん。ええ。そうですよね。はい。
何から何まで申し訳ないけど、お頼み申してよろしおすか」
「よろしおすえ」
どちらが従わされているのか、東間は怖ず怖ずと青木に任せた。
青木は一瞬でポーカーフェースに戻ると、紙袋を二つだけ持ってキッチンへ向かった。
「羊一様はお座りになっていて下さいね」
「ヘイ……」
幼い頃から東間は、辛い時に辛いと言えない性分だった。
つい虚勢を張ったり、無理を通そうとして体が持たなかったり。
常に優等生であらねばというプレッシャーが、東間から弱音を奪ってしまったのだ。
そんな東間と、道義心に基づいて行動する神坂と青木は、意外にも好相性。
先程だって、二人が御さなければ東間は余計に体調を崩したかもしれない。
強引なようでいて、実は東間の一挙手一投足をよく観察している。東間が本当に嫌がることは絶対にしないのが証拠だ。
「外の様子はどうだったの?クロカワの方でも騒ぎとかなってた?」
気を取り直して東間は神坂に尋ねた。
神坂は少し考えてから答えた。
「いえ、あまり大っぴらには。キングスコートに近付くにつれ徐々に、という印象でしたね」
「検問は?どこからどこまで敷かれてた?」
「我々の経由したルートは漏れなくでしたので、国内全域に渡って実施されているかと」
「そりゃそうか……」
ヴァン達への指名手配、並びにテロリスト潜伏の警報は未だ解かれていない。
ミリィ達の自由を封じるため、敵陣が講じた策なのだから当然だ。
各自治体では、州ごとの対策も履行され始めている。
とりわけ州境の検問は厳しく、僅かでも怪しまれたら即管理局行きとなる。
果たして神坂と青木は、どうやって此処まで無事に辿り着けたのか。
桂一郎の手の者である以上、身分証明は問題ない。
だが今回は遥々キングスコートまで、おまけに業者並の機器類を車に積んでいる。
テロリストの要素はなくとも、怪しさで言えば相当だ。
「二人は大丈夫だったの?因縁つけられたりとか」
「途中までは大丈夫でした」
「途中までは?」
「キングスコート入りの検問だけ、少々揉めましたね」
「どういう風に」
「荷物については特に言及されなかったのですが、これが目に付いたようでして」
"これ"と神坂は腰に帯びた刀に触れた。
「武器となり得るものは全て接収、所持者は潔白が認められるまで取り調べだと言われました」
「え、普通にヤバイじゃん。どうやって切り抜けたの」
「検問を抜けるまでは締め具を結んでおきましたので、殺傷能力の低い模造刀を護身用に持ち歩いているだけと嘘を付きました」
「そんな言い分が通るわけ────」
「通りました」
「嘘でしょ」
「事前に主が委任状を認めて下さいましたので、それを見せたらばイチコロでした」
「印籠?」
神坂によると、キングスコート入りの検問だけスムーズに通過できなかったという。
神坂も青木も帯刀をしているため、武器の持ち込みに当たると指摘されてしまったのだ。
平素であれば、届け出さえあれば許可が下りる。
品物の購入先が発行した領収証と、いずれかの主席がサインを添えた認可証。
最低この二つがあれば、銃であろうが刀であろうが所持して構わない。
認可証の方は身分証明証としても使えるので、他州への持ち込みも許可の範囲となる。
しかし、目下は全国で警戒態勢が敷かれている時分。
刀なんて物騒なものを携帯していれば、否応なしに管理局へ送られても文句は言えない。
そこで役に立ったのが、桂一郎直筆の委任状。
神坂らが桂一郎の使いで出向した旨を裏付けるものだ。
上記二つの書簡に加え、この委任状も突き出したところ、担当者は神坂らの帯刀をやむ無しと判じた。
締め具を施していたおかげで、神坂の嘘も見抜かれずに済んだようだ。
本物と模造品の違いも分からないとは、担当者は刀をよく知らなかったのかもしれない。
「他には?揉めたってのはそこだけ?」
「はい」
「その担当者がどこかに連絡してたとか、検問抜けたあと誰かに付けられたとかは」
「こちらで確認できた限りでは、不審な動きは見受けられませんでした。
尾行の気配もありません。それは断言できます」
「そう……」
神坂の説明を聞いて一応は納得した東間だったが、まだ腑に落ちなかった。
桂一郎の委任状が功を奏して、というところまでは分かる。
だが積載した機器について、どこへ運んで使うのか、もっと具体的に突っ込まれてもおかしくなかった。
桂一郎と東間がプライベートでも懇意にしていることは、敵陣にも知られているはず。
その桂一郎の付き人が、主の側を離れて単独行動など、よほどの事態でないと有り得ない。
最悪、東間と接触するものと看破されて、ゲストハウスの存在が露呈する恐れもあった。
なのに、現状なんのトラブルも起きていない。
神坂も青木も訓練されたプロなので、敵意や害意は向けられた瞬間に気付ける。
本人が"尾行はなかった"と言うなら、そこは信じても良いだろう。
「(だとしても、こちらに都合が良すぎないか。
たまたま二人に当たった職員が雇われで、マニュアル通りにしかやらなかっただけなら分かるけど。
よりにもよってキングスコートの、ヴィクトールのお膝元でそんな失態が有り得るか?この最中に)」
いかな幸運に恵まれたのだとしても、"東間の知り合い"がキングスコート入りしたという記録は残る。
もし、全部が筒抜けだったら。
最初からヴィクトールには見透されていて、わざと泳がされているのだとしたら。
今すぐでなくとも、今日中にはここを襲撃されるのではないか。
こちらの企みを逆手に取られ、より堅牢な罠や対抗策が講じられてしまうのではないか。
「ご安心ください、とは言明し兼ねますが、成しうる限りを尽くして我々は此処へ参りました。
その上で虚を衝かれるようなことがあれば……。情けない話ですが、あちらの方が一枚上手だったという他ありません」
「いや、違う。二人を責めてるんじゃない」
ずっとそうだった。
絶好のタイミングだろうという時に限って仕掛けてこない。
こちらが身動きを取れない今こそ徹底的に叩くべきなのに、詰みまで追い掛けてはこない。
しないのか、できないのか。
できるのにしないのか、しない代わりに待っているのか。
「パワーバランス的には、まだ断絶あっちのが強いんだよ。本腰入れて来られたら、おれらの居所なんてとっくにバレてる。
なのにそうならないのが、すごく……」
「不気味?」
「うん。みんなとも話したんだけど、つくづく不気味だなって。改めて思っただけだよ」
表には極力出さないながらも、東間の不安は募る一方だった。
東間の胸の内を察している神坂は、敢えて言い訳も鼓舞もしなかった。
「───お待たせしました」
青木がトレーを手にキッチンから戻ってきた。
トレーには温かい紅茶が一杯と、同じく温かいコーヒーが二杯載せられていた。
他の皆の分も、という話だった割には数が少ない。
「あれ。三つだけ?」
東間は首を傾げた。
青木はテーブルにトレーを置き、まず東間の前に紅茶のカップを差し出した。
「実は先客がおりまして。その方々のご厚意で、私と神坂の分も煎れてもらったのですよ」
「どゆこと?誰?」
「ウルガノ様と朔様という方です。丁度お二人も我々と同じ目的だったようで。私が着いた頃には、既に人数分の用意があったのですよ」
「あー、なるほど。だからコーヒー」
「左様。僭越ながら、私は軽くお手伝いをさせて頂きました」
青木が向かった時には、先客のウルガノと朔がキッチンに立っていた。
二人もまた皆でティーブレイクをと計画し、紅茶とコーヒーを人数分用意しているところだった。
青木が訳を話すと、皆のことは自分達に任せてほしいとウルガノは言った。
青木は二人に甘えさせてもらい、お茶請けの菓子を分けるだけに留めたという。
「噂をすれば」
青木に少し遅れて、ウルガノと朔も大きめのトレーを手にキッチンから出てきた。
載せきれなかった分はキッチンに残し、往復して回収するつもりのようだ。
二人はこちらに気付くと、東間達に感謝の会釈をした。
東間も"ありがとう"と口を動かしながら手を振り、青木と神坂はお辞儀で返した。
やがて二人は階段を上り、皆にお茶とお菓子を配りにいった。
「これって何の茶葉?アールグレイ?」
「ご明察」
「いいね。ありがとう。二人も飲んでいいよ」
「では失礼して」
「座ったら?」
「いえ。我々はこのまま」
東間は青木にも礼を言って紅茶に口を付けた。
青木と神坂も、ウルガノが厚意で煎れてくれたコーヒーを立ったまま頂いた。




