Episode51-5:決戦前夜
「あとは、どっちがどっちを攻略するかだな」
話を戻したミリィがアンリの方に振り返る。
「リトルアウルってのはウォレスさんも居たとこだから、怪しいって意味では然して優先度高くないわけだろ?」
「ああ。ヴィクトール達が居着いているのは、ゴーシャークとマグパイだ。
そこにプロジェクトの機密もある」
「で、二つは地下で繋がってると」
「そのようだ」
「なら、どうやって振り分けする?
全員一緒に突入して、片っ端から虱潰しにしてく?」
「いや、突入は別々にした方が袋の鼠にできる」
「別々の入口から中に入って、別々に探索して、後で地下で合流する?」
「そうした方が取り零しも少ないと俺は思う」
「いいよ。異議なし」
手分けして進んだ方が盤石だろうということで、進攻は各研究所別々に決まった。
どのみち建物の中で落ち合えるはずなので、別行動から始めても危険は少ないはずだ。
キオラの言う"開かずの間"の先へ進むまでは。
「中に入ってからの手順は───いや、入るまでの段取りが先か」
「そこは司令官の意向に従おう」
「だってよ。ざっくりと流れ纏めてくれるか?」
アンリとミリィは東間に視線を移した。
一同からも注目され、東間はやや気まずそうに咳ばらいをした。
「二手に別れるってことは、"これ"を発動させるのは、どちらかが代表してってことになる。どっちが持つの?」
これ、と東間はUSBを手に持った。
「例のゲートってやつ、二つとも同じようにあんのかね?」
「一方にだけとは書かれてなかったから、そうなんじゃない?」
ここで、キーコードの使用方法について説明する。
手始めに、例のOSを東間のパソコンにインストールしておく。
このままの状態では、まだキーコードは発動しない。あくまで土台が整ったのみである。
使えるようにするには実働斑がUSBの現物を持参し、現場に赴かなければならない。
研究所の通用口には、スキャナーゲートと呼ばれる侵入防止用のアーチがある。
潜った者の身体データを自動的にスキャンし、関係者と認識すればロック解除の操作を行える。
関係者以外だと操作段階に移れず、行き止まりとなるよう設定されている。
そのアーチに備わった専用ポートに、USBを直接繋ぐ。
するとUSBに元々取り込まれていたOSが、東間のパソコンにインストールしたOSと同期。USBから東間のパソコンへ、研究所のシステム情報が送られて来る。
あとは東間がパソコンから専用のコードを入力すれば、キーコードは発動。
セキュリティハックが実現し、アンリ達は研究所への出入りが可能となる。
とどのつまりキーコードとは、USBそのものと暗証番号の二つが揃って初めて成立する。
OSのコピーだけ持っていても、暗証番号だけ知っていても意味を持たない。
実働斑と扶翼斑、両者の連携が必須となる代物だったのだ。
「オレが持つか、アンリが持つか」
「俺はどちらでも構わんが……。初動で躓くわけにはいかないし、東間君と阿吽の呼吸でやり取り出来た方がいいな」
「てことはオレか?」
「自信がないなら代わるか?」
「自信とか関係ねーだろ。どっちみち向かうとこは一緒なんだし。
条件ないならオレがやるよ。いい?東間」
ミリィが東間の顔色を窺うと、東間は目を伏せた。
「おれは自分の仕事やるだけだから、そっちの分担は好きにして」
「お前のそういう分かりやすいとこ好きだよ」
ゴーシャーク研究所はアンリ達、マグパイ研究所はミリィ達が攻略。
肝心のUSBを持つ係はミリィに決まった。
「ここまでキーコードを頼りにする前提で話してきたが、現実問題、可能だと思うか?
システムジャックを維持するには、そちらの負担が相当になるわけだろう?」
申し訳なさそうなアンリに対し、東間は肩を竦めてみせた。
「あちらのエンジニアとやらが如何程かにも依りますけど、おれ一人じゃまず無理でしょうね。最低二人はアシスタントがいないと」
「三人揃ったとして、どう分担すんだ?」
「システムの上書きとヘッドクォーターはおれが主導でやる。あとは上書きを手伝う係が一人。機密データとやらをこっちに吸い出す係が一人かな。
それでもかなりギリギリ。はっきり言って全部上手くいく保証は出来ない。最悪、あんたらの方が袋の鼠になるかもしれない」
いつになく自信なさげな東間だが、それだけ対象の規模が計り知れないのだ。
三名とは必要最低限の人数なので、欲を言えば五名以上は補助要員が欲しいところ。
「だよな。アリスが無理でも、何としても人材確保しなきゃな」
ミリィは悩ましげに首筋を撫でた。
猫の手も借りたい今、アリスへの協力要請は"出来れば"から"何としても"に変わった。
「───現時点で固まった方針を纏めるぞ。
俺達はゴーシャーク、ミーシャ達はマグパイ研究所に別れて進攻。それぞれにライナスさんから頂いた戦力を割き、キーコードの使用はミーシャが行う。
システムジャックが安定次第、実働斑は研究所内に突入。扶翼斑には同時進行で作業を進めてもらう。
以降は扶翼斑のディレクションを仰ぎながら、実働斑が手分けして探索。
所属の研究員ないしスタッフと接触した折は、対象に敵意が認められた場合のみ、これを叩く。投降の意思を見せた場合には、捕縛等の無力化を施す」
「最終目標は?」
「キオラの保護とヴィクトールの確保、機密データの奪取。
何かしらの障害が起きればその都度処理するが、撤退は原則なしだ」
「決行日は?」
「予定では明日に」
当日の大まかな流れをアンリが説明し、一同もそれを承諾した。
せめてキオラと機密データが無事であること、ヴィクトールが既に国外逃亡などしていないよう、今は祈るしかない。
「厳密な作戦内容は、主要メンバー全員の意見を元に練り上げる。
まずは必要の人材を集めよう」
作戦会議の続きは後で改めるとし、一旦お開きに。
アンリは席を立って各々に指示した。
「マナ、ジャック達に今の話を伝えて来てくれ」
「わかった」
「シャオ、お前はウォレスさんに連絡を」
「あいよ」
マナとシャオは言われた通りに動き出した。
「俺はライナスさんに部隊の補填をお願いして来る。
そちらはお前に任せるぞ」
ミリィに一言言い残してから、アンリもロビーを後にした。
一足遅れたミリィ達は、互いに目配せをし合った。
「オレらも動くか。
東間、さっきのOS使えるように。あと見取り図も、みんなで見れるようにでっかくプリントアウトしといてくれ」
「わかった。桂一郎さんにも連絡しとく」
「いろいろ任せちまって悪いな。
朔とチェスは東間の手伝いしてやって」
「うん」
「分かりました」
「ウルガノ、ヴァン達に伝えてきて」
「すぐに」
「トーリはアリスに連絡頼む。お互い足着かねえようにな」
「言われるまでもない」
「オレはシャノンとコンタクトとれねえか探ってみる。済んだらまた此処に集合。じゃ一旦解散!」
「はい!」
ミリィの締めの一声に、全員の勢いづいた返事が重なる。
散らばっていくメンバーを見送ってから、ミリィも自分の役割にと動き出した。
「(最後の最後で運試しとはな)」
吉と出るか凶と出るか。
どちらの目が出ても明日で最後。
長い旅のエンディングが待っている。
はじまりに母を、道半ばで想い人を失った。
次に失うのは誰か、自分か。
『A friend in need is a friend indeed.』




