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オルクス  作者: 和達譲
Side:ZERO
310/326

Episode51-3:決戦前夜



USBの中には、三つの研究所の詳細情報。

それらに侵攻するための手立てが秘められていた。


通称キーコードと呼ばれる、トロイの木馬と似て非なるブラックボックス。

使い途についてはキオラのメッセージにある通りだが、そんな重要かつ不安定なものを何故ヴィクトールは寄越したのか。


記憶の戻っていない頃のキオラであれば、ヴィクトールの言い付けを破ることは絶対にしない。

与えたとして、彼女が悪用する心配はないだろう。


だが今となっては違う。

研究員達への怒り憎しみを思い出した今のキオラにとって、キーコードは報復に打って付けな道具となる。

彼女の気まぐれ次第で、FBプロジェクトは頓挫するどころか破綻し兼ねないのだ。


なのにヴィクトールは授けた。

誰の許可も得ぬまま、独断で。

リスクを承知の上で、いつか必要になると言って。


一体なにに必要なのか。いつかとはいつ来るのか。

これから大手をかけようというところで、見過ごすには大きすぎる不自然な痼が新たに出てきてしまった。




**



「───で?キオラさんはこう言ってるわけだけど」



USBの概要が判明し、最初に口を開いたのはミリィだった。

アンリはソファーの背凭れに深く沈み、目元を手の甲で覆って答えた。



「どうもこうもない。これまでの方針に変更はない」


「いいのか?キオラさんは来ないでほしいって言ってるのに。本当に他に道がないものか、もう少し────」



もう少しくらいは検討してみても良いのではないか。

ミリィが最後まで言い終える前に、アンリの長い溜め息が遮った。



「もう少し前に"これ"を知っていたなら、より良い形と最善を探ったかもしれない。だが────」



アンリは起き上がって前屈みになった。



「残念ながら、状況は変わった。

キオラが奴らの手の内にあって、どんな危険な状態に置かれているか知れない以上、もう回りくどい真似はできない」



ヴィクトールを殺さないでほしい。

キオラの切なる願いが多少なりとも効いたのか、アンリはヴィクトールに対して僅かばかり容赦の姿勢を見せるようになった。

是非なく殺意を漲らせるほどだったのが、客観性も取り入れるべきだと考え直すくらいには。


しかしヴィクトールの方は、アンリに対して右肩上がりに遺恨を募らせているようだ。

キオラを攫うよう指示したのがヴィクトールならば、それはアンリへの宣戦布告も同じ。

最悪、命のやり取りに発展しても構わない意思を感じる。


平和的解決が望めないなら、こちらも強気に責めるしかない。

出会い頭に銃口を向け合うような展開は避けるにしても、このまま彼らの横暴を野放しにはしておけない。



「君達だって、今や国家指名手配犯だ。

いずれシャノン君達が潔白を証明してくれるにせよ、その"いずれ"が遠退くほど奴らは力を増す。

叩くなら今が絶好だと俺は思う」



ミリィ達だって、指名手配という枷を掛けられている。

追い詰められた度合いで言うなら、アンリ達以上に気息奄々な立場だ。


シャノン達が手を回してくれるのを息を潜めて待つか、諸悪の根源を自らで断ちに行くか。

安全なのは前者、確実なのは後者。

悠長に選んでいる時間は毛頭ない。



「シャノン達、今どうしてんだろなあ……」



あれから連絡の取れていないシャノンを案じてミリィは項垂れた。

重い空気を放つ赤毛兄弟に挟まれた東間は、酷く居た堪れない様子でパソコンを閉じた。

そんな東間を気遣い、ウルガノとトーリが来い来いと手招きした。

東間は立ち上がり、ウルガノ達の方へ逃げるように席を移動していった。



「とはいえ、キオラを餌にした罠という線も濃厚だ。

こちらが打って出るべきなのは変わらないが、せめてパターン分けくらいはした方が良いだろう」


「攻めるか攻めないかの話じゃなく、どう攻めるかの選択肢を増やすってことね」


「そうだ。簡単に言うなら、突入か侵入かの違いだな」



赤毛兄弟の二人でどんどん話を進めていくも、勝手に決めるなと苦言を呈する者は誰もいない。

案を出したり知恵を貸すことはあっても、最終的な判断は兄弟にと弁えているためだ。




「約束通りライナスさんの編制部隊をお借り出来るなら、全体の四分の一・五分の一でも大きな戦力になる。

研究所側がどれだけ防衛に割こうとも、不意打ちで攻め入れば落とせないことはないはずだ」


「今日明日で人数揃うのか?」


「ああ。今日中に要請すれば明日には派遣してもらえる。明後日には実働可能だ」



ライナス率いる軍隊を後援として派遣してもらえれば、研究所侵攻は一気に手堅くなる。

国家を引っ提げた軍人を引っ提げていった時点で、侵攻というよりは最早ガサ入れに近いのだ。

研究所側も往生際まで抵抗はしないかもしれない。



「ライナスさん以外にも支持してくれる主席陣は多い。こちらが攻め手に回った場合には、必ず追い風となる。

露骨なほどバックを強調して動いた方が、いずれの損害も最小限に押さえられるだろう」



だが、とアンリは区切った。



「キオラを無理矢理に囲ったほどだから、向こうも対策を講じているのは間違いない」


「そこまでされてアンリが黙ってるわけないくらい、簡単に想像つくことだしな」


「故のパターン分けだ。

先に火蓋を切られた以上、後手後手にされるのは必至だからな」


「準備してった手数が足りれば良いけど」



最も理想的かつ現実的なのは、公権力も交えた上での正面突破。

フェリックスの長子であるアンリが、フィグリムニクスという国家を率い、粛清という大義名分のもとヴィクトールらを検挙することだ。


この場合に懸念されるのは、いち早く察知した研究所側に先手を打たれること。

アンリ達が現場へ踏み込んだ時には、重要機密を含む証拠を綺麗さっぱり始末されていることだ。


だがキーコードが手に入ったおかげで、隠蔽工作も無効化できるようになった。

アンリ達が研究所を進攻している間に、東間がデータを吸い出すなり保護するなりしておけば、関係者全員の退路を塞げる。

誰が何処へ逃げようとも、証拠が残っている限り亡命も意味を成さないはずだ。


最大のネックはヴィクトール。

いつアンリ達が攻撃してくるかの状況で、彼も迎撃態勢を整えて待ち構えているに違いない。

いかな妨害があったとて処置をとれるよう、こちらも十全な用意をしていかなければならない。



「研究所への"突入"が厳しいと判断された場合は、少数精鋭での"侵入"にアプローチを切り換える。

仮称として、前者の突入をパターンA、侵入をパターンBとする」


「そうすっと、殊更に配置が重要になってくるな」


「まず現場に踏み込む面子だ。

俺とミーシャは絶対として、魁・殿……。探索と戦闘、それぞれに要員を分けた方が良い」


「全員でどっちも頑張るじゃ追い付かないか、さすがに」


「向こうの防衛体制にも依るが、徹底的に迎え撃たれては堪らんからな。

はっきり言って、戦いながらキオラを探し当てるのは、俺には無理だ」


「弱腰だなあ。ま、オレも同意見だけど」



ミリィもアンリも自衛の心得があるとはいえ、探索と戦闘を同時に行うのは難しい。

本格的な闘争に発展しても捌けるよう、人員を分けて事に当たった方が無難だ。



「バトル要員つったら、こっちはヴァンとウルガノと、バルドが適任だけど……。どう?」


「異存はありません。

他お二人も、きっと同じ気持ちだと思いますよ」


「そうか。最後まで負んぶに抱っこで申し訳ないけど、よろしく頼むよ」



ミリィが隣に座るウルガノに目をやると、ウルガノは力強く頷いた。

ウルガノとヴァンは共にミリィに命を拾ってもらった身の上、端からボディーガードの契約だった。

バルドも誉れ高いキャリアを捨ててまで一行に加わったほどなので、安全圏で皆の帰りを待つ役回りは本意じゃないはずだ。



「お前達はどうする?付いて来るか、残るか」



アンリもシャオ達の方に振り返り、個々の意見を聞いた。



「ボクは行くよ。行かないわけない。足手まといって言われてもこっそり追い掛けちゃうから」


「そんなことは言わないさ。一緒に行こう」



マナは即答で同行を選んだ。

チェルシーと再会できるかもしれない機会が漸く巡ってきたのだ。

向かう先が例え地獄でも、当初の決意は揺るがない。



「シャオはどうだ?留守を選ぶなら、それはそれで働いてもらうことになるが」


「どっちみち働かされるなら、向いてる方を選ぶとするよ。私ってば見かけに依らず行動派だからね?

我が身可愛さを第一に、もし片手が()いたら鉄砲玉くらいにはなってあげよう」


「珍しいことを言うものだな。味方を囮にしてでも生き残ろうというスタンスはどうした?」


「生き残るよ?私だけは絶対ね。

万が一"君も"無事だったら、その時は王様権限で栄誉称号でも貰ってやろうかと思ってね」


「そんなものを欲しがるタマか?」


「素直に心配だからって言えばいいのに」


「程よくツンデレなのがチャームポイントなのさ」



シャオも迷わず同行を選んだ。

デスクワークにも適性のある彼だが、本人曰く自分の足で稼ぐタイプの情報屋とのこと。

マナの武術師範でもあるので、どこに配置されても相応しい働きをしてくれるだろう。



「けど、こっちにばっか戦力割いたら、留守番確定の彼が寂しくない?

なんなら今度の計画で一番重要なポジションって彼でしょ?護衛とかどうすんの」



留守番の彼、とシャオは東間を顎で示した。

平素から後方支援を担当している東間だが、今回はとりわけ重要度が高い。

東間の手腕によって、計画の成功率が左右されると言っても過言はないのだから。


となれば、東間の身を本人に代わって守ってくれる護衛が必要だ。

限られた人材の中で、誰を側に置くべきか。



「東間くんにはリンチとタイタスを付けるつもりだが……。

さすがに二人だけでは、荷が勝ちすぎるか」


「ライナスお兄さんにおねだりして、もう何人か派遣増やしてもらう?」


「ふむ……。そう出来たら一番良いが……」



もし直前にトラブルが発生して、部隊を派遣してもらえなくなったら。

ライナス頼みだった戦力は大幅に縮小し、東間の護衛に割けるだけの人員も確保できなくなる。


最悪の事態に備えて、他の当てはないものか。

アンリとシャオが知恵を絞らせる一方、ミリィは先程東間と話し合った案を口にした。



「こっちに当てあるかも」


「そうなのか?誰だ?」


「黒川さんとこの側近だよ。二人とも相当腕が立つって東間が」


「側近なのに頼めるのか?」


「黒川さんは"入り用になったら何時でも貸す"って言ってくれてる」


「それは有り難い。お前から連絡できるか?」


「ああ」



ミリィは東間に振り返って念押しした。



「いいんだよな?」


「それは本人に聞くことでしょ」


「だな」



ミリィの言う人物とは、クロカワ州現主席・黒川桂一郎の側近。神坂・青木の忠犬コンビである。

彼らは桂一郎の侍従を努める他、護衛としても仕えている。

抜けないよう細工が施されているとはいえ、常に帯刀しているのが証拠だ。

主人の桂一郎が口を利けば、二人とも協力を惜しまないでくれるだろう。



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