Episode51-2:決戦前夜
これに目を通してるってことは、私の身に何かが起きたってことだよね。
ただでさえ逼迫した状況なのに、迷惑かけてごめん。
でも大丈夫。私は私で何とか立ち回ってみせるから、アンリは自分のやるべきことに集中してほしい。
時間が勿体ないから、さっそく本題に入ります。
まずはPNGのファイルについて。先に見てもらったなら分かると思うけど、あれは研究所の見取り図です。
ゴーシャーク、マグパイ、リトルアウル。それぞれ鳥の名前を冠した三つの組織。FBプロジェクトの本拠。
リトルアウルには私も行ったことがないけど、前者二つと同じく地下にあるのは確かです。
ゴーシャークとマグパイも、改修や増築をしたって話は聞かない。あの見取り図さえあれば、いずれの研究所も迷わず探索できるはずです。
ただ、見取り図にある情報が全てなわけじゃない。
実は記録に載っていない、開かずの間のような空間も存在するみたいなの。
明確にはまだ思い出せないけど、私が直に目にしたことだから間違いない。
図面にある通り、ゴーシャークとマグパイは地下で繋がっています。
一度潜ってしまえば、どちらにも行き来が可能で、どちらの出入口からでも地上に出られる。
所属のスタッフや研究員達が、人目を忍んで活動を続けられるようにね。
その合流地点に近いところに、人荷用昇降機と思しきものを前に見かけた。
多分、更に地下へ降りるためのものだと思う。
担当者以外は立入禁止のエリアだったせいで、私も詳しくは調べられてない。
ただ私は、三つの研究所すべて平屋の建物だと教えられてきた。
昇降機の存在も、地下の地下があるなんて話も今まで聞いたことがない。
だから身内にさえ秘匿にするほどの重大な何かが、あの先に潜んでるんじゃないかと私は睨んでる。
昇降機の位置は図面に印を付けておいた。
そう遠くない内に、自力でも確かめにいくつもりです。
進展があったら改めて連絡します。
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アンリ達が研究所に出入りするための方法も伝えておきます。
尤も、確実ではないので、実行するのは他に一切手立てがない時にしてほしい。
本来、三つの研究所は頑丈なセキュリティで守られています。
部外者が忍び込むのは、まず不可能。コンピュータシステムにも強力なファイアウォールが敷かれているので、よほど腕の立つハッカーであっても侵入は難しいでしょう。
ですが私の知る限り、たった一つですが外部から干渉する術があります。キーコードです。
彼らの言うキーコードとは、文字通り鍵の役目を果たす暗号。またの名をブラックボックス。
これを使うとファイアウォールに阻まれることなく、研究所のシステムに直接アクセスが可能になります。
元はデータの漏洩、または破損を防ぐために作られたものでした。
彼らは重要機密のデータをクラウドでは管理せず、研究所のサーバーか書面上に残しています。
そのためクラッキングには強いですが、物理的な衝撃には弱いのです。
地震などの自然災害が起きた場合には、研究所もろとも壊滅する恐れがある。
可能性は極低いながら、身内の何者かが現物を持ち去る恐れもある。
あらゆる"もしも"に際して、研究所のシステムを遠隔操作するため。機密データを安全に吸い出すための緊急保護装置。
それがキーコード。このUSBの本当の使い途であり、中に仕込んだOSの正体です。
つまりキーコードさえあれば、部外者にもシステムの書き換えが可能になる。
システムを書き換えてしまえば、セキュリティは一時的に不能に陥る。
セキュリティが不能となっている間ならば、許可のないアンリ達でも研究所に入れるというわけです。
しかし当然ながら、研究所には各分野ごとのエンジニアが常駐しています。
予定にないキーコードの使用が確認されれば、直ちに不正アクセスと見做され、イニシアチブを奪い返すための防御措置が取られるでしょう。
そうなれば後は時間との勝負。互いにシステムを上書きし合う鼬ごっこになります。
彼らの防御措置が機能する前にこちらの目的が達成されれば、アンリ達の勝ち。
逆に彼らの初動が早ければ、アンリ達は大義名分のもと侵入者として捕縛される。
捕縛された後までは断言できませんが、何人たりとも無事では済まないはずです。
フェリックス先生の長子であるアンリも、落とし子のミレイシャくんであってもね。
キーコードの扱い方は後述しておきます。
実行するにはハッキング技術に長けた東間さんの協力が必要不可欠となるので、彼とよく相談してみてください。
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このUSBの存在を伝えた時、"鍵"になるものだと私は言ったよね。使い方次第では"武器"になるとも。
実際、キーコードは紛れもない鍵だし、見取り図もラストダンジョンの攻略マップと思えば武器になり得る。
彼らと敵対する私達にとっては大きな力だ。
でもねアンリ。
ここまでお膳立てしておいて今更だけど、私は研究所に侵入や侵攻なんて無茶は奨めたくない。
きっとアンリ達が想像する以上に彼らは残酷です。
自分達の掲げるイデオロギーこそ絶対正義と信じて疑わない。逆らう者は碌々の畜生と断じ、およそ人の所業とは思えない処断を下すことも吝かじゃない。
下手をしたら本当に殺されてしまうかもしれないんだよ。
だから、他に代わりがないと分かるまで。
一分一秒も猶予がないほどの事態に詰まない限り、あそこには近付かない方がいい。近付かないでほしい。
アンリ達みんなにとって、僅かでもローリスク・ハイリターンな選択が出来るよう祈っています。
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あともう一つ、アンリにお願いしたいことがある。
これは単に私の我が儘。
ヴィクトールの命は取らないであげてほしい。
彼が今まで何をしてきたか、彼の犯した罪は擁護できる範疇でないのは知ってる。
世界が彼を断罪すべきと決定したなら、私もその決定を飲むしかない。
けど私は、やっぱり、どうしても、ヴィクトールを性根からの悪人とは思えない。
重要な人柱だったからかもしれないけど、彼は私にとても優しくしてくれた。
幼い私にとって、彼の優しさだけが唯一の救いだったの。
この見取り図も、キーコードだって、授けてくれたのはヴィクトールだった。
見取り図は私が研究所で暮らしていた頃に案内図として貰ったものだから、フェリックス先生も許してくれてた。
でもキーコードは違う。キーコードを分けてくれたのは最近で、本来なら私が共有しちゃいけない代物なの。
所持も使用も、認められてるのはヴィクトールを含めた数人の幹部だけ。
ヴィクトールの一存で私にも権限が渡ったなんて知れたら、いくら頭目といえど指弾は免れないはず。
何故それほどの危険を犯してまで、彼が私にそこまでしてくれるのかは分からない。
分からないけど、キーコードの写しをくれた時、彼はこう言ってた。
"いつか自分達に、これが必要になる時が来る。
その時が来たら教えるから、それまで隠し持っていてほしい"と。
当時の私はまだ記憶が戻っていなかったし、ヴィクトールの言い付けを守って中身を確かめようともしなかった。
確かめた今になっても、彼の真意は見当も付かない。
推察が及ぶとしたら、一つだけ。
ヴィクトールは昔から、私に三才の知識を与えようとしてた。他の誰もが詮無しと眉を潜めるような、取り留めのなさそうな分野も事細かに。
特別資料室にこっそり通してくれたのもそう。
自分が罰を受けると分かった上で、彼は私に真実を伝えようとした。
どんなに四面楚歌な状況でも、彼だけは常に私の味方をしてくれた。
驕りかもしれないけど、彼は私の言葉になら耳を貸してくれる気がする。
これ以上恐ろしい研究を続けるのはやめてくれと言えば、きっとやめてくれる。
正しく裁かれてほしいと言えば、きっと抵抗はしない。
無理なお願いをしてるのは承知してる。絶対に叶えてほしいとは言わない。今まで通りなんて贅沢は望まない。
せめて、最後に一言だけでも、彼の言い分を聞いてあげてほしい。
彼は本当は何がしたかったのか、私達をどう思っていたのか。
受け入れるかどうかはアンリの裁量に委ねるけど、言わせるだけはしてあげてほしい。
ヴィクトールが以前のような人間らしさを取り戻してくれたなら、それが私にとって最良です。
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アンリ、私を怒っていますか?
ここまで来て、まだ私情を交えてしまう私は、甘いですか?
一緒に生きたいと言ってくれたこと、本当に嬉しかった。
私も貴方の生き様を末永く、世界の変革を共に、見守っていきたかった。
私が生まれたのが良かったことなのか、間違いなのか。
答えは出なくても、事実は覆らない。
どんなに血濡れていても、あそこは私の家。彼らは私の家族も同然だった。
彼らが葬られるべきと言うなら、私は彼らの終末を見届ける義務がある。
共に滅びようとは思わない。
私をどうするかは、私には決められない。
世界の声に従い、生きるか死ぬ。
死ぬ時は潔く、たくさんの人達に感謝して死にたい。
生きていいなら執念深く、たくさんの人達の命脈を繋ぐために生きたい。
始めるためには終わらせるしかない。今度こそ決着をつける。
私は絶対死なないから、アンリ。そしてミレイシャくん、皆さん。
どうか無事でいて。お互い生きて、最後の審判を迎えられますように。




